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第7話 ~春~(完結編)


こんな事ってあるんだろうか。

幻のように消えてしまったシルバーメタルの車と直線道路。


気がつけば、暗い明かりのない海岸で、四人は漆黒の海を見つめていた。

静寂の空間には、


ざざざ……ざざざ


波が運ぶ砂の音だけが響いている。

その中で目を凝らし

石井 美夏、工藤 美咲、三浦 和也、そして笹原 隆太が

見つけたもの。


海の波間にほのかに灯る四つの漁火。


目が暗さに慣れてくると、漁火の灯の中に人の姿がぽうっと浮かんできた。


一つの漁火に、一人の人影。

それが四つ。

白い木綿の上着を着て、腰には小さな竹篭をつけている。


ざざざ……ざざざ


幻影のような四つの姿は、浅瀬の穏やかな波の中に、同じ間隔を開きながら横一列に立っていた。沖の方角に体を向けて。

そして、お互いの腰と腰を細い綱で結び、竹篭につけられた小さな漁火だけをたよりに静かに海をすくっているのだ。


海女……? 海に潜っていないけど、多分、貝か海草を採っているんだ。


 美夏がつぶやく。

「私、聞いたことがある。昔は相模湾でも、夜の浅瀬でこんな風に海女が漁をしてたって。けど、今の時代に、それが続いているはずないのに……」


 海女たちは、 話す事も、顔を見交わしさえしないで、波の中で、ただ黙々と、すくった何かを篭に運んでいる……。


 漁火が波の上に四つの影を映し出す。そして波が動くごとに、それらは沖へ流されてゆくのだ。


  隆太を除く三人は、その光景に小さくため息をついた。

「まるで時間が止まったみたい……」

 ぽつりとつぶやいた美咲に隣の和也が無言でうなずく。

 だが、鮮やかな声で隆太は言った。


「違う。時は止まってなんかいやしない。緩やか過ぎるほど緩やかに、ここの時間は動いてるんだ」



そうして、遠い夜明けを待ちながら、海をすくい続けているんだよ。


あの人たちが持った、小さな漁火とお互いを結び合った細い綱


ちっぽけだけど、それがなければ、暗い海をさまようばかりだ。



「笹原、どうしたの。今日はいつになく真面目モード?」

美夏は不思議そうに隆太の顔を覗き込む。そして、くすりと笑った。

「そうやってると、笹原も男前に見えるよ」


 もともと俺は男前だ。


 ふつりとつぶやく隆太に、和也はちょっと眉をしかめた。


「さっきの事故の二人は時を早く駆けすぎた。けれども、ここの時間は遅すぎて、何だか哀しい感じがする」

 そんな 隆太の言葉を待っていたかのように、空が白んできた。



 それでも海の中のあの人たちは、だた、黙々と波の中に立ち続けているんだ。


 夜明けがもう近いのに……



「あ……私、何か泣けてきた……」

 知らず知らずのうちに、涙があふれ出て、美夏は思わず袖で顔をぬぐった。悲しさよりもほろ苦いような思いが胸いっぱいに広がってしまったのだ。

 少女の瞳に銀色の光が溢れた時、隆太は一瞬、その頬に手を伸ばしたくなった。だが、結局は手をひいた。


急いで、ただ急いで

時を早く駆けぬけてしまいたいか。


それとも、哀しいほどに緩やかに

夜明けを待ち続けるのか。



「俺は嫌だ! そんな風に生きるのは」

 和也が叫んだ。その声が海に響いたとたん、


 ふわりと風が通り過ぎた。


*  *


 ちらちらと舞う桜の中で、美夏はきょとんと目を見開いた。


卒業式の後、写真撮影と雑談を終えた生徒たちが、次々と校門から出てゆく。

「帰ってきたみたい……」

美夏の呟きを聞いた美咲は、少し離れてたっている和也にいぶかしげな視線を送った。


夢? 和也の後ろに止まっているあの車、

あれは、私たちを乗せて西湘パイバスを爆走したシルバーメタルの車だよ……ね。


「美夏! 美夏ったら、急にいなくなっちゃってどこへ行ってたのよ!」

 少し頬を膨らませたゆうちゃんが、村田をひきつれて、こちらの方へ駆けてくる。

「隆太はどこだ。親友の俺を置き去りにするなんて、そんなのアリか?」

 そう言ったとたん、村田は呆れ顔で近くにあった桜の木の下に目をやった。


「寝てやがる」


 桜の木の根元に腰をおろして、すやすやと寝息をたてている隆太。

「おいっ、隆太! 起きろよ、こんな所で寝るな」

 その時だった。

「お前ら、何やってんだ? 卒業式はもう終わったんたぞ」

 校庭の方から、社会の臨時教師 − 山下 − がやってきたのだ。


 “ヤバイ、無免許で車に乗ってきたのが見つかっちまう”

