第6話 江戸の火消し~時空を超えた修学旅行⑤
爽やかに晴れ渡る6月の空。
消防博物館の5F。
眩しい陽光が、屋外展示場に展示された防災ヘリの赤色を際立たせている。
私は、”東京消防庁”と書かれた、防災ヘリの前に立ったまま、きょとんと目を瞬かせた。
あれ?……江戸の火事は……?
今の自分のスタイルを見れば、通学服の夏のセーラー服だ。
その時、
「美夏ちゃぁん! そろそろ、宿舎に帰る時間だって!」
修学旅行で同じグループのゆうちゃんの声が聞こえてきた。
そうだった、私、修学旅行中……そういえば、笹原はっ?
すると、屋外展示の防災ヘリの運転席から、ひょっこりと、半袖、学生ズボンの男子中学生が顔を覗かせたのだ。
相変わらずの飄々とした声音で、彼は言う。
「呼んだ?」
それは、いつもと変わらぬ、顔はいいけど変人の笹原。けれども、私は彼の膝の上にいた白い動物に、また、目を瞬かせた。
白い狐?!
「笹原っ、それっ、その狐、一体、どこからっ?」
「狐? 石井、お前、夢でも見てるんか」
「はぁ?」
「猫だよ、これ」
笹原の膝からひらりと、飛び降りた白猫。歩くそぶりはしなやかで、艶やかな白い毛並みが美しい。私の足元でにゃんと鳴き、白猫は妙に親し気に、頭を撫で付けてきた。
おかしいな……さっきは、確かに白狐に見えたのに……。
抱き上げようとした私の手をするりと抜けた白猫は、走り去る前に、ちらりと、こちらを振り向いた。
”隆様、ありがとうござりんした”
防災ヘリの運転席から下りてきた笹原が、白猫の後ろ姿に向かって、くすりと笑った。
”俺はただの時渡り”
礼を言うべきは、見返り柳とお稲荷様
* *
「どうだっ、みんな、消防博物館は面白かっただろっ」
宿舎への帰り道、四谷三丁目駅に入る東京メトロの入口で、グループリーダーの村田が言った。
「う~ん、思っていたよりは、良かったわ。江戸のジオラマはよく出来ていたし、村田の解説も捨てたもんじゃなかったよ」
ゆうちゃんに褒められて、村田はご満悦の様子だ。
私は後ろに見える消防博物館の建物を、もう一度振り返ってみた。
5Fの屋外展示場にある赤い防災ヘリの姿が、まだ、小さく見えている。
「あの白猫、どこへ行っちゃたのかなぁ……」
小さく呟いた私。すると突然、横にいた笹原隆太が、こちらに何かを差し出してきた。
「これ、消防博物館で拾ったんだ。石井にあげる」
「私に? 拾ったって? またろくでもないモノなんじゃないの」
拾いモノをくれるっていうだけでも、とても胡散臭い……。
それは、白地に黒の装飾が入った小さなキーホルダー。
天辺には白いドーナツ型の飾りが回り、幾つもの馬簾がその下に付いている。
「これって、”り組”の纏のキーホルダー!」
「だって、纏持ちがかっこいいって、石井が言ってたから」
驚く私を見て、笹原は涼やかに笑う。どきりと心臓が鼓動を打った。
こらこら、私、間違うな。笹原隆太は顔だけがいい超変人。私にくれる修学旅行の思い出は、拾ったキーホールダー。
その時、
「美夏ちゃん、もしかして、笹原から何かもらったの? 見せて見せて!」
親友のゆうちゃんが、興味津々で私の傍にすり寄ってきた。
このことは、誰にも秘密。
言ってしまうと、大切なモノを失う気がして、私は大急ぎでキーホールダーをポケットにしまい込んだ。
「ううん、なぁんにも。それより、早く帰らないと、担任の山下に叱られるよー。あいつ、時間厳守だから、遅れると、一時間正座かも」
「ええーっ、それって、今の時代にアリ?」
「アリっ!あいつ、昔の体育系だから~」
「うわぁ、ダメダメ、村田ぁ、速攻で宿舎に帰ろー」
私と、ゆうちゃんと、村田。そして、笹原 隆太。
クラスメートと一緒の修学旅行も今日でおしまい。私たちは、東京メトロの階段を駆け下りて行った。
この日の空は、江戸の冬から現在の初夏へと続いた空。
その空の下、白い猫が、にゃんと可愛い声をあげ、4人の中学生の姿を見送っていた。