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聖女、ケーキを食べる


 コンコン、とドアが叩かれ、騎士が入ってきた。

 騎士が開けたドアから少年が両手に皿を持って入ってくる。


「マティアス、あんたロレンス様を顎で使うんじゃないわよ」


 慌てたティアナがマティアスと呼ばれた少年を叱りつけ、騎士に頭を下げた。


「なんだよ、足で開けるより良いだろ?」

「足で開けるな! まったく……」

「あっそ。じゃあこのケーキはいらねーな?」

「お通りくださいケーキ様!」


 ムッとしたマティアスがケーキを持ったまま背を向けると、一瞬にして態度を変えたティアナがテーブルへと腕を向けた。右手にケーキの皿、左手にクッキーなどの焼き菓子を持ったマティアスにうかつに触れて落っことしてはならない。

 この気安いやりとりにもすでに慣れた聖女騎士団隊長のロレンスは笑いを堪えている。


 壮年の騎士は、我が子ほどの年齢のティアナをずっと心配してくれていた一人だ。平民の家族や友人に無礼だの不敬だのと言って目くじらを立てる気にはなれない。それよりドアを蹴り壊されないほうが重要だ。


 メイドに促されて着替えを済ませたティアナは、さっそくテーブルに着いた。


「んー! 美味しい! マティアスまた腕をあげたんじゃない?」


 マティアスが切り分けたケーキを食べながら、ティアナは幸せそうな笑顔になった。

 着替えたといっても頭に被っていたシスターベールを取り、髪を下ろしたくらいだが気分的にずいぶん楽だ。修道女同様聖女も髪を見せないようにしている。切る必要まではないのがありがたかった。


 ティアナの髪は母によく似た茶金色で、とても気に入って大切に手入れをしている。豊かに波打つ小麦の穂のようだ。それをおさげにまとめてベールの中に入れているため、ほどいた今は緩いウェーブがかかっていた。


「親父が張り切っててよ、俺もしごかれてる。聖女様御用達のケーキ、なんて銘打って大々的に売り出してる」

「おじさん商売上手だなぁ」


 マティアスの家は村でパン屋を営んでいる。マティアスはその跡取り息子だ。

 店に並ぶのは主食になるパンである。昼時には肉と野菜を挟んだサンドイッチが良く売れる。砂糖とバター、クリームに果物などを使ったケーキは贅沢品なのだ。マティアスの家のパン屋ができてから、誕生日などの祝い事にケーキを食べるのが村の慣習になったが、普段店頭に並ばない。

 そんなケーキを大々的に売り出すということは、それだけ繁盛しているのだろう。なによりだ。

 焼き菓子はお手伝いのご褒美などによく売れる。パンもクッキーも家で焼けるがやはり本格的な店の味は格別だった。


 ティアナが聖女になって村に活気が出たのはティアナにとっても喜ばしいことだ。珍しいものは何もない普通の村をありがたがって金を落としてくれる。おかげで父の勤める学校も壊れた備品を買い替えることができたそうだ。