 とっさに、美咲の後ろに身をを隠した和也だったが、もう遅かった。


「高等部の三浦 和也……か。お前なあ、校内でやんちゃするだけなら、まだ情状酌量の余地もあるが、無免許運転は法律違反だ。日本全国、いや世界に出たってそれは罪だ! わかってんのか? 学校に知れたら、お前、即退学だぞ!」


 俯いた和也は山下を上目づかいに見た。でも、何も言葉が出ない。

  その時、美夏がぱっと目を輝かせた。

「そうだ! 三浦先輩、車のキー持ってるよね。それを私に貸して!」

「そりゃ、持ってるけど、どうすんだよ。お前が運転するってか? お前だって無免許だろ」


 “違うわよ”


「はいっ、運転するのは、“先生”。免許証持っているんでしょ」

 と、美夏は受け取った車のキーを山下に向けて差し出したのだ。

「何! ……という事は、俺に三浦をこいつの家まで送らせて、無免許運転は知らん顔をしとけってつもりなのか」


 美夏、美咲、とりあえずよく場面は把握できないでいたが……ゆうちゃんと村田。そして三浦 和也。こくこくと、首を縦に振る5人。


「先生、頼むよ。俺、きちんと免許がとれるまではこの車は運転しない。髪の色ももとに戻すし、学校にもきちんと来る……退学なんて嫌だよ。俺はもっとじっくりとこの学校で、みんなと色んな事がやりたいんだ」


 こいつ、何を言い出すかと思ったら、やけに真剣な目で……


  仕方がないかと、山下は、しぶしぶ首を縦に振った。

「わかった。キーを貸せ。でも、三浦、お前の家ってどこなんだ」

「大丈夫、車だったら、学校から30分」

「30分? 帰りはどうすんだよ。俺はまた学校に戻んなきゃなんないんだぞ」

 村田が言う。

「電車があるじゃん」

 山下は憮然とした表情で言った。

「交通費出せよ」


 うわっ、セコいっ! 顔を見合わせ美夏とゆうちゃんは、目と目で語りあう。


「……で、そこで寝てる笹原のことだが、それも、どうにかしておけよ」

 桜の木の下の隆太を指差して山下が言う。

「だって、先生、さっきから何回も起こしてるのに、こいつ気持ち良さそうに眠ってて全然起きないんだ」

「保健室にでも寝かせとけっ。俺が帰ってきても寝てたら、たたき起こして帰らすから」


 山下はそう言うと、和也と二人でシルバーメタルの車を飛ばして行ってしまった。


「早っ、あれって、スピード違反じゃないの?」

 美夏とゆうちゃんが苦笑いを浮べる。


「じゃ、俺、隆太を保健室に連れてゆくわ」

 よいしょと隆太を背中にしょって、歩いてゆく村田に美夏とゆうちゃんが“ご苦労様”と声をかけた。その二人に美咲が言った。

「じゃ、またクラブでね。高等部になっても、クラブ交流はあるもんね」

 それと、


 今まで、ごめんね。


 美夏はその笑顔に、同じような笑顔で応えた。


* * *


保健室に続く廊下、隆太を背中にしょいながら、村田はふと窓から飛び込んできた桜の花に目をやった。


 くるくると舞って、隆太の頭に落ちてきたひとひらの桜。



 もろともに あはれと思へ 山桜

 花よりほかに 知る人もなし



ふと、村田の心にそんな句が浮かび上がった


この句の意味って? 何だっけ……



山桜よ。花のおまえくらいしか、心をかよわす人がいないのだ……



「桜しか心をかよわす人がいないなんて……そんな事ないよな」

村田は、隆太の顔をちらりとうかがってつぶやいた。


「俺とお前は親友なんだろ?」



*  *


「まったく、無駄に時間をくっちまった」


  和也を自宅まで送り届け、学校へ戻ってきた臨時教師の山下は小さく息をついた。もう時間は夕刻にせまり、校舎に人影は見当たらない。


そういえば、笹原はどうしただろう?


