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第7話 ~春~ (前編)

  もろともに あはれと思へ 山桜

  花よりほかに 知る人もなし


「村田……どうしたの、急に。気持ち悪っ!」

「何を言う。 俺が唯一覚えた百人一首を」

「たったの一首! で、意味、わかってんの」


 その時、後ろから聞えてきたおどけたような少女の声。


「お互いに懐かしいと思ってくれ 山桜よ。花のおまえくらいしか、心をかよわす人がいないのだ〜」


 村田は、はっと後ろを振向く。


 石井 美夏。この中学で毎年行われる“百人一首大会”のクィーンが現われやがった。


「ま、だいたい、そんなとこかな」

 村田の尊大な態度に、美夏の友達のゆうちゃんが飽きれたように言う。

「それで、何でその句をしみじみ、詠んでんの? 今日は卒業式でしょ。ちっとも、時と場所に合ってないじゃん……しかも、オヤジっぽい」



 そう、卒業式。とはいっても、彼らは中学2年生。今日は、一つ上の学年、3年生の卒業式なのだ。



「だってなあ。バスケ部のキャプテンを見ろよ。後輩たちに囲まれて、きゃあきゃあと……制服のボタンの争奪戦なんて、信じられない光景だ(俺にとっては)」


 ゆうちゃんと、美夏は村田のつぶやきを聞くなり、急にぷうっと吹き出してしまった。


「そっか、さっきの句って今の村田の心情? でも、悲しくない? 桜くらいしか心を通わす人がいないなんて」

「失礼な奴だな! 俺にだって親友はいるんだぞ」

 その時、ひゅうと風が吹き、校庭に咲いた七分咲きの桜の花がはらりと空に舞いあがった。


「誰か呼んだ?」


 突然、どこからともなく現われた少年。だが、村田、美夏、ゆうちゃんの三人はもう、驚きもしない。


 笹原 隆太。


 同じ中学のクラスメート。でも、こいつが普通に現われたためしなんかないんだから。

 村田が当たり前のように、隆太に言う。


「お前、何で来たんだ? 今日は卒業式で給食はないんだぞ」


 隆太の好きなものは学校給食、嫌いなものは学校活動。


「だって、今日は紅白まんじゅうを配る日だろ。 あれって美味いよな」

「卒業式はまんじゅうの配布日か」


 え、違うのか?


 悪びれる風もなく笑顔を作る隆太に、三人のクラスメートは、“はいはい”と、諦め気分で頷いた。



* * *


「おーい、そろそろ送り出しの時間だぞ。下級生はさっさと並んで花道をつくれ」

 体育館から出て来たのは、地理の臨時教師、山下慶一だった。


「相変わらず不必要にでかい声!」

 美夏はゆうちゃんと顔を見合わせ苦笑したが、山下がこちらを見た瞬間、


 まずいっ! 今日は笹原がいるんだった。

 と、大慌てでそっぽを向いた。


「おっ、笹原じゃないか。今日は学校にいるんだな」

 案の定、山下は嬉しそうに、こちらへやってきた。何故だか知らないけれど、この教師は隆太を気に入っている。


「おっさん、まだ、先生やってんのか。また、K2に登るんじゃなかったのか」


 隆太に山下はしっと言うと、いきなり隆太の頭を抱え込んで2mほど、皆から離れた場所に引きずっていった。


「俺の名はおっさんじゃない。それにK2の事は皆の前では言うな」


 実は山下は登山家で世界第二の高峰、K2の登頂中に遭難し、その時不意に現われた隆太と一緒に時の間を乗り越えてしまったのだ。それ以来、彼は隆太たちの学校で臨時教師として、働きながら再びK2に登る機会をうかがっている。


 笹原 隆太……K2にいた俺を一瞬で、日本の神室山に移動させた少年。一体、こいつは何者なんだ。普段はひょうひょうとして食い物の話ばかりの奴なのに……。

 

「K2の氷の割れ目に落ちていった親友を探しにゆくんじゃなかったのか」

「あの山の時間は、地上よりもゆっくり進むんだ。あせる必要なんかない。それに行くにしても今は金が足りん」


 隆太は人の悪い笑いを浮べて言った。


「ま、死んでても冷凍保存されるしな」

「こらっ、罰当たりな事を言うな!」


 わかってるさ。あいつの魂は、もうこの世にいない事くらい。


 山下は少し笑って、隆太の頭を軽くこづいた。



 

