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聖女、学園に通う


 ――この学校、ホントやってられない。


 ティアナは内心でそうぼやきつつ、粛々と教室を目指した。

 ティアナは今代の聖女で、生まれは平民である。聖女の力を授かって以来教会で保護されてきた。


 聖女とは、自然発生する瘴気を払い、人々を癒し、祝福を授ける神の妻である。

 人として生まれながら神に愛された娘。神の妻だ。


 神の妻が人の世を知らないのはいかがなものか、と教会を説き伏せ、学校に通えるようになった。それはいい。

 問題は、警護の関係で王侯貴族の令息令嬢が通う王都の王立学園に通う羽目になったことだ。

 平民のティアナには、平民の学校で習う程度の読み書き算数くらいしかできなかった。

 貴族についても(やたらキラキラした服着た偉そうな連中)くらいにしか思っていない。

 さらに付け加えるなら(金だけ出せばいいと思っているいけ好かないやつら)だろうか。


 別に、ティアナが心を読めるわけではない。

 態度、口調、見下す目でわかるだけだ。


 かといって貴族に恨みがあるわけでもなかった。お金に罪はないからだ。

 後ろめたいことでもあるのか、貴族こそ聖女への献金を気前よくやってくれる。いいぞもっとやれ。ティアナはほくそ笑みつつ慈悲深い笑みを心掛けた。

 世の中綺麗事だけでやっていけないことくらいティアナにだってわかっている。だから、けして貴族がどうこういうのではない。

 文句があるとしたらこのキラキラしい学園の制服着用が許されず、一人真っ黒な修道服であることだ。

 とんでもなく目立つ。もはや全身で聖女をアピールしている。

 そりゃあ神の妻である。ティアナを知らぬ男子生徒にちょっかい出されたら困るだろう。

 だけどティアナだって十六歳の乙女なのだ。学園に通って素敵な人と恋に落ちてみたい。少女にありがちな願望を抱いていた。

 どうせ叶わぬ恋なのだから、うつくしい思い出の一つや二つ作ったって罰は当たらないだろう。


 そんな儚い願いも虚しくティアナは今日もいちゃいちゃする学園の令息や令嬢を傍目に眺めながら、心の中でハンカチを噛むのであった。婚約者のいる連中は余裕である。


「あっ、ティアナ様」

「ティアナ様、お久しぶりでございます」

「此度はレーラム領の瘴気を払いに行ってらしたとか」


 ティアナが歩けば令嬢たちがまるでメイドのように集まり、声をかけてくる。

 彼女たちにあるのは純粋な感謝と崇拝だ。ティアナは無下にできなかった。


「お荷物お持ちしますわ」


 実に自然な動作でティアナから鞄を取り上げたのは伯爵令嬢のマチルダだ。予想以上に重たかったのか、持った腕ががくんと落ちた。


「マチルダ様、重たいでしょう。私自分で持ちます」

「いえ、なんのこれしき。ティアナ様に受けたご恩に比べたら何のことはありませんわ」


 頬を赤くして息を荒げて言うことではない。

 貴族の令嬢に荷物持ちさせたティアナの心臓が縮み上がった。


「……では、二人で持ちましょう。遠征中の課題が入っているので、とにかく量が多くて。助かりましたわ、ありがとうございます」

「ティアナ様……!」


 マチルダの持つ鞄の持ち手に自分の手を入れて二人で持つ。平民生まれで貧乏性、自分のことは自分でやる、が身についているティアナは力仕事もお手の物だ。箱入りとは違うのだ。


