第2話 ~夏~
僕の名前は、笹原隆太。
中学2年生。好きなものは学校給食、嫌いなものは学校活動。
今日は学校を休む事にした。なぜって、今日は、学校に行く意味がない。夏休みが明けたばかりの始業式で、給食もないからね。
通学路の近くの緑の並木でごろんと寝転がる。今日はからりと晴れたいい天気だな。
「おーい、隆太! 行かないのか。遅刻するぞ」
お、同じクラスの村田だ。“行かないよ ”僕はあっちへ行けとばかりに村田に手を振った。
ちりん ちりん
どこかで風鈴の音がする。でも、風は秋風。9月って、本当に夏と秋が同居している季節なんだな。
「隆太、先に行くぞ!」
村田の声がしたけど、完全に無視。学校で掃除するより、ここで蝉の合唱を聞いている方がおもしろい。
ちりん ちりん
だって、この音が、きっかけになる。
そして、
どこか別の季節へ
― 僕は飛べる ―
白雲が流れてゆく。緑の並木が風にゆれている。
それにしても、蝉の声って夏の終りが一番、激しくないか。
“蝉は土の中に幼虫で七年、そして地上で羽化して、生きられるのは、たったの七日“って、いつか誰かに聞いた事があった。
それが、本当なのかは、別にして……
僕の足元に一匹の蝉がぽとんと落ちてきた。なんか、絶妙なタイミングで。
ジジジジ………命の終わりを告げる声
「お前、今日が地上に出て七日目か。あわれな奴」
蝉は、そんな言葉なんか聞きもしないで、羽を小刻みに震わせている。
でも、こいつにとっちゃ、あたり前の事なのか。あわれと思うのはこっちの勝手な想像か。
それでも……お前が知っているのは夏の景色だけだろう。
七日だけの寿命を生きて、春に、この桜並木を彩る花の色を、知らないままに消えてしまう運命なんだ。
ちりん ちりん
− ほら、きっかけの風鈴の音 −
次が鳴ったら、
ちりん
“春風満桜”
これが、僕が一番、お気に入りの染井吉野
この世で一番透明なピンクで染め上げて、
九月の並木道を満開の桜で彩らせる。
猛暑の季節に、
僕が呼んだ“春”
ジジ……ジ、ジ……
景色はまた、夏。
足元の蝉は、かすかに鳴いた後に羽を止めた。
「あー、なんだか、つまんなくなったな。学校、行くか」
僕はよいしょと立ち上がった。
「あ、蝉、蝉っ!」
学校帰りの小学生が、地面に落ちた蝉に手を伸ばそうとしている。
「捕まえても無駄だよ」
「え、何で?」
「もう、死んでる」
「なんだ。つまんない。死んでるの」
「蝉は土に七年篭って、地上に出てから七日目に死ぬんだ」
「ふうん。でも、それって嘘だって先生が言ってたぞ」
「お前の先生って、つまんない奴だなあ」
― いいんだよ。儚い命と思った方が、蝉時雨はきれいに聞こえるんだ ―
小学生は駆けて行ってしまった。僕が、ゆっくりと学校へ歩き出した時、
「おーい、隆太!」
また、村田が来た。
「お前、まだ、こんな所にいたのか。学校、もう終わったぞ」
「なんだ。今から行こうと思ってたのに」
「遅ぇよ!」
村田と一緒に帰る道。明日からは給食が始まる。
「隆太、明日は学校に来いよ」
僕は微妙に笑って答えた。
「それは、給食メニュー次第だよ」
【時の魔術師】 〜夏〜