中 芽生え
次の日。
その日は前の日に比べ体調が良かった。喉の痛みはあったが熱はかなり下がっている。
またリザ来ないかな、と本に挟んで隠しておいたリザの羽根を摘んだ。チョコアイスの匂い。毎日匂いが変わるのかな。
コンコン……。
ドアがノックされた。
リザ!?
「ヤホー、ユリナ〜」
秋羅だった。おっきな花束を抱えている。
何だ…。
ユリナはがっかりした。
花束を菖蒲の模様が入った花瓶に挿した。
中に菊が混じっていてユリナは顔をしかめる。
わざとじゃないから言えないけれど。
「で、お花とこれ、クリームパン!村木屋の、ユリナ好きだったよね?」
と秋羅が素朴な茶色い紙袋を取り出した。中にはふんわり柔らかそうなクリームパンが四つ。
秋羅と二つずつ。
一口かじるととろりとクリームが溢れてくる。そうだ。リザに一つあげよう。
それから二人で秋羅が持ち込んだ雑誌のクロスワードパズルを解いたり、学校の話しをしたりした。
名前も忘れたクラスメイト。見たこともない教師。
しかしユリナの頭の中はリザの事でいっぱいで、秋羅の弾んだ声も雑音にしか聞こえない。
ユリナがリザの事を考えている間にも時は過ぎ、やがて秋羅はピアノのレッスンがあるとかで帰って行った。
時計は3時を指していた。昨日リザが来たのは3時過ぎだから、昨日と同じ位に来るのならばそろそろ来るはずだ。
そして、唐突にそれはやって来た。
夕刻の窓の外には、カラスが何羽も羽ばたいて居た。黒い大群は悪魔の集団に見えない事も無かった。
そしてそれは本当に悪魔の集団だったのだ!
大群の中の一羽がユリナの病室の窓に向かって飛んできた。
ユリナはすぐにそれがリザであると気付く。
来てくれた。
リザが、来てくれた。
ユリナはすぐに窓を開け、リザを迎え入れた。
冷たい風が吹き込んできたけれど、そんなの構わなかった。リザと居られる嬉しさに比べれば。
ユリナはベッドから上半身だけを起こしている。リザはパイプ椅子に座ってユリナが渡したクリームパンを頬張っていた。
二人は殆ど喋らない。
話なんてしなくても、二人の間では何かが通じていた。
二人は似ていたのかもしれない。
孤独、と言う赤い糸で。
ユリナは恋と言うものを知らない。
秋羅はしょっちゅうあの人が好き、この人が好き、と騒いでいるが、ユリナにはイマイチピンと来なかった。
それもそのはずだ、ユリナは一年間も病室で過ごしているのだから。
でも、リザと出会ってその意味を知った気がする。
一緒に居て凄く楽しい。
これが恋って事なんだ…。