「マチルダ様、父君のお具合はいかがです? お元気でいらっしゃいますか?」

「はい、それはもう。今では衰えた筋肉を鍛え直すと鍛錬に励んでおりますわ」


 マチルダの父は軍の将軍として魔物退治を担っていた。ティアナが瘴気を払い、魔物が弱体化したところを叩くのだ。

 魔物討伐自体は成功した。

 しかしマチルダの父は魔物に付けられた傷に瘴気が入り込み、石化病を患ってしまったのだ。


 石化病の厄介なのは、石化が数年かけてゆっくり進行する点にある。

 他人に移ることはなく、本人も体が重いのは疲労かなにかだと思ってしまうため、健康に自信のある者ほど発見が遅れ、手遅れになりやすい。

 手足の末端から内臓まで行くともはや動くこともできなくなり、やがて心臓にまで達するとまず助からなかった。


 武勇を誇った将軍であり、伯爵であり、父でもある人を救った聖女に、マチルダは心から感謝していた。


「我が領もティアナ様のおかげで水も畑も復活しました」

「わたくしの家もですわ」


 ティアナは依頼されればどんな辺境の、どれほど瘴気の濃い地にも足を運んだ。

 聖女であるというのは表向きの理由。

 本当は、金になるからだ。

 ティアナの本音としては貴族に恩を売って、味方になってもらうのが大きい。


 学園に入学してわかった。

 社交界の縮図、というのは誇張でも何でもない。学園は伏魔殿だった。


 課題を提出し、授業と補講を受け、令嬢たちとのティータイムをこなして帰ればもうクタクタだ。


「あー……、やってられない」

「お疲れ様、ティア」

「ティア、お帰りなさい」


 王都にある大聖堂の敷地に建てられたティアナの家、通称『聖女宮』に帰ると、両親が出迎えてくれた。

 ぱっ、とティアナの顔がほころぶ。


「父さん! 母さん! 来てたの!?」


 荷物を放り投げて両親に飛びついた。

 両親を歓待していたメイドが苦笑して拾い上げる。諌めないのはこの再会が三か月ぶりだと知っているからだった。

 父に抱きついたティアナは次に母と抱擁を交わし合い、頬にキスをした。


「遠征に行ってたんですってね? 怪我はない?」

「ティアは女の子なんだからな、無茶したらいかんぞ」


 両親は王都のほど近くの村に住む平民だ。

 父は平民向け学校の教師で、母は主婦。

 ティアナが聖女になっても驕ることなく普通に暮らしている、普通の一般人だ。


 ティアナが教会に召し上げられるにあたって出した条件の一つが、家族との面会だった。

 家族に手出しされたらたまらない、というお偉いさんへの偏見に満ちた猜疑心から出した条件だったが、それはまったくの杞憂だった。


 教会のトップである教皇が、聖女に好意的な善人だったのだ。

 おかげでティアナは誰に憚ることもなく家族と会えている。


「大丈夫、元気! 父さんと母さんこそ元気? 村はどう?」

「ああ、みんな元気だ」

「フィオちゃんとリリーちゃんがティアに会いたがってたわ」


 そう言って母が手紙の束を取り出した。フィオとリリーだけではなく学校の友人の名前もある。

 フィオとリリーはティアナの幼馴染で、親友だ。生まれた時からずっと一緒に育ってきた仲である。

 村を離れる時泣いて会いに行くと言ってくれた親友を思い浮かべ、ティアナの胸がジンと湿った。


 家族同様、友人と会うことも禁じられていない。

 ただ、ティアナは学園に遠征、教会に依頼してきた人の治癒などで忙しく、友人たちも仕事や家の手伝いがあるためめったに会えないのが現状だった。

 平民の十六歳は子供であってもそろそろ働き口を見つけ、女の子なら嫁いでいてもおかしくない年頃である。


「フィオとリリーは結婚決まったのかな」


 つい、ティアナの口からぼやきが出た。

 昔、子供の頃に三人一緒に結婚式をやろうと誓ったが、ティアナは聖女になってしまった。

 神の妻といえば聞こえはいいが、見えもせず会えもしない、隣に誰もいない聖女認定式はどんなに豪華な衣装を着ていても虚しさを禁じ得なかった。誓いのキスもなかった。ティアナの夫は聖なる力を与えるだけで、ティアナを愛してはくれないのだ。


 親友に先を越されるのは嬉しいような悔しいような、複雑な乙女心をティアナは噛みしめていた。



新連載開始です!毎日二千~三千字くらいで更新しますのでお気楽に楽しんでください。

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