第5話 心に刻むもの ―12月25日の花火―(完結編)
「美夏、どうしたの?」
目を擦る私を見て、ゆうちゃんが顔を覗き込んできた。
「あ……っとね、ええっとね、村田の歌を思い出して、涙が出た」
村田が、即座にコタツから身を乗り出す。
「それ、俺の歌が酷いって意味? あっ……もしかして、上手すぎて感涙したとか」
ゆうちゃんが、それに容赦なくツッコミを入れた。
「そんなことあるかい!」
「そやなー」
二人が、上手い具合に掛け合い漫才を始めてくれて良かった。
夏の失恋を思い出して、うるうるしてたなんて、誰にも知られたくない。
それなのに、何もかも”お見通顔”の笹原隆太。
心にかけておいた鍵の合鍵を彼に持たれている。そう思うと、気が気でならない。
あいつは、自分のことは何も話さないくせに。
そんなの、ずるい。
悔しくて、ちょっと、苛めてやりたくなった。
「笹原、カニクリームコロッケもフライドポテトも、たっぷり、お腹にしまいこんだでしょ。そろそろ、《《何か歌ってよ》》。歌ってないの、笹原だけだよ」
「……」
「カラオケ、やったことないなんて理由は受け付けないし」
「だから、俺は……」
すかさず、また村田が口をはさんできた。
「隆太、歌の下手、上手いなんて気にすんな! 画面に歌詞だって出るし、俺が手伝ってやるから、一緒に歌おう!」
「断る」
断る時だけはとても早い。こうきっぱりと拒絶されると是が非でも、笹原の歌を聞きたくなる。ゆうちゃんが、笹原に無理やりにマイクを握らせようとした時、
「待て、待てっ、そういえば、好きな歌ならある」
「なら、それを歌え!」
「いやだ。ここでは無理だ」
「ここで駄目なら、どこでならいいんだ? 家か? 学校か?」
「う~ん、難しいな……」
どこで聞いたのかも覚えていない歌だし……
あの言の葉は、カラオケの味気ない拡声器から伝えるには、直向きすぎて……
いつになく真面目な横顔。何かしきりに考えている笹原をからかうにも気勢をそがれてしまって、カラオケタイムは一時中断してしまった。
私は、仕方なく、ジュースの飲み残しをテーブルの端に片付けだした。ゆうちゃんは、カラオケにも飽きてスマホをいじっている。村田はまた、楽曲メニューとにらめっこだ。
インターバルのクリスマスソングが一回りして また”クリスマスの十二日間”が、流れ出した。
On the first day of Christmas my good friends sent to me ♪
(クリスマスの一日目に、友だちが、もってきてくれたもの)
「そうだ、これでどうだ!」
笹原が、突然、コタツ布団を勢いよく跳ねあげて、起き上がったものだから、
「あっ」
私は、驚いて手にしていた飲み残りのジュースのコップを下に落としてしまった。
ガラスのコップが下に落ちて、がしゃんと高い音がした。……と同時に、カラオケボックスの電灯が全て消えてしまったのだ。
「あっ、何っ、停電?」
「おい、俺のマイク、マイク」
「村田ぁ! マイク探してる場合じゃないでしょ」
暗闇の中。私たちはお互いの姿を探して、目を凝らした。
かろうじて、形が分かるのは、私たち四人と、コタツだけ。
時間が変わる。
海風が止まった時の夕凪のように。
四人の呼吸が、さやさやと、静かな空気の流れに変わってゆく。
やがて、
耳をかき混ぜるような蝉時雨が響いてきた。
コタツ台の上に肘をついて、一人、上を向いているシルエットの横顔が笑っている。
クスクスクス……
笹原隆太に決まってる。 こんなおかしな時に、笑えるのは、笹原しかいない。
「やっぱり、蝉時雨とコタツはミスマッチかなぁ」
暗闇に蝉時雨が響いている。軽くて涼しい夜風が頬にあたる。
何なの? まるで、夏の夜みたいに。
目が暗闇に慣れてくると、上の方に輝く小さな星を見つけた。
夜の雲が、その方角へ流れてゆく。口笛のような音が聞こえた。すると、星と雲の間に一際明るい光の帯がせりあがって来た。
耳に轟く弾けた音
「あああっ!!」
真っ暗な夜空に、広がる極彩色の火花。
赤や緑や黄色。あるいは、銀や金。
夢のように儚い光の花が、蝉時雨の ― 夏の夜 ― いっぱいに広がる。
花火ぃ! カラオケボックスの上に?
