プロローグ
設定は後ほど公開します。
1話です。
紅い月が映える夏の夜、深紅に染まった空を飛び交うカラス達が休む事無く鳴き続ける。
大地は死屍累々で山をつくっていた。その様子はさながら地獄の様ーーいや、地獄すら生温いーーそれ程までに凄惨を極めるものであった。
死体の山の先にはボロボロに朽ち果てた廃城が聳え立つ。「魔王城」ーーかつてそう呼ばれ大陸から恐れられたこの城も度重なる戦争で、今ではその堅牢さを失っていた。
そんな中、死体の山の1つから奇遇にも生存した男がひょっこりと顔を出した。
この男は戦闘中に逃亡をはかり上官に背中を斬られ、そのまま俯せに倒れていた。しかし幸いにも傷が浅かったため死ぬ事は無く、斬られたショックで気を失っていただけであった。そのうちに戦闘が終わり、現在に至るのであった。
「俺は……生き残ったのか?」
そう呟くも周りは死体ばかりで返事をする者など当然1人もいない。
男は行く宛もなく彷徨い歩く。生来臆病者であった彼は、道中に転がる重装歩兵の死体から装備品を奪いそれらを着込む。不相応な高級装備に身を包み、安心しきり無警戒に兵糧を漁る彼の姿はまるで自分を騎士と信じきった愚かな男の御伽噺を想像させた。
「あれは…魔王城か、見た所魔族もいない。若しかすると高い値で売れるお宝があるかもしれねぇなぁ……。」
下卑た笑みを浮かべながら、取らぬ狸の皮算用をするその男は颯爽と城内へ入って行った。
城内は倒れた家具や道具が無秩序に転がり、戦闘の痕跡をそこら中で垣間見る事が出来た。暫く歩みを進めると最深部なのであろうか、豪華絢爛な装飾がなされた扉が見える。
「間違いねぇ!この部屋、何かあるな……。出来る事ならこの扉ごと持って帰りたいぐらいだぜ、ヒヒヒッ」
扉を見るなり、男は卑しい笑い声をあげ、意気揚々と扉の奥に向かった。
部屋の様子は出征前に見た王宮の大ホールよりも更に大きく、部屋の真ん中には縦に走る真紅の絨毯と、その左右には魔族や魔物の姿が彫られた禍々しい柱が数本、天井を支えている。長い長い絨毯の道を進むとその先にはーー黒曜石の美しい玉座に座した手負いの魔族がいた。
「貴様は何者だ……応えろ。」
魔族の男の腹の底から響かせたその声に、男は首筋にナイフを当てられた様な感覚を覚えた。
「ヒィィィィ!わ、わ、私は……何も知らずに入った無知な人間です!殺したところで何の価値も御座いません!どうかッ……どうか命だけはァ!」
必死に命乞いをする男の滑稽な姿を玉座の上から一瞥すると、魔族は天を仰ぐ。
「フン……貴様を殺したところで何の足しにもならんことくらい余も知っておる。」
「ではッ!……命はとらないで頂けるのですね!」
魔族の言葉で先程まで身体中を恐怖で震わせていた男は、一転してその顔を喜びに埋めた。
「それは今からする話に貴様がどう応えるか次第だ……貴様の命は貴様自身が取捨選択するのだ。」
喜びで埋まっていた男の顔色はまた一転して青ざめた。
「……わ、解りました。」
男の言葉に魔族は納得したのか、ゆっくりと話を始めた。
「まずは名を名乗っておこう、余の名前は魔族連合20代目盟主『ジンガ・オーベルハウザー・ウルガミッド』、人間界では『逢魔ヶ刻の魔王』と呼ばれておる。」
「まっ……魔王?!…様?!それじゃあーー」
魔王と名乗る魔族の存在を目の前にして、男は対なる存在である「勇者」が負けた事を理解した。
「あぁ!…魔王様、お話を続けて下さい……。」
話の骨を折った事で魔王の不興を買うのでは、と恐れた男は即座に話を元に戻そうとする。
「うむ、話を続けよう……。とはいえ魔王である余も先程までの戦闘で勇者『ルナ』に深い傷を負わされてしまった……。よって余は魔界の最深部で傷を癒そうと考えているのだ。」