「あ、そうそう。フィオとリリーだけどな、最近恋人ができたらしいぞ」


 自分でもケーキを食べながらマティアスがニヤニヤ笑った。


「な、なんですと……!」

「カレに食べさせたいって料理を習ってるらしい。うちのお袋がおばさんから聞いたってよ」

「抜け駆けだ~!」


 ずるいずるいとわざとらしく嘆くティアナに、マティアスはガハハと笑った。とうとうロレンスが噴き出した。


「お前はどうなのよ? お貴族様とのラブロマンスでお涙頂戴するんじゃなかったのか?」

「キラキラした貴族は行儀良すぎて聖女様としか見てくれないわよ。ほとんどは婚約者がいて堂々といちゃついてるし、目の毒だわ!」


 嘘泣きしていたティアナが今度はむっきーと憤った。よほど鬱憤が溜まっている。そんな娘を両親が呆れたように見ていた。


「そりゃあ私はお上品なお嬢様じゃないけど、こちとら聖女よ? ちょっとくらい色目使ってくれても良くない?」


 まったくもって良くない。父親が盛大にため息を吐き、母がロレンスに頭を下げた。聖女俗世に染まりすぎてる。


「そういうがつがつしたところが受けないんじゃねえの?」

「聖女と王子の恋物語は小説ではありなのに。学園の王子様は公爵令嬢に夢中でこっちに眼中ない!」

「そりゃそうだろうよ。お前自分と本物のお姫様が比べ物になると思ってたのか? 逆にすごいな」

「夢くらい見させてよ!」


 憤然とケーキにフォークを突き立てたティアナに、マティアスが苦笑した。村にいた頃と変わらないティアナにほっとする。


 ティアナが聖女の力に目覚めたのは、十三歳の時だった。


 聖女は生まれながらに聖なる力を授かるのではなく、神に選ばれた乙女がある日突然目覚める。だいたいが十二、三歳から十五歳ほどの思春期で、二十代で最盛期を迎え、歳と共にゆっくりと衰えていくのだ。

 ほとんどの聖女が四十代で力を失い、お役御免となる。

 その頃にはとっくに嫁き遅れとなっているため、お役御免になっても神の妻としてそのまま教会で神に仕えることを選ぶ者が多かった。


 純潔を失うと聖なる力も喪失する。神の妻というのはまったくの詭弁でもないのだろう。

 どういった基準で選ばれるのか、なぜ純潔を失ってはいけないのかは不明であり、まさに神のみぞ知るだ。

 ともかく聖女は発見しだい国と教会で保護するのが決まりになっていた。


 聖女不在の間は瘴気によって生まれた魔物が繁殖・強大化するため、騎士や傭兵、冒険者たちが国や村を守っている。

 聖女の浄化によって魔物が弱体化した今は冒険者たちの稼ぎ時だ。魔物からは貴重な素材が採れ、高値で取引されている。聖女がいるだけで景気が良くなり経済が回るのだ、どこの国でも聖女が優遇されるのは当然といえよう。


 だが、マティアスにはそんな事情など一切関係なかった。

 一つ年上なだけでお姉さんぶり、世話を焼きたがるくせに結局マティアスの世話になるような、そんなティアナがずっと好きだった。ティアナのためにパンを焼いて、父親から仕事を学んだ。


 一人の女の子として見ていたティアナが聖女になり、神の妻とされた時、マティアスは絶望した。相手が神では駆け落ちもできない。もしも逃げても自分たちだけではなく家族や村人全員が罰せられてしまうのだ。


 マティアスは初恋を封印した。けれど諦めなかった。


 ティアナが晴れてお役御免となったその時、世界一のパンでティアナを釣りあげてやる。


「なあ、その公爵令嬢ってもしかしてフルホネット公爵の姫様?」


 まだ先の話だ。もしかしたらティアナは貴族の令息と恋に落ちてしまうかもしれないし、いつまでも独身ではマティアスの親だってうるさく言ってくるだろう。


「そうよ。知ってるの?」


 マティアスが貴族の名前を知っているのが意外だったのか、ティアナが驚いた顔をした。


「知ってるっていうか、村に使いの人がよく来るんだよ」

「ああ、そういえば学校にも訪ねてきたな」


 フルホネット公爵家は国一番の大貴族で、国王とは従兄弟の関係だ。

 公爵領は栄えているらしくティアナに依頼してきたことはなかった。


「隠れ聖女ファンかな?」


 フルホネット公爵令嬢は高位貴族の友人に囲まれているのを遠くから見たくらいだ。やけにキラキラしい印象しか残っていない。


「お前のどこに憧れる要素があるんだよ。あれだろ、聖女って言葉に騙されてるんだ」

「失礼な。これでも学園では大人しくしてるわよ」

「純粋なお姫様を騙すなよ……」

「聖女のイメージを壊さないようにしているだけですわ」


 何しろ学園に入る前に礼儀作法については叩きこまれたのだ。そんな学園になど行きたくないのが本音だったが、物々しい警護を引き連れて平民の学校に通うよりマシだと諭された。

 かわいそうなものを見る目をしたマティアスに、ほほほ、とティアナは澄まして笑った。




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