桜の木の下で、眠り込んでしまっていた隆太。


村田に保健室に連れて行けと言っておいたが、まだ、そこにいるんだろうか。



何だか、やけに気になって、山下は保健室へ向かう廊下を足早に歩いていった。


窓から1枚、また1枚と飛び込んできた桜の花びらが、くるり、くるりと舞いながら、その後を追う。

  保健室の扉を少し開いた時、山下は一瞬、その手を止めた。



 おかしい……この向こうの空気……何か、違う。



くるりと鼻先に舞い降りてきた桜の花びら。

 その瞬間、はっと目を見開き、山下は力まかせに保健室の扉を開いた。


「笹原っ!」


桜、桜、桜の花が……!

保健室全部を薄桃色に染め上ている。


上下左右に乱舞する桜吹雪!


山下は唖然と、保健室の机に座って彼を見ている隆太の方に視線を移した。


「あれ、おっさん。何で来ちゃったんだよ」

「笹原! お前、ここで何してるっ!」

「何って、もう、戻るんだよ」

「戻るってどこへ!」


 隆太は少し笑って言った。


  “時の中心へ。時の彼方へ”


「心配すんな、1年もすれば戻ってくるから。でも、本当は嫌なんだ。いつかは帰って来れなくなるから……その場所で時を見据える。それが、俺の仕事だから……。



春を迎え、夏を過ごし、秋を羽包み、冬を見守る


四季の守人



  桜色の空気が元にかえってゆく。それと共に隆太の姿も薄まり出した。


「い、1年たったら、戻ってくるんだな! 今回は戻ってくるんだな」

「もどってくるよ。まだ、俺はみんなと遊んでいたいから」

「1年後のいつ?」

「1年後の春に」


こいつが普通じゃないのは、前からわかっていたんだ。けれども、こんな別れは御免だぞ。山下はまくしたてるように、大声で叫んだ。


「約束しろっ! 必ず1年たったら、帰ってくると」

「約束? おっさんにしては、かわいい事を言うんだな。なら……」

「なら……?」

 山下はぐっと息を飲み込んだ。


 すると、隆太は鮮やかに笑った。


「時を止めておくよ。春のまま。次に帰ってくる()()()()()


お、おいっ、冗談じゃないぞ! 時を止めてゆくなんて、そんな事、困る!

 

 激しく舞い上がった桜吹雪。


  クスクスクス……


 桜吹雪の中、いっぱいに広がった隆太の笑い声。

 それが、やがて聞こえなくなった時、保健室には山下一人が取り残された。



  人っ子ひとり、ひとひらの桜も残さずに……。



「行っちまいやがった……」


 山下はただ、唖然と保健室の窓から暮れてゆく空を見つめていた。

 


*  *


 夏


「結局、夏が来たじゃないか。笹原の奴、時を止めるなんて言いやがって」

 葉桜になった桜の木でがなりたてるミンミン蝉が五月蝿くて、山下は眉間に皺をよせた。


「あ、先生。留学生が一人、ワンゲルのサークルに入るってよ」

 校庭の向こうから駆けてくる村田とゆうちゃんに山下は笑顔を作った。

「へえ? 留学生か。誰でも大歓迎だ。これでメンバーが3人だな」

「美夏もテニス部と兼部してくれるかもしれないって」


 今年、山下が学校で発足させた軽登山のサークル。といっても、メンバーはこれから集めるのだが。

「大丈夫だ。笹原が帰ってきたら、”親友”の俺が即、入部させるし」

 と、村田が笑った。

「でも、俺はまだ信じられない。隆太に海外留学なんて似合わなすぎだ」

「それに、行ってきますとも言わないで、居なくなるから、美夏ちゃんが怒ってたわよ」

「はぁ? 隆太が突然、いなくなるのなんていつものことだろ。何で石井が怒るんだ」

「村田……あんたって、”超”鈍感男」


 二人の会話を聞きながら、苦し紛れに”海外留学”と言ったものの、やはり無理があったかと山下は苦笑する。


  村田たちと別れてから一人で校庭を歩いていると、他の生徒たちの声が、ふと山下の耳に響いてきた。


「この桜の木っておかしいんだよね〜。春からずっと上の方に1輪だけ、枯れない桜の花がついてるんだ」

「うっそお。誰かがいたずらで偽物をつけてんじゃないの」

「わざわざ、あんな高い場所に登ってまで?」


 歩き去る生徒たちを入れ替わるように、桜の木の下にやってきた山下は、真上を見上げて、にやりとほくそえんだ。



花よりほかに知る人もなし



葉桜の中に、鮮やかに映える薄桃色の桜の花。


「そうか、あの桜の花の時だけをお前は止めていったのか」



季節は移り変わってゆく。

そして、この日の時は“夏”




【時の魔術師〜春〜】  完

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