自身の腹部に刻まれた無数の傷を触りながら、彼は再び語り出す。
「魔界も度重なる戦争でかなり疲弊していてな、丁度やめ時を探していた所なのだ……。そんな時に同じ様に疲弊していた人間界が、この戦争にケリをつけるため大規模な作戦を実行するという話を間諜のドッペルゲンガーから聞いてな……。」
なるほど、その為に今回は民兵までもが召集されたのか。と男は心中で納得した。
「以上が事の顛末だ。まぁ本題はここからなのだが……貴様の命はここに掛かっていると知れ。」
男は固唾を飲み、ぶんぶんと首を縦に振った。
「本題とはある一つの頼みだ。そこだ、そこにある肉袋を持ち帰れ……。奴隷商に売るなり、貴様が使うなり勝手にしても良い。さぁ……どうする?」
柱の影に隠れており、魔王から言われるまで気付かなかったが、そこには四肢を切断された美しい女が横わっていた。男がその女の様子をまじまじと観察していると、魔王が続けて呟いた。
「その女こそが私を手負いにした張本人、勇者ルナだ……。」
その言葉に男は驚愕した。柱の側で横たわる「肉袋」と呼ばれるソレが、大陸中にその名を轟かせる人類最後の希望「人外神域のルナリード」のイメージと全く一致しないからである。
「こ……これが本当に、あのルナリードなのかよ……。」
「貴様…本心が出ておるぞ、まぁそれも仕方なかろう……。してーー」
魔王は男を見据えるなり、続けてこう言った。
「ーーお前の答えを聞こう。その肉袋、持ち帰るのか?」
人一倍臆病者の男は魔王の頼みに当然裏がある事を見抜いていた。しかし、相手は手負いとはいえ魔族の頂点に君臨する支配者である。一民兵たる自分には当然反論も、断る余地も無い事くらい理解していた。であるならば、男の口から出る言葉はただ一つ。
「承りました。」
「そうか…どうやら貴様は命の選択に正解したようだ。当然、貴様にはこの肉袋以外に何か褒美をやらねばなるまい。出なければ余の名に泥が付くからな。」
魔王はそういうと虚空へと手を伸ばす。すると突如純黒な渦が現れた。ズ……ズズ……ズズズズーーと渦中から伸びて出てきたのは一体の魔族の生首であった。
「こ……これが褒美で御座いますか?」
男は禍々しい雰囲気をもつその生首を一瞥すると、そう尋ねた。
「いかにも、これは裏切りの魔族『エルメゾン族』の族長『エルメゾン・アルフェア』の生首だ。」
「はぁー…。」
男はいまいち腑に落ちない顔で魔王の話を聞く。
「筋書きはこうだ……。城内に入った貴様は、魔王であるエルメゾンと勇者ルナが闘いの傷で死にかけている所を偶然目撃する。そこで貴様は死にかけた魔王を剣でーー」
魔王は続けて自身の首をトントンとチョップした。
「つまり……私が魔王にトドメを指した英雄になる、という事ですね。」
「左様、どうだ?『偽りの英雄』、悪くない褒美であろう。」
クク…、と笑みを浮かべながら魔王は男にこの上ない好条件を叩き出した。
「魔王様からの褒美、しかと頂戴致します。」
男は頭の中でこれからの英雄人生を想像して、下卑た笑みを浮かべながら魔王に心にも無い臣下の礼をとった。
「では、そういう事だ。貴様が人生を終えたその時、その時から余は魔王として再び人間界に戦争を挑む。残りの人生を精々謳歌するがいい。」
魔王はそう呟くとーー
「神位魔法『転移』!」
ーーと詠唱し七色の渦となり、虚空へと消えた。
男は生首と勇者ルナを麻袋に入れると、大声で叫びながら魔王城を後にした。
「俺は!!!英雄だァァァァァァァ!!!!!」
偽りの英雄『ドン・キホーテ・ピノキオ』は、この日、この時、この場所で誕生したのであった。
2話は遅くなるかも。
用語解説はここにする予定。