一年生
最後まで見てくださると嬉しいです。
「ねぇねぇ、三秋くん」
「何、蒼井さん。そんなニコニコして。夏休みに何かいいことでもあった?」
「ふふー、よくぞ聴いてくれた三秋くん。良いことも何も、私は今日この日が好きなんだよ」
「へぇ」
「って全然興味ないねっ!? もっとなんで9月1日なの? とかスリーサイズは? とか深く踏み込んでくれても良いんだよ?」
「少なくとも僕はこの日が嫌いだ。夏休み明け最初の日だからね。僕は夏休みはあともう1か月あっていいと思うよ。何が『九月からは秋』だ。まだまだ30度を超えて無事暑いじゃないか」
「なるほど、確かにそりゃあそうだね。ところでスリーサイズについての興味が1ミリも見られないのは何か私に対しての挑戦? ねぇ?」
「はいはいすごいすごい」
「もう、どこかの赤ちゃん用品のコーナーの商品名の並びみたいなこと言って私の体つきを凝視して褒め散らかし崇めるのはやめてもらえるかな?」
「いやこの煽り文句からその発想に至るのがレアだし寧ろその想像力を尊敬するよ。というか僕こそ褒めたつもりが1ミリも無いんだけど。君の身体なんて一切見てないし、尊敬すると崇めるは違うよ?」
「君がムッツリスケベなのは一旦机にでも置いといて、なんで9月1日が好きなのか聞いておくれよ、私は1人でもこの日を愛してくれる人を増やしたいんだ」
「机に置かれた内容について大いに否定するけどまぁそれくらいなら。僕はどうせ夏休み明けによっ!久しぶり!と挨拶する友達も居ないから暇だし」
「ふふー、よくぞ言ってくれた! あと君は一刻も早く友達を作ろう! ……私はね、この9月1日の哀愁漂う過ぎ去ろうとする夏の雰囲気こそが好きなのさ」
「なるほど、僕の意見に真っ向から対抗する訳だ」
「そう、私はね、今日この日を限りに夏を否定するよ。断言するけど明日からは秋だ」
「というと?」
「見回してみてよ、この教室。課題に追われ、完徹を遂行した睡眠不足極まりない級友の表情を。最高だった夏休みの終わりに絶望感に塗れてるだろ? まるでB級ゾンビ映画の冒頭だよね」
「確かにこの雰囲気に夏のキラキラしたイメージはあまり当てはまらないな。まぁもはや風物詩みたいなものだけど」
「ところで三秋くんは睡眠不足にも目のクマにも悩まされずにお肌ツヤツヤに見える。宿題は7月中に終わらせるタイプなんだね。感心感心」
「僕は昨日、高校一年生の夏休み最後を存分に楽しんだからね。蒼井さんの言う通り肌がツヤツヤでも相違ないだろうな」
「へぇ、そういう昨日は何をしたの?」
「一日中、無為に、怠惰に、ひたすらに惰眠を貪った。僕からするとまさに至福のひと時だったな」
「わぁい、思ってた通り最低だねぇ。もっと……こう、夏を堪能したっ! ってエピソードは無いの? ……無いんだろうなぁ」
「おいおいそう勝手に決めつけないでくれないか。お盆くらいは家族で親戚のお墓参りに行ったさ。それっきり家からも出てないけど」
「え、待ってその生活を送ってたら人は死んでしまうんじゃないかい? え、君もしかして死んでる? 級友に噛まれてゾンビになってない?」
「パッと見で死んでないように見えるならきっと僕はただのゾンビじゃなくて哲学的ゾンビなんだろうな。仲間を増やすなら迷わず蒼井さんからにするよ。楽しみにしててね」
「ふふー、無意識の上とはいえ君に首筋を噛みつかれるのは中々楽しみだね。私は痩せ形だし、部活をしているせいで筋肉質だから肉が柔らかくなくてそんなに美味しくないかもだけど良ければ一口どうだい?」
「げ、遠慮しておく。僕は美食家なんだ。君のような明らかに毒性のある不味そうな肉は食わない」
「美食のイメージが残ってるってことは三秋くんはまだ存命のようだねぇ、おめでとう。それと明らかに毒性ってどういう事が説明してもらおうか? ねぇ?」
「僕ほどの美食家になると毒のある食物は一目でわかるんだ。それと君は毒キノコくらい毒が分かりやすい種類のものだから一瞬さ。どう調理しても僕の舌を唸らせるような味は期待できないだろうね」
「ふうん、三秋くんは女の子を『食べ物』として判別してしまうんだねぇ。見た目に反して思ったより肉食のオオカミさんのようだ。怖い怖い」
「待ってくれこれは検事による高度な誘導尋問だ。弁護人なんとか言ってやってくれ。裁判長、僕は神に誓って無罪です」
「被告人に有罪判決を言い渡します。罪は本日9月1日の懲役、ついでにパフェ代の定価680円の罰金です」
「なんてこった、検事と裁判長がグルだなんて。こんなの罪に罪で塗り固められた立派な犯罪行為だ。よって僕はその罪になんて応じないぞ。あとついでにってなんだ。罰金か懲役かどっちかにしろ」
「ふふ、じゃあ放課後、楽しみにしてるよ? 三秋くん?」
「……はぁ、今日もゆっくり寝るつもりだったのに。渡る世間は鬼ばかり、か。あ、そういえばオオオニテングダケって猛毒の毒キノコあったな」
「ぷっ、あはは、なにそれ。バカじゃないの、君」
楽しげに笑みを零す彼女を傍目に、黙ってれば可愛いのに勿体ない、なんて言葉が浮かんでは掻き消した。
ふと、夏の終わりを意識して、やがて小さくなりゆくだろう蝉の声に耳を澄ます。普段は鬱陶しく感じた彼らの声も、いざ無くなるとなると、やけに聞き入ってしまった。
来年の9月1日も良ければ是非覗いてみましょう。