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第7話 ~春~(中編)

「さっさと降りろよ! お前なんか乗せる気はない!」

「それより、車を止めてっ。無免許なんでしょ!」

「何でもいいから、スピード出すのはやめてえぇっ!!」


 誰彼なしに叫ぶ声が、車内に響き渡る。


「……んなこといったって、止めれるかっ!」

「えっ、何で!?」

「ブレーキが効かない」

「ええっ!」

「スピード出してんのは俺じゃなくって……」


 和也はスピードに取られそうになるハンドルを必死で操作しながら叫んだ。


「この車が勝手に暴走してるんだっ!」


 四人の生徒を乗せたシルバーメタルの車は、小気味よさげにきらりと輝くと、学園通りを爆走していった。普段は交通量の多いこの道路が、今日は車どころか、人っこ一人姿が見えない。


 クスクス、クス……


 後部座席で、楽しげに隆太が笑う。


「笹原っ! 笑ってる場合じゃないでしょ。何とかなんないの!」

 助手席で、美咲とぎゅうぎゅう詰めの状態からどうにかうしろを振り返り、美夏はあせった声を出した。

「そんな事言ったって、僕は車なんか運転した事もない」

 隆太はにこりと微笑んで前方を指差す。


「それより、前から来たトラックにぶつかるぞ」


 嫌ああああっ!!


 その瞬間、目のまわりに星屑が散らばった。



* * *


 星空のパイパス、スカイウェイ。流星のように快走するシルバーメタルの車。


 波音が聞こえる。潮の香りが胸いっぱいに広がってくる。

 美咲と美夏は、車の窓を開け外の景色に見入った。


 時間は夜。

 場所は海沿いの直線道路。

 季節……夏?

 

 こんな事って……私たち、さっき卒業式を終えたばかりでしょ……


時間も場所も季節も、全部が……狂ってる。


「ここ、何処?」


 美夏の問いに、和也が、苦々しい声で言った。


西湘せいしょうバイパス。忘れるもんか、夏におやじと一緒にドライブした道だ。そして、その次の日にあいつはいなくなっちまった」

「……」

 腑に落ちない顔の美夏の耳元に美咲が囁く。

「和也くんのお父さんね、夏に亡くなったのよ。事情があってね、お母さんと上手くゆかなくなって……自殺だったって。……で、彼は少しグレちゃったみたいよ」


ああ、そうか。と美夏の心にしょっぱい気持ちがこみ上げてきた。

だから、先輩はこんな風に変わってしまったのか。 


*  *


 西湘パイバス。神奈川県大磯町から小田原市までのほぼ大部分を海岸沿いを通る自動車専用道路。


「ああ、波の音が眠りを誘うなあ」


 やっぱり、戻んないとなあ。


 一人、マイペースを決め込む隆太は、頭の後ろに両手をやると、つまらなそうにごろんとシートにもたれかかった。それから、窓の外に飛んでゆく海辺の景色に目をやった。 


 海岸道路を一直線に猛スピードで進んでゆくシルバーメタルの車。


 走る、走る、暴走する。

 流星よりももっと、もっと早く走りたいんだ。


 急いで、急いで、ただ急いで

  時を早く駆けぬけてしまいたいんだ。

 

 

「先輩っ、車を止めて!」

「駄目だ。できない」

「そんな事ないでしょうがっ。ブレーキを踏んで。思いっきり踏みしめてっ!」

「嫌だ、こんな場所では止まれない!」


 だが、突然煌いた赤い閃光が、4人の生徒たちの堂々巡りの会話を中断した。

  対向車線でガードレールにぶつかった車が、激しく炎上している。

 窓の外を覗き込んだ美咲の瞳までが、赤く染まってみえるほどの激しい炎。


「事故?!」


すれちがいざまに、見た人の影。寄り添うように運転席にいる二人。

「炎の中に人がいる……黒い影が車の中で揺れてた」

ほんのその数秒が何十分にも思える長い瞬間。美夏は顔を手で覆い、美咲の膝に身を隠した。

 消防車とパトカーのサイレンの音がけたたましく響いてきた。しばらくして、カーラジオからニュースの音声が流れてきた。



 7月23日 午前3時40分。西湘パイパス、大磯西インターチェンジ付近が事故がありました。この事故に17歳と16歳の男女が巻き込まれた模様、ただいま身元を確認中……



和也が苦々しい口調で言った。

「助かってないな。あんな凄まじい炎の中にいたんじゃ」


 徐々に増えてくるサイレンの音が、五月蝿すぎて、耳を塞ぎたくなった。でも、ハンドルを手放すなんて、絶対できない。やったが最後、今度は、自分たちまでがスピードに巻き込まれてしまう。あんな事故の二の舞は御免だ。


「止まればいいだけのはなし」


 その時、ふいに背後から聞こえてきた声。


「笹原……?」

「ブレーキを踏むだけなんて、誰にでもできる事だよなあ」

 投げやりなその言葉。

 それなのに、その声は、無造作に胸の中に入ってきて、迷っていた心の鍵に手をかける。

「ああっ、畜生っ」

  思い立ったように和也は、足をブレーキに置くと、それを思い切り強く踏みしめた。








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