聖女、美形騎士に目を付ける
聖女の遠征には聖女騎士団が護衛として同行する。
騎士だけではなく魔導士、聖女の身の回りの世話をするメイド、野営に備えて料理人も必要だ。
ちなみに食糧は持ち運ばない。村や街があればそこの宿に泊まり、その土地のものを買う。聖女は経済に一役買っている。
そんな聖女騎士団に、一人の男が加入してきた。
「カイン・ノーランドと申します」
金髪碧眼の美青年にティアナは目を輝かせ、見送りに立っていたマティアスと教皇は口元を引き攣らせた。この二人はティアナの世話という名目で仲良くなっている。
ティアナの両親は聖女騎士団に娘をよろしくお願いしますと挨拶に行っていた。
とてもわかりやすいハニートラップに聖女だけが気づいていない地獄絵図。
唯一の救いは、肝心の美青年が純粋に聖女を崇拝してることであろうか。キラキラ輝く笑みに含羞を乗せ、カインは聖女の指先にキスをした。
「父が阿漕な金貸しに引っかかって、妹が娼館送りにされるところを聖女様に助けていただいたのです」
未だ冷めやらぬ感動に頬を染めて語るカインは、しかしフルホネット公爵家がよこした騎士なのである。
あわよくばティアナの純潔を奪い聖女を排除しようという悪意が透けて見えた。
「……教皇様、俺遠征についていってもいいですか?」
「許可しよう。ご両親には教会から上手く言っておく。ティアナを守ってやってくれ」
ティアナを信じていないわけではないが、常々「恋がしたい」と叫んでいる彼女だ。ぽっと出とはいえ聖女を守る騎士、しかも美青年なんて食べてくれと言っているようなものである。変に期待させて、男の性欲の餌食にされるのは避けなくては。
王都からフルホネット公爵領までは馬車で一日。広大な領地を一つひとつ巡るとなったら一ヶ月以上かかる遠征だ。恋を育むには充分だろう。人は非日常の罠にかかりやすい。
「あれ? マティアスも来るの?」
「悪いかよ。俺は聖女の話し相手と菓子係だってよ」
そういうことにしてある。
「じゃ、遠征中もマティアスのお菓子食べられるんだ。ラッキー!」
喜ぶティアナは色気より食い気全開だ。
これなら心配いらないか、とほっとしかけたマティアスに、ティアナが小声で言ってきた。
「ねえねえ、カイン様見た? すっごい美形だよね」
「……それがどうしたよ」
「いやー、聖女やってて良かった。聖女の騎士ってなぜかおじさんばっかりだったし、ついに来たわ、恋のお相手が」
そんな理由で聖女の身分を喜ばれたら教皇が泣きそうだ。
聖女の騎士は全員既婚者で固めてある。万が一の用心で、ティアナと同じ年頃の子供がいるものばかりを厳選していた。
「なに、ああいうのが好みなのか?」
マティアスはふてくされた。顔の良さはどう逆立ちしても勝てない。体格だって騎士と比べたら軟弱だし、稼ぎもマティアスは実家の手伝いだ。ゼロの数が違う。
「金髪碧眼の王子様フェイスを嫌いな女はいないでしょ。おまけに声まで良いときた。これはベストセラー間違いなし」
熱く語るティアナはマティアスの予想を遥かに超えた角度と速度で飛んでいた。
「なんだそりゃ?」
「え、だって聖女の手記って売れると思わない? そういう小説よくあるし。本物の聖女の若き日のラブロマンス、しかも悲恋物なんて絶対売れるわよ」
「自分の切り売りかよ」
「聖女なんて四十代までしか働けないのよ? こんな潰しがきかない仕事に従事させられて、残りの人生どうするのよ。結婚だって無理だろうし。今から計画立てておかないと老後が心配」
「教会が面倒みてくれるって話じゃなかったか」
「力を失った聖女なんてお荷物扱いに決まってるじゃない。助けを求めて教会に来たのに、居たのはなにもできない聖女様、だなんて期待外れもいいとこだわ。お役御免になったらすっぱり身を引くつもりなの」
ティアナの逞しい人生計画にマティアスは笑い出した。
「お前、真面目に考えてたんだな」
「なによ、悪い?」
「いや」
ぽん、とティアナの頭に手を置いた。
「引退したら村に帰ってこいよ。俺が待っててやるからさ、一緒にパン屋やろうぜ」
「マティ……」
「フィオとリリーも結婚して子供いるだろうから淋しくないぞ」
「あっそ!!」
マティアスのプロポーズは余計なひと言で台無しになった。