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エミーリオ、祝福される


 聖女の祝福は大悪人すら改心させる。

 では改心とは、はたしてどういうことなのか。


 どれほどの悪人でも、生まれながらに悪であったわけではない。悪事だけで生きているはずもなく、悪をごまかすためにわざと善行に励む者もいる。

 そう、たとえば孤児を引き取って奴隷として売っていた者たちは、孤児院の身辺調査をごまかすために慈善活動に励み、評判の良い夫婦ばかりだった。売られた孤児が慰み者にされたり、余興として魔物と同じ檻に入れられて喰い殺されるのを楽しみ、時としてそれに参加しながらも、裏の顔など何もないように振る舞っていた。


 泣き叫び許しを請いながら死んでいく様を楽しんでいた少女は、自分の心に突如芽吹いた良心に苛まれていた。

 とても人のすることではない。鬼畜以下の、悪魔の所業だ。

 自分が贅沢をするために他領の民が飢え死にしようとかまわなかった。弱いから食い物にされるのだと嗤ってさえいた。自分は、自分だけは特別なのだと信じていた。


「……」


 許しを請う言葉も、もう出てこない。なにをどう謝っても死んでいった者たちは蘇らないし、恨みが消えることはないとわかっているからだ。


 エミーリオは無事にアベルと結婚し、王宮にある南の離宮で暮らしている。

 アベルのエミーリオへの愛は本物だった。彼は自分と公爵家の罪を正直に告げたエミーリオに愛を深め、これから国民に尽くすことが贖罪であると説いた。

 しかし罪人を王妃にするわけにはいかないと王位継承権を放棄し、南の離宮に移り住んだのだ。


 アベルに王位継承権を捨てさせたことはエミーリオの心を抉った。自分の巻き添えになって何の罪もないアベルが王になれなくなったのだ。

 わたくしを追放し、どうか立派な王になって、というエミーリオの言葉は、やさしいアベルの君を支えたいという言葉にかき消された。


 フルホネット公爵家は財産と領地を没収、被害者への賠償に当てられた。

 公爵は爵位を廃位させたうえで生涯幽閉。そこでは簡単な作業を日課とし、バザーを開催して販売する。人が喜ぶ様子を見せ、人の役に立つことで得られる糧で過ごすのだ。幽閉なので彼は外には出られないが、わずかに開いた明かり取りの窓からかつて彼が見下していた平民が、楽しそうに買い物をしている姿を見せられていた。


 平民たちは商品を作ったのが囚人であると知っている。彼はそこに憐れみを嗅ぎ取り、恵んでもらう立場に落とされたと恨んで毎回暴れた。改心も反省もしていなかった。彼は『祝福』されていなかったのだ。

 ただひたすらエミーリオへの罵倒と恨みを繰り返し、聖女を恐れながら死ぬのを待つ日々を送っている。


 エミーリオの母は何も知らず、何もしていなかったと実家に帰され、その後夫と娘の罪を償うと言って修道院に入った。


 フルホネット公爵家に仕えていた使用人は罪に加担していた者としていなかった者に分かれた。罪人は逮捕、収監され、それぞれ裁きを受けた。加担していなくても知っていて止めなかった者は、どこにも雇ってくれる家が見つからず、やはり教会で神に許しを請うことを選んでいる。


 アベルだけではなく両親、使用人、学園の友人たちはおろか領民の人生までも変えてしまったことに、エミーリオは慄いた。

 処刑されず、自殺もできず、どれほど悔いても裁いてくれる人はいない。アベルが愛してくれるのがいっそう居た堪れなかった。


 ――こんな想いを抱えたまま生きていくしかないなんて。


 エミーリオは十八歳。若くうつくしい少女には、枢機卿たちと違い経験が圧倒的に足りなかった。

 枢機卿たちも悪事を重ねたが、その後のフォローを欠かさなかった。人から恨まれるのがどういう事態に繋がるのかをよく知っていた。聖書には人の罪がすべて載っている。理解していたからこそ先代聖女に祝福されたのだ。

 賄賂だけでなく、善行だけでもない。人の心は複雑だ。


 人の好みなど一人ひとり違っていて当然。すべての人を心酔させるなど不可能だった。

 だからこそ、聖女を邪魔に思い罠に嵌めようなんて馬鹿が出る。


 彼らはよくわきまえていた。だからこそ先代に祝福された時、後悔し、反省し、団結してやり直せた。人を信じることができた。


 エミーリオは誰も信じず、心を許さなかった。今や自分すら信じることができない。わたくしならできる、とは思えない。彼女の良心がそれを上げ連ね、もっとも信じられないのが自分だと突きつけてくるのだ。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい――……」

「大丈夫だ、エミーリオ。一緒に償っていこう」


 アベルの言葉が良心に突き刺さる。彼は何も悪くないのに。

 目を逸らすことも、狂って逃避に走ることもできないまま生きていく。それがエミーリオに与えられた『祝福』だった。




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