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聖女、幸せな朝を迎える


 朝、幸福な匂いでティアナは目を覚ました。

 パンを焼く香りだ。

 今回の遠征にはマティアスが同行していることを思い出し、ティアナは嬉しくなる。マティアスのパンは父親仕込みの美味しさなのだ。


「おはようございます、ティアナ様。朝でございます」

「おはよう、アンヌさん。良い匂いね」

「そうですね。昨日はお疲れだろうとマティアスさんが気を使ってくれたようです」


 パン屋の朝は早い。慣れたものとはいえ大人数のパンを焼くのだ、今日はマティアスも馬車で移動したほうがいいだろう。

 ティアナがそう言うとアンヌも同意した。

 マティアスは馬に乗れないので徒歩での行進になる。ただでさえ疲れているところに早朝からのパン作りでは、歩いている途中で居眠りするかもしれなかった。馬車で寝かせてあげたい。


 朝はなるべく騎士団と食事をとるようにしている。食事内容も同じだった。

 一人だけ豪華なものを食べるのは気まずいというティアナの我儘であったが、聖女のやさしさだと親しみを持って受け入れられている。聖女に下手な物を食べさせるわけにはいかないため、騎士団の食事の質が向上したのだ。

 アンヌに乾かしてもらった修道服で騎士団の天幕に近づくと、待ち構えていたらしいカインが挨拶に来た。


「おはようございます! 聖女様!」

「おはようございます、カイン様」


 昨日のことを語り合いたいカインをよそに、ティアナは天幕に入っていった。アンヌがカインをちらりと睨みつけ、ティアナを守るように続いた。


「おはよう、マティアス。良い朝ね!」

「朝っぱらから元気だなぁ……。疲れてねーのかよ」

「あれくらいなんともないわよ。ん~、良い匂い。マティアスのパンが食べられるなんて最高だわ」


 素直な賛辞にマティアスはうっかり頬を染め、ぶっきらぼうに「そうかよ」とそっぽを向いた。

 そこで、カインが立ち尽くしているのを見つける。


「騎士の兄ちゃんも早く来て座りな。さっさと確保しておかねーとコイツに全部食われちまうぜ」

「ちょっとマティアス、カイン様になんてこと言うのよ」

「事実だろ」


 言って、ふふんとマティアスが鼻を鳴らした。そしてまたカインを見る。

 気安いやりとりに一人取り残されていたカインは、そこでようやく見せつけられたのだと気づいた。聖女が心を許しているのはカインではない、と。そう言っているのだ。


 他の騎士がてきぱきとテーブルを組み立てている中で、何もしていないのはカインだけだ。ティアナですらアンヌを手伝ってテーブルクロスをかけたり、食器を並べている。遠征用の食器は割れにくい木製だ。

 神に感謝を捧げて朝食になる。


「せっかくだから、昼くらいまでパン焼きしたいですけど大丈夫ですか?」


 マティアスがロレンスに確認を取った。

 パン焼き用のかまどは土魔法が得意な魔導士が作ってくれた。それでも一度火を入れたからには無駄にしたくなかった。炭も有限なのだ。


「それなら私たちは近隣の村を回ってみましょう。こんな小さな農村の井戸に魔晶石があったとなれば、他の村も怪しいです」

「そうね。同規模の村が三つあるそうだから、馬で行けば昼までに戻ってこられるでしょう」


 ロレンスがマティアスにうなずいて、今日の予定を組み立てていく。

 ティアナの隣にロレンスとアンヌ、ロレンスの隣にはマティアスが座っている。マティアスはテーブルの中央に置かれた籠からせっせとパンをティアナの皿に乗せていた。ついでに自分の分も確保している。


 この中で一番身分が高いのは伯爵令嬢のアンヌなのだが、彼女はティアナに仕える身である。

 平民のマティアスはティアナの友人であり、騎士団の護衛対象だ。騎士団長のロレンスはいわずもがな、聖女を守るためにいる。

 ティアナとロレンスが信頼している順番で席が決まっていた。

 飛び入り参加のカインは末席だ。ティアナと離れた向かいの席である。おかげでじっくりとカインの顔を観察することができた。

 美形はなにをしても美形だわ。ティアナはむしろ感心しながらカインを眺めている。


 テーブルマナーは教皇筆頭のおじさんズに教わったものの、どうしても癖が抜けず食器が音を立ててしまう。スープの中にパンを浸して食べたりしないし、力任せに肉を切ったりしないのが上流階級だ。そもそも肉の値段が違うという根本的な問題に目を向けてはいけない。

 あくまでも優雅に上品に。見ているぶんには簡単そうなのにやってみると難しかった。


「……おい、あんまジロジロ見んなよ。気の毒だろ」

「いいじゃないの、目の保養よ。はー、食べる仕草まで綺麗とか、美形っていいわねぇ」


 マティアスが小声で注意するもティアナはおかまいなしだ。


「カイン様は騎士の家のお生まれらしいけど、あの顔と仕草よ。もしかしたら貴族のご落胤かもしれないわね」


 ティアナの頭の中では不幸な生まれにより騎士に身を窶した青年と、恋を禁じられた聖女とのラブロマンスが繰り広げられていた。

 それをマティアスが恋する男の勘で察知する。

 いやお前とだけはねーよ、と言いかけて、やめた。


「…………」


 たしかにカインの食べ方は綺麗だ。

 ティアナが教会に保護され、マティアスも騎士の食事風景を見たことがあるが、彼らは揃って早食いだった。


 特に遠征中はいつ何時魔物が飛び出してくるかわからないため、品を失わない程度には早く食べる。騎士は品位を保つことも訓練に入っているからだ。

 カインは時々顔を上げ、ティアナと目が合うたびに微笑んだ。ティアナは頬を染め、うっとりと見惚れている。


 マティアスのようなあからさまな牽制はしてこない。パン屋の小倅など眼中にないと言外に言っていた。

 借金苦を聖女に助けられたというわりにカインの印象はちぐはぐだった。何を企んでいるのか、マティアスとロレンスはカインへの警戒度をあげた。




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