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「不機嫌そうなジークさん、はじめてみました」
湖から村に戻る道を歩きながら告げるとジークさんはぴたりと足を止めた。
「……彼女は相手の為だと言いながら自分の事しか話していなかった。スザンナの話を聞こうともせず自分の願いばかり押し付けて……それに腹が立ったんだ。不愉快な思いをさせたならすまない」
気まずそうにこちらを振り返るジークさんは申し訳なさそうに目を伏せた。
(私のために、怒ってくれた……?)
勘違いかもしれない。
だけどジークさんがマリーナにはっきり言ってくれたお陰で私の胸はスッキリしていた。
「謝らないでください、むしろありがとうございます」
礼を述べた私にジークさんは少し気まずそうに口を開く。
「その……聞いてもいいか?彼女の言っていた『公爵家を出た』と言うことについて」
思わず目を瞬かせる。
そう言えばジークさんには話していなかった。村の人達はほとんど知っているのでてっきり誰かが話しているかもと思っていたが誰も話していないようだ。
私は簡潔に自分の過去を説明した。
「……子供なのによく家を出る決意ができたな」
話終えるとジークさんは感心したようにそう呟く。
「今思い返せばほとんど勢いみたいなものでしたけどね」
子供の自分と前世の知識を得た自分の混ざりもの、中途半端な大人だったから取れた行動だと思う。
ジークさんとそんな話していると村の方からお父さんが走ってくるのが見えた。
お父さんは私を見つけると声をかけながら近付いてきた。
「おーい、スザンナ!ここにいたのか!リンダさんのところに行ったら出ていってしまったというから……ん?」
途中でジークさんに気がついたのか途端に顔付きがにこやかになる。
相変わらずジークさんはお父さんのお気に入りらしい。
流石にお父さんを取られたと嫉妬する歳ではないが少しだけ解せない。
「ジークじゃないか!ひさしぶりだな、元気にしていたか?」
「ご無沙汰しています、ウォルトさん。今、スザンナと村に向かおうとしていたところです」
「そうかそうか!きっと皆喜ぶ!」
お父さんは昔からの友人に再会した時のようにジークさんの肩をポンポンと叩くと思い出したように私を見た。
「ジークはともかくとしてスザンナ、お前はしばらく村から離れていろ。俺達が介抱していた貴族がクレアを拐った公爵家の人間だと分かった。スザンナは見つからないように暫く森のきこり小屋にでも身を隠してろ」
今さらである。
とっくに見つかってしまっているし、なんならマリーナは私を連れ帰る気満々だ。
「あのね……お父さん……とっても言いにくいんだけどもう見付かっちゃった。それで向こうは私の事を連れ戻すつもりみたい」
「あ"ぁ!?」
「ひっ!」
ドスの聞いた声にびくりと肩が跳ね上がり小さな悲鳴が口から漏れた。お父さんがこんなに怒ったのを見るのは初めてかもしれない。
思わず隣にいたジークさんの腕にすがり付いてしまうほど怖い。
私が怯えた事に気がついたお父さんは分かりやすく狼狽える。
「ち、違う!スザンナ、お前を怒った訳じゃない!今更お前を連れ戻そうとした貴族どもに腹が立っただけで……っ」
「ウォルトさん、とりあえず一度村に行きませんか?スザンナが身を隠すにしても荷物を纏めなければいけないでしょうし」
「あ、あぁ。そうだな。一度戻るか」
ジークさんに宥められたお父さんに連れられて私は自宅に帰ることになった。




