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聖女、いない間に


 一方王都では、届いた魔晶石を前に教皇が難しい顔で考え込んでいた。


「猊下、やはり聖女様のお考えの通り人為的なものと思われますか?」


 教皇の私室に呼ばれたのは教会諜報部の長、ギルバートだった。表向きには枢機卿ということになっている。

 白髪の目立つ頭に鋭く光る蒼い瞳の男は、教会のみならず貴族の闇を見続けてきた、教皇の信頼する一人である。


「うむ。井戸にあったということはそうなろう。……小なりとはいえ人の住む集落を狙うとは、人を人とも思わぬ鬼畜の所業よ」


 ギルバートはうなずいた。

 聖女を擁しているとはいえ綺麗事で済まされないのは教会も同じこと。それでも人に救いの手を差し伸べるのが教会だ。

 人のために怒れる人が教皇であることに、ギルバートは安心した。


「フルホネット公爵家を妬んでのことであろう。国一番の貴族、令嬢はアベル王子の覚えもめでたい」

「そうとは言えませぬ」


 たしかに、フルホネット公爵家は妬まれている。いや、怨まれている。それだけのことをしてきた家だ。

 しかしだからといって、狙われたのがフルホネット家と決めつけるのは早計だ。


「どういうことだ?」

「秋の収穫後というのが気になりまする。公爵家にダメージを与えたいのであれば収穫前を狙うはず。タイミングが良すぎます」

「……自作自演か」

「あるいは」


 教皇も馬鹿ではない。ギルバートの言わんとすることを察し、眉を顰めた。


「フルホネット家が寄こした美形の騎士のこともあります」


 教皇の眉がますます眉間に皺を刻んだ。


「フルホネット家は聖女が邪魔か。遠征中に聖女を落としてただの娘にするつもりか」


 フルホネット公爵家ならやりかねない。教皇とギルバートの思いは一つだ。

 自領の民を餌にして聖女を誘き寄せ、恋の名の元に釣り上げる。


 聖女相手に武力を行使するのは無理だとわかっているのだろう。例え集団で襲いかかっても騎士団がいる。騎士に護られたその一瞬で無力化されてしまうからだ。

 どんなに屈強な男でも戦意を喪失しては何もできない。凌辱も無理だ。聖女が自ら身を任せるよう仕向けるしかない。


「やり方が陰湿だな……」

「聖女様は純粋なお方です。そこを突かれたら危険です」


 純粋というよりアホなだけのような気もするが、教皇は言わなかった。


「それが上手くいかないとなれば、町に宿泊する際のお食事に毒が盛られるかもしれませぬ」

「アンヌ嬢が毒味役を買って出てくれている。……そうか、魔晶石か」

「はい。瘴気に侵された食材を使われる可能性もあります」

「そうだな。聖女様は遠征中、郷土料理を楽しみにしておられると聞く。町の者も張り切って腕を揮おう。ギルバート、よく言ってくれた。ロレンスに注意喚起しておこう」


 ギルバートが頭を下げた。

 ティアナに瘴気が効くとは思えないが、周囲の人間はそうではない。魔晶石が置かれ、瘴気に侵された土地が飛び飛びになっていれば、移動中に瘴気が蓄積する。

 村の人々が魔人化した姿を見るのは村娘であったティアナには辛いことだろう。苦しむはずだ。自分の育った村と似たような村であればあるほど故郷を連想する。


 ティアナは純粋な娘なのだ。変な見栄を張ることなく疑問に思ったことをなぜと聞く。

 わざわざ人を煽っているようでハラハラするが、見捨てられなかった。聖女だから、というのも理由の一つではある。


 ティアナは可愛いのだ。純粋で、素直で、子供みたいにあけっぴろげに感情を露わにする。愛されて大切に育てられたのが伝わってくる。いつの間にか、大人になるにしたがって失くしていた純真さを持つ少女だ。

 多少のがめつさや我儘も人間味があっていいではないか。

 だからこそ、傷ついて欲しくなかった。


「聖女を守らねばならぬ。神の妻であれば我らにとっては娘も同然。違うかな? ギルバート卿」

「はい。いいえ、猊下にとって娘であれば私には孫ですな」

「そんな歳ではなかろう」

「いやいや……。聖女様にはついていけません。腰が痛くなります」


 わざとらしく腰を叩く暗部の男に、教皇は愉快そうな笑い声をあげた。




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