後 別れ
「ねー、秋羅…恋って何?」
ユリナは鯛焼きを持ってお見舞いにきた秋羅に聞いてみた。恋多き秋羅なら当然分かるだろう。
実際秋羅はいとも簡単に答えて見せた。
「簡単だよ。恋ってのはその人の姿を見るだけでドキドキして、その人の事以外考えられなくなって、一緒に居るとホッとするものよ」
そうか。
全てユリナに当てはまっていた。
やっぱりこれは恋なんだ。でも…。
どうしてなんだろう。
まだ出会って二日目だ。
秋羅とかならまだしも、ユリナは普通の女子だ。
まさか。
ユリナの心に疑惑が生まれた。
私は恋を知らないから、異性への関心を恋だと勘違いしているのだろうか。
だとしたら、私は恋をしている訳じゃ無いのだろうか。
訳が解らなくなっていた。そんなユリナには構わず、秋羅は備え付けのポットから急須に湯を注ぎ、煎茶を煎れていた。
そして、
「そんなこと聞くって事は、さてはユリナ、恋したね?相手どんな人よ〜、患者さん?」
「…お見舞いの人」
「そーかそーか!恋ってのは良いものよ!生活に艶が出て来るって感じ?」
さすが恋多き女子、秋羅。ユリナは初めて秋羅を尊敬した。
冷めかけた鯛焼きを一つかじり、秋羅が
「もしかしてこないだクリームパン残してたじゃん?その人のため?良いわよぉ、尽くす女性って。」
やだぁ、何言ってんの。
そう言うつもりだった。
けれど、言えなかった。
「ユリナ!?」
意識が遠くなって行く。
窓の中にユリナはいなかった。
リザは怪しく思い、窓をそっと引いた。
音も無く窓が開く。
誰も居ない。
病室の分厚いドアの向こうから、何か聞こえる。
リザは少しだけドアを開けた。
「ユリナぁ!しっかりして!」
「302号室崎田さんの容体が急変しました!至急手術室に向かいます……」
ストレッチャーに乗せられたユリナが運ばれて行くのがドアの隙間から細く見えた。
リザの胸にズキンと痛みが走った。
手術?
不治の病だとは聞いていたけれど、そんな……。
救いたい。
救いたい。
リザは翼を開き、窓から飛び立った。
手術室の窓に向かって。
『悪魔伝説 二巻 悪魔が死を迎えるとき。
悪魔は本来人間に苦痛を与えるものである。
しかし、稀に人間に慈愛の心を持つ悪魔が存在する。正統な悪魔には死を迎える事は無いが、不正統な悪魔が人間の命を救った場合、その不正統悪魔には二十四時間以内に死が訪れる。それは不正統悪魔の運命であり、誰にも変える事は出来ない。』
手術の成功率は10%。
医師はユリナの両親にそう告げた。
母は既に顔を押さえて泣きじゃくっている。
父の顔には表情が無かった。
ユリナの手術がそろそろ始まる。
リザは手術室の窓から中を覗いた。
数人の医師に囲まれてユリナの姿は見えなかったが、もうすぐ始まるのだとはわかった。
リザは目を閉じて口の中で呟いた。
禁断の呪文を。
手術の終わりを待ち侘びていた両親の元に明るい知らせが届いた。
ユリナもすぐに意識が回復し、病気も完治した。
しかし、リザは現れなくなった。
あれは病気が見せた幻想だったのだろうか。
ユリナは時々そう思う。
けれど。
本に挟んだリザの羽根はそのまま残っていた。
後日。
市立病院の手術室の窓辺から、カラスの死体が発見されたらしい。
もしかしたらそれがリザなのだろうか。
ユリナはリザの羽根を窓から吹き込む風に乗せた。
リザの羽根は空に回収されていく様に舞い上がって行った。
何処までも、何処までも…