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1話


ふと思いついたお話です。

オムニバス形式にする予定なので、話が書き溜まったら、更新する予定です。




 ある王国に一人の男が居た。彼は大きな野望を持っていた。国王になるという大きな野望が。そして彼には国王になる資格があった。男は優秀な王族で、しかも直系だった。彼は国王になるのに相応しかった。

 しかし彼には兄が居た。腹違いの極めて優秀な兄が。血筋でも賢さでも男を上回り、王位継承権は確実のものとなっていた。

 「何か」が起こらない限り、男に王位継承権は巡ってこない。

 

 だから男は「何か」を起こすことにした。


 男は手勢を集め、国に対してクーデターを起こした。玉座を簒奪することにしたのだ。しかしいくら手勢を集めたとはいえ、国に対する反逆。やはり戦力差は圧倒的で、状況は彼にとってどんどん悪い方へと転がっていった。

 劣勢になっても諦めることが出来なかった男は、ついに禁断のわざに手を出す。

 すなわち、「悪」との契約だ。

 「悪」は男に魂の契約を持ちかけた。花嫁を捧げれば、男に力を貸してやる、と。

 男は契約を了承した。男は、途方もない力を手に入れた――はずだった。

 結果として男は負けた。敗因は王太子に精霊王の守護と、騎士団の将軍に軍神の加護があったことだった。

 神々しい力に守られた王国軍は反乱軍を打ち負かし、弟王子は処刑された。 

 王国に平和が戻った。誰もがそう思っていた。


 しかし、事はそう単純ではなかったのだ。




◇   ◇   ◇



 ローラはトルソーに着せられている仮縫いの花嫁衣裳を見て、物憂げなため息をついた。


「まさか『王家に生まれた最初の女児を花嫁に捧げる』という契約だったとは……」


 仮縫いのドレスはローラのサイズに直され、レースや宝石がふんだんに縫い付けられることになる。そして来る結婚式にその役目を果たすのだ。

 ローラは侍女の入れてくれた紅茶の入ったカップを手に取ろうとし、視界に入った右手にまたため息をつく。紅茶を取ろうとしたローラの右手の甲には、蔦と炎が絡み合ったような複雑な紋章が刻まれていた。


 これはローラが生まれた時から刻まれている。神官はローラの手に刻まれていた紋章を見て、驚愕したそうだ。

 これは「悪」の紋章。闇の世界に住まう存在との契約紋だった。契約が履行されない限り消えることはなく、また反故にした場合は刻まれた者の命を奪う。

 本来であれば、「悪」と何かしらの契約を結んだ契約者の身体に刻まれる紋章だ。当然、生まれたばかりのローラが「悪」と契約することは出来ない。

 国王である父親は神官たちに、直ちに契約相手と契約内容を暴くように命じた。


 そして最悪の契約内容を知ったのだ。


 クーデターを起こした弟王子が「悪」と契約していたことは周知の事実だった。しかし、契約内容は知られていなかった。

 彼は戦う力を欲し、代わりに花嫁を捧げると誓った。その花嫁というのが「王家に生まれた最初の女児」だったのだ。

 弟王子は自分が国王となると思っていたので、そんな契約内容にしたのかもしれない。しかし結果として彼は破れ、兄王子が国王となった。そして王家に生まれた最初の女児――つまりローラは生まれながら「悪」の花嫁となることが決まったのだ。

 さらに間の悪いことに弟王子が契約した「悪」は闇の世界で位階第二位に就く者。通称【大公】と呼ばれる存在だった。

 国王は神官たちに契約を解除できないか、方法を探すように命じた。しかし神官たちに【大公】と渡り合えるものは居ない。

 国王は己の守護をしてくれている精霊王に方法はないのか、と尋ねた。答えは「否」だった。契約は正当に結ばれている。それ故になかったことにはできない、と。創造神すら手を出すことは出来ない。それは揺らぐことのない世界のことわりだった。

 ローラは「悪」に嫁ぐために生きてきた。そして半年後、ローラはその生涯の最大の目的を果たすことになるのだ。


 窓から見える晴れ渡る空を見上げ、その空の青さに目を細める。 


「あと少しでこの景色ともお別れなのね……」

「…………」

「料理長にたくさんのレシピ本を書いてもらわないと」

「…………」

「庭師たちにも花の種や苗をもらっておこうかしら。あちらで育つのか分からないけど」

「……おい」

「愛馬のヒースは連れて行っても良いかしら? あちらでも遠駆けができるならしたいわ」

「お前はなぜそんなに前向きなんだ?」


 ローラの取り留めもない言葉を聞いて、部屋の隅に立っていた男が口を開く。暗闇を纏ったかのような全身真っ黒な姿の男に、ローラは愉快そうに頬を緩めた。


「これは閣下。ご来訪に気が付かなくて申し訳ございません。どうぞこちらへ」

「ここで良い」

「なるほど。私が傍に行く方がお好みですね? しばしお待ちを」

「なんでそうなる!」


 本当に立ち上がって近づいてこようとするローラを見て、男は苛立ったように壁から背中を離した。そしてローラの座っているソファの正面に座る。

 不満そうにしながらも座る男を見て、ローラは紅茶の準備を始めた。男が姿を現すときは、なぜか侍女の姿がなくなる。そこでローラは男をもてなすために、紅茶の準備を練習した。

 ローラがスプーンに山盛りの茶葉を盛るのを見て、男が「待て待て待て」と彼女の手を取って止めた。


「まぁ、なんですの?」

「お前はどれだけ濃い紅茶を飲ませるつもりなんだ? 俺がやるから座ってろ」

「そうですか? では遠慮なく」


 男が茶器を取るのを見て、ローラは素直にソファに座る。男はいつも通りの展開に深いため息をついた。

 男が現れるとき、周囲からは人が居なくなる。そのことを察したローラは張り切ってお茶の練習をしたが、びっくりするくらいに上達しない。

 結局、渋かったり薄かったりする紅茶を飲まされることに嫌気が差した男が手を出し、そしてローラよりも上達してしまった。

 男は自分で淹れた紅茶を一口飲み、目の前に座るローラを見る。ローラもちゃっかり男が淹れた紅茶を飲んでニコニコ楽しそうにしていた。


「なんでそんなに楽しそうなんだ」

「それはもちろん閣下とお茶会が出来るからですわ」

「お茶会ではない」

「見てください。ドレスも完成間近ですわ」

「人の話を聞いてくれ……」


 嬉々としてドレスや結婚式について語るローラを見て、男は奇妙なモノを見るような目で見てきた。

 男はずっとローラを見てきた。それこそ生まれた瞬間から見てきた。

 その生が母親のお腹に宿った時から、男はローラの成長を見守ってきた。

【世界観・用語解説】

主人公たちが住む世界は数多の神と精霊が住む世界。彼らは気まぐれに人間に手を貸してくれます。

気に入った人間に加護や守護を与えることもあります。加護<守護のイメージです。


「悪」とは主人公が住む世界観の外に生きるモノたちを指します。「悪」=悪魔ではありません。

異形のモノ・人ならざるモノという意味合いです。

別の世界観(通称:闇の世界)に属しているで、基本的には主人公たちの世界に常駐していません。


ほか、解説が必要なものがありましたら、随時増やします。



藤咲慈雨

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