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聖女、美形騎士の心を折る


 近隣の村に行くためカインの馬に同乗したティアナはご機嫌だった。聖女の特権をいかんなく発揮している。私欲まみれだ。


「聖女様は馬に慣れているのですね」

「はい。急ぎの際はこうして乗せていただきますわ」


 ティアナはカインの前に横座りして、いつもより高い視界に目を細めた。

 手綱を握るカインの胸板が時折ぶつかり、頬が熱くなるのを止められない。

 これよ。ティアナは感動していた。こういうときめきが欲しかったの。普段はおじさん騎士と二人乗りでときめきなんかありゃしない。ティアナの乙女心は高鳴っていた。


「あの、カイン様は、その……婚約していらっしゃいますの?」


 カインは憧れの聖女に恋をほのめかされたことに、やはりと落胆した。聖女も見た目だけで男に釣られる女だったか。


「いいえ。借金がなくなったとはいえ貧乏騎士に嫁ぎたがる女性はいませんよ」

「それ、私には覚えがないんですけど。なぜ借金を?」

「父の怪我です。父は元々冒険者で、功績を認められて騎士の位を得ました。冒険者上がりの騎士はなにかとやっかまれて前線に立たされることが多いのですよ」


 それはティアナも知っている。

 ただしやっかみもあるだろうが、騎士になれるほど強いからだということも知っていた。領地はなくても領主から給料は出るし、装備も冒険者より良い物を揃えられる。

 家族からしてみれば理不尽を感じるかもしれないが、それを含めての爵位なのだ。


「冒険者だったということですけれど、ギルドの互助会には入っておりませんでしたの?」

「互助会?」


 ティアナが疑問に思ったのは、魔物討伐なのに治療費が出なかった点だ。騎士が駆り出されるほど大規模な討伐なら失敗成功に関わらず危険手当は出るはずである。


「カイン殿、ギルドの互助会は冒険者から毎月供託金を預かり、怪我や死亡時に金を出すのです。冒険者は危険がつきものですからな、その日暮らしの者でも互助会には入っておくものです」


 ロレンスが馬を寄せて説明した。

 多少の怪我は教会から派遣された回復魔道士が格安でやってくれるが、毒や呪い、四肢欠損は専門の魔導士に頼むので高額なのだ。

 冒険者は体が資本の商売だ。経験を積むのに時間がかかる。

 死者の蘇生は聖女でもできない。逆にいえば、死んでさえいなければ治せるのだ。すべての沙汰は金しだいである。


「騎士爵を得たのでしたらギルドも脱会したのでしょう? 冒険者を廃業したのなら供託金は返ってきます。もちろんいままで使ったぶんは差し引かれますが、残金がなかったのでしょうか?」


 ロレンスも不思議そうにしている。

 今まで使った分はきっちり引かれるものの、何年もギルドにいたのなら相応の金額が残っているはずだ。


「それに、たしか冒険者から騎士に召し上げられたのならギルドから祝い金が出るはずです」


 遠征で冒険者と親しくなっていたティアナも追撃する。

 冒険者から騎士になったとはいえ危険に変わりはないのだ。金の有難味は身に沁みているだろう。


「そんなにひどい怪我だったのですか?」

「利き腕を……切断されて……」


 それなら金貨二十枚が妥当だな、とロレンスが言った。金貨一枚で四人家族が一ヶ月暮らせる。結構な大金だ。

 騎士団長がそう言ってくれたことにカインはホッとした。


「だがそれで破産するほどいくかな。妹さんを売り飛ばすって……。そんなところから借りたのか?」


 普通は金貸しに頼るのではなく親戚縁者に頭を下げるだろう。それでも足りない場合は行くかもしれないが、もっと良心的なところから借りなかったのか。

 騎士なのだ。面子にも関わってくる。

 ロレンスに追求されたカインの顔が歪んだ。


「……。いえ……」


 そうではない。正規の許可を得た業者から借りた。わずかな額だったのだ。

 ただ父は「金がない」と言うばかりで返済しなかった。

 毎月の利子が膨らみ、カインが気づいた時にはどうしようもなくなっていた。これ以上待てないと怒り心頭の金貸しが規約に従い借用書を売却。そこが娼館を経営している業者だっただけだ。


 その後はティアナに言った通りだ。花街特有の病気を治しに行った聖女の聖なる力を浴びた業者の元締めが改心し、買い取った借用書をさらに膨らませてカインの妹を手に入れようとしたのを止めてくれたのだ。カインの妹だけあって美少女で知られていた。罠に嵌められたと思っても仕方のない転落劇だった。


「えっ、借りた金返さなかったの?」


 ティアナは素直に驚いた。金貸しから借りたのなら利子がつくのはわかりきったことだ。まず真っ先に返済すべき相手だろう。


「いえ、その、返さなかったわけではなく……」


 カインの口調が苦味を帯びた。

 借用書の売買は契約書に記された正当な権利である。

 騎士爵にあぐらをかいて踏み倒すような客のために、より強い権利を持ったところに売るのは当然だろう。

 いきなり家に踏み込んで今すぐ耳を揃えて返せ、さもなくば娘を差し出せと脅すのは、そうでもしないと返済しないからだ。


「少しずつでも返せばよかったのに。どうして返さなかったんですか?」

「…………」


 カインは答えられなかった。

 金貸し業者は世間の嫌われ者だ。騎士家と金貸しだったら誰だって騎士の肩を持つ。

 利き腕を切断されたカインの父はそのショックで酒に溺れ、仕事も休みがちになり、そしてまた借金を重ねていた。今までの信用があったから貸してくれた業者の顔に泥を塗って見放されたのだ。

 カインも妹も、父の「なんとかなる」を信じて何もしなかった。いや、父の借金なのだから父が払うべきだと考えていたから何もしなかった。


「妹さんを売られるくらいなら、爵位も家も家財道具も売り払おうと思わなかったの?」

「ティアナ様」


 ロレンスが止めに入った。生憎とティアナの煽りをツッコミでフォローできるマティアスは今頃パンを焼いている。


「ティアナ様、それ以上は」

「えー? でも、貸した金返ってこなかったら、金貸しが潰れますよね? それで困る人がいたらどうするんです? それこそ冒険者が怪我を治せず死んじゃうかもしれませんよ」

「…………」

「ひ、人には人の事情がありますから……」

「でもどっちが悪いって言ったら、借金踏み倒すほうですよね?」


 ティアナは容赦なかった。

 事情など話せるわけがない。

 聖女にとどめを刺されたカインは、魂の抜けた顔になっていた。




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