「あ〜あ、隆太を先生に拉致)らち)られたな。あんなにくっついちまって、あの先生、隆太に気でもあるんかい」


 遠巻きに隆太と山下の様子を見ていた村田が言う。


「まさか」

「でも、もしかしたら……」


 美夏が少し不安げに言った、その時、


「笹原 隆太って、顔はそこそこの美形だけど、えらい変わり者って噂じゃない」

 妙にきつい口調の華やいだ雰囲気の卒業生が現れた。


「先輩! 卒業おめでとうございます」

 テニス部の先輩、工藤 美咲の出現に美夏は笑顔で挨拶する。


 すると、美咲が、

「美夏ちゃんって、笹原みたいな、あんな変人と友達なの? 辞めときなさいよ。それより、花道を通る時、お花は私にちょうだいね。他の人には絶対に渡しちゃだめよ」


 なれなれしく美夏に話しかけてくる美咲に、ゆうちゃんは村田にそっとつぶやく。


「この先輩……ずっと、美夏にべったりで、すごく嫌。美夏が好きだった男子テニス部の先輩にちょっかい出したのも、美夏を独占したい為だったんだよ」


「へえ、それでよく石井は我慢してるなあ」

「美夏はそこんとこ、ちょっと鈍感なのよ」


*  *


 はらはらと桜の花びらが舞う午後に、下級生たちが作った花道を通りぬけ、卒業生たちは校門を出て行く。


 思い出をいっぱい胸に抱えながら……


「なあんて言っても、また、戻ってきて写真撮影とかするんだよなっ」

 雰囲気ぶち壊しの村田に、美夏とゆうちゃんはあからさまに嫌な顔をする。

「あ〜あ、せっかく、いい雰囲気に浸ってたのに。ほんと、デリカシーのない奴」

「俺だけにそんな事言うなよ。ほら、隆太なんか……」

 村田の言葉に、隆太の方へ目を向けた美夏。


 え、寝てるの? それも立ったまんま。


「笹原っ、校庭のまん中でそんな器用に寝ないでよっ」

「え?」

 きょとんと目を開いた隆太のまわりで、散った桜の花びらが、くるりくるりとじゃれつくみたいに円を描いた。

「いけね、うっかり寝てた。やっぱり、春なのかなあ」


 そろそろ、戻んなきゃいけない頃だよなあ……



 その時、校門の方から声がした。

「いやよ、行かないって行ってるでしょ!」

 美夏の先輩、工藤 美咲が車で校門に乗り付けてきた男に腕をつかまれている。


「何でだよ。卒業記念にドライブしようってんだぜ」

「だって、三浦クン、無免許でしょ!」


 驚いて声のした方向を見た美夏は一瞬、口篭もってしまった。


「あいつ、知ってるぞ。高等部の三浦 和也だ。たしか元テニス部の……」

 美夏たちが通っている学校は中高一貫の進学校だ。卒業といっても、ほとんどの生徒は同じ敷地内の高校に進む。

 村田にゆうちゃんが相槌をうつ。

「そう、去年の卒業生の三浦さん。でね、あの人が例の工藤 美咲が盗ったっていう美夏ちゃんの好きだった先輩なんだよ。かっこ良いし優しいって評判だった……。でも、ちょっと見ないうちにすごく不良っぽくなっちゃって……」


 そこに隆太が口を出してきた。


「ああ、あれが去年の夏休みに青い空と入道雲が、すごく綺麗だったにもかかわらず、学校帰りの堤防で石井をこっぴどく振っていや〜な気分にさせたクラブの先輩か」


 あまりにも詳しい隆太の情景描写に、村田とゆうちゃんはきょとんと目を点にした。


*  *


 和也の手が無理やり、美咲を車に引きこもうとしている。


「誰か助けて!」


 泣きそうな声で叫んだ美咲を、放っておくわけにはゆかない。こんな時、美夏はとてつもなく大胆になる。車に駆け寄ると美夏は美咲の腕を強くつかんで、自分の方へ引っ張った。

 ところが……


 運転席の和也は、細い眉を強くしかめた。

 助手席にいる美咲。それにくっついてきた美夏は別として、


「お前、何処からそこへ入った!」


 後部座席に一人陣取り、ゆうゆうと座っている少年。


 “笹原 隆太!”


「さ、ドライブ、ドライブ!」


 戸惑う一同を気にもせず、

 隆太は嬉しそうな笑顔を見せた。



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