けれども、建物らしきモノは何も見えない。
コタツに入った四人の上に、夢幻の色に染まる光の花。
息を呑むような煌めきが輝いて、消えて、喧騒と静寂が交互に繰り返された。
それは、クリスマスに、”彼”がもってきてくれた”夏の花火”。
― 時の魔術師 ―
「写真、写真っ、何がどうなっているか、わからんけど、撮っておかんと!」
慌てて、スマホを上に掲げた村田の手を、斜め横から誰かが止めた。
「隆太か? 隆太だろ? 何で、止めるんだよっ。カラオケボックスのイベントかなんか知らないけど、こんなにすごい仕掛けをインスタにあげない手はないぞ」
答えた声は、花火の音でよく聞こえない。
「え、何て言った? もう一度、言って」
その時、カラオケのインターバル曲が、また聞こえてきた。
クリスマスの十二日目に……がくれたもの♪
アップテンポな音に”時間が引き戻される。
とたんに、明かりが灯り、景色が元のカラオケボックスに戻った。
きょとんと目を瞬かせた村田。
笹原隆太は、村田と視線を合わすと鮮やかに笑って言った。
「だって、クリスマスの花火は、写真に残すものではなくて、《《心に刻み込むもの》》なんだ」
~季節が過ぎても、
心に刻まれた色は決して、色褪せはしないから~
* *
カラオケボックスからの帰り道。
あの花火は、カラオケボックスのクリスマスのイベントのプロジェクションマッピングの映像だったということで、皆の意見は、戸惑いながらも決着した。
すごいサービスですねと、褒めちぎったら、カラオケボックスの店員も、有難うございますと返事してくれたし。
「じゃあ、またね」
「うん、今度はお正月にね」
「初詣しよう」
「うん、またね」
この季節の午後6時はもう暗く、村田がゆうちゃんを家まで送ってゆきたそうにしているので、私と笹原は適当な場所で、二人と別れることにした。
村田は口は軽いが信用出来る奴だ。ゆうちゃんのボディガードとしては及第点だろう。
笹原と歩く帰り道。そういえば、こいつと”完全二人きり”というのも、今までなかった気がする。何か話をしなければ。少し心臓がどきどきする。
「あ~、日が長くなったわねぇ」
何だか、近所のオバさんみたいな語りかけをしてしまった。
「冬至を過ぎたから、だんだん明るくなる」
「笹原って、そういうことは、よく知ってるのね」
薄く笑った横顔がイケメンすぎて、また、どきんとする。
ダメダメ、美夏、こいつは超変人。見かけにだまされるな。
「え……と、結局、笹原の知ってる歌、カラオケでは、歌ってくれなかったね」
「まだ言うか。花火を見たから、もういいじゃん」
「あ~、あれは凄かったわぁ。今年の夏祭りの花火は見逃しちゃったから、何だか感激した」
クスリと笹原は、また笑う。
「クリスマスの歌を聞いて、いじけてたから」
♪ クリスマスの十二日目に本当の恋人がもってきてくれたもの ♪
「えっ」
また、心の鍵をはずされた。こいつが持っている合鍵で。
その時、私たちは、私の家の近くの三差路に差し掛かった。
「じゃあ、俺、あっちだから」
軽く手を振って、私の”待って”の言葉も聞かずに、反対側の道に行ってしまった笹原隆太。
私は、しばらく去ってゆく彼の後ろ姿を眺めていた。
もう少し、話をしたい。もっと、こちら側にいて欲しいのに。
”君のこと”をもっと、私に話して。
行き場のないもどかしさを持て余していると、遠くの方から小さな声が響いてきた。
それは、
クリスマスの花火よりも、心に刻み込まれた和かな声。
誰も聞くことが、できなかった”歌”
季節外れの桜の花びら
吹きすさぶ春一番に乗せて
僕らの前を通り過ぎていった
二人で見上げた空は真っ青に澄んでいて
そして君は泣いていたんだ
季節は移ろいゆくけれど
君と過ごしたそのひとつひとつが
アルバムにしまわれた写真のように
大切に一枚一枚めくられて
僕の心を温めてくれる
一生を終えて落ちた蝉
赤く燃えて散っていく紅葉
君にさよならを言う冬
僕らいつか訪れる終わりを知っているから
仲良くなれたのかもしれない
そう言って僕ら笑いあった
誰か僕らの季節をとめてください
僕ら二人をアルバムの中の写真にしまいこんでください
また会えるかなって言葉ごと
僕らを遠い時の彼方へ閉じ込めてください
僕を孤独の世界から救い出してくれた優しい記憶ごと
君を抱きしめていたいから
季節は移ろいゆくけれど
君とした約束は変わらない
あの日の影法師
またね。またね、って約束
いつまでも信じてるから
また会えるかな
作詞:鷹仁@takahitoshi (詳細は最終話のエンディング曲参照)
【時の魔術師~心に刻むもの ― 12・25の花火 ― 】 完