聖女、勝手に親友扱いされる
フルホネット公爵家では、娘の見事なやり口に公爵が大笑いしていた。
「それで、どうしたのだ」
「ええ。わたくしもちろん学園長をお止めしましたわ。そんなことで退学なんて、聖女様がお可哀想ですもの」
「恩を売りつけたか。聖女は一生そなたに頭が上がらんな」
公爵が低く笑った。
カインの父を借金に溺れさせたのも、その借金をなんとかしたのもエミーリオだ。カインの顔の良さを見込んで仕入れておいたのが役に立った。
はじめはカインを使ったハニートラップで聖女の純潔を奪うつもりかと思ったが、そんな甘いものではなかった。エミーリオは情報操作で聖女の評判を落とし、そこから救い出すことで恩を売り、聖女を都合よく使おうというのだ。
「孤立した聖女を被害者であるわたくしが救い、たった一人の友になる。教皇や枢機卿が聖女を守っていても、肝心の聖女がわたくしを信じていては意味がありませんわ」
エミーリオは優雅に微笑む。
ティアナには幼馴染の親友がいることや、退学を止められたことを余計な口出ししやがってと思われているなど夢にも思わない。
王都の学園は名門校なのだ。学力、財力、魔力の認められた、貴族の中でも将来を有望された者しか入学できない。ティアナや数人いる特待生は、民衆の反感を買わないための宣伝だった。
だからこそ、入学しておきながら中途退学となれば笑い者にされる。アンヌが家族から疎外され見捨てられたのにはそうした背景があった。
ただしその常識は貴族のものであって、ティアナには通用しなかった。
「やれやれ、そなたが娘でよかったわ。女は怖いな」
「あら、お母様に言いつけますわよ?」
「よせ。あれにはそなたの腹黒さを教えたくない」
エミーリオの母親は侯爵家の令嬢で、おっとりとしたお姫様だ。公爵家の悪事に気づきもしない愚かな女。女は馬鹿なほうが可愛いというのが公爵の持論である。
そんな公爵は、エミーリオが使える駒に育ったことに満足していた。
「新年の大礼拝では殿下との婚約を発表する。それまでぬかるなよ」
「もちろんですわ。せいぜい愛想を振りまいて、親友と思わせることにしておきます」
エミーリオがまいた種だ、エミーリオが収穫するのが当然である。愛想を振りまく相手はエミーリオに同情的な友人たちであってティアナではないのがポイントだった。ティアナが否定しようとも周囲がそれを認めない。やさしいエミーリオの手を振り払うなんて、とさらに追い詰められるだけだ。
これまで邪魔だったマチルダたちが再度ティアナに近づくのは難しくなった。エミーリオとの仲を取り持つではなく、聖女を非難して絶交したのは彼女たちである。エミーリオの友人たちがそれを許さないだろう。
聖女の周囲を自分を心酔しているもので固める。そこにアベル王子が加われば完璧な布陣の完成だ。
わたくしがこの国の頂点に立つ。
王ですら教会の権威には敬意を払うのだ。王の威光など国内限定だが、教会は世界各地にあるからだ。
そして教会が大切に守っている聖女は、エミーリオに従う。
ティアナが聖なる力を失うまであと二十年以上あった。充分だ。その間に、エミーリオに、フルホネット家に権力を集中させる。わたくしには、それができる。
エミーリオは自分の勝利を疑っていなかった。