15
今朝見た夢が頭から離れない。
そのせいでお父さんを迎えにきたジークさんの顔がまともに見られなかった。加えて素っ気ない態度を取ってしまったので間違いなく不審に思われている。
夢の中の少年は本当にジークさんなのだろうか?
「……スザンナ?スザンナってば!」
「は、はいっ!」
考え事に集中し過ぎて仕事が疎かになってしまっていた。止まっていた手を慌てて動かす。
リンダさんはそんな私を見て呆れたようにため息をついた。
「そんなにぼんやりされたんじゃ仕事の邪魔だわ。今日はもう帰っていいから明日はしっかり頼むわよ?」
「すみません……」
仕事が手につかないのは事実だ。
私はエプロンを外しお店を出ると気持ちを切り替えるために村外れの湖に向かった。
あそこは一年前お父さんを迎えにいった場所。
そしてお父さんとお母様がはじめて会った思い出の場所でもあると聞いてから、この湖は私のお気に入りの場所になった。
湖についた私は岸辺に座りぼんやりと水面を見つめる。
(ジークさんが村を出るって聞いたからジークさんの夢を見ただけかもしれない)
夢の中の私はかなり小さかった。
その頃の記憶なんてあやふやなものだ。きっと昔見た男の子とジークさんが重なって見えただけ。
だから変に意識する必要はない。
水面を見つめながらそう自分に言い聞かせていると誰かが近付いてくる足音が聞こえた。
村の人が釣りに来ることもある場所だから誰が来てもおかしくない。
何となく誰かなと振り替えるとジークがこちらに歩いてくるのが見えた、今一番会いたくなかった人だ。
隠れたい衝動に駆られるが向こうからもこちらが見えてしまっている。
(逃げる……?いや、悪いことしてないのに逃げる必要は……私が一方的に顔を合わせ辛いだけだし)
どうしようか迷っているうちにジークは私の傍にやって来た。
「隣に座ってもいいだろうか?」
「……はい、どうぞ」
一瞬躊躇ったがここで断ったら気まずくなってしまうと思い了承した。しかし何を話していいかわからない。
「俺はスザンナに嫌われるようなことをしてしまっただろうか?」
先に口を開いたのはジークさんだ。
単刀直入に聞かれ言葉に詰まる。
「して、ません」
ただ私が夢に影響されて気まずいと感じてしまってるだけ。
いっそ夢の内容を話してしまおうか。
そうすればこの気まずい空気を笑い飛ばしてくれるかもしれない。
「今朝、夢を見たんです。それでちょっとジークさんの顔が見れなくて……」
「夢?どんな?」
私は首を傾げるジークさんに夢の内容を話して聞かせた。彼に所詮は夢だと言ってもらえたら気にする事も無くなるはずだと思って。
元貴族だったことは伏せてとあるお屋敷で迷子になったところを少年に助けられ子供だったとはいえ結婚の約束をしたこと、相手の少年の顔がジークさんに似ていたので気まずかったと話した。
「夢に影響されてジークさんにあんな態度取っちゃって……すみませんでした。仕事も手につかなくてリンダさんにも怒られちゃいました」
おどけてそう告げてみたがジークさんはなにも言わない。
不安になって顔を上げると真剣な瞳と目があった。
「もし、夢の少年が俺だったとしたらスザンナは俺を好きになる?」
「そんなわけないじゃないですか、もし現実に起こったことだとしても夢は夢。ジークさんはジークさんですから」
問われて答え自分の言葉にはっとした。
夢は夢。
夢で見た少年がジークさんに似てたとしても仮に本人だったとしても現実の私がそれだけで彼を好きになるわけじゃない。
そもそも私の中でジークさんは面倒見がいい人気者のお兄さんだ。
夢に出てきたくらいで好きになるような感情は持ち合わせていない。
それに気がつくと今まで悩んで意識していたのが馬鹿みたいに思えた。
「ジークさんに話を聞いてもらってすっきりしました!やっぱり頼れるお兄さんですね女の子達がちやほやしたくなる気持ち、ちょっぴりわかりました」
すくっと立ち上がってそう告げとジークさんは困ったように笑う。
「悩みが解決したならいいけどそれは勘弁だ。スザンナは唯一対等に話してくれる貴重な女友達だからな」
「モテる男性は大変ですねぇ」
「……お前が言うのか」
呆れられたが私はお母様譲りで顔の作りは良いかもしれないがモテた試しなどない。
そう告げる私をジークさんは複雑そうな顔で見ていた。




