お父さんはどこだ?????
飛行機が墜落して行方不明になってしまった父親を子供が救うお話です。
良かったら読んでみてください(^^♪
「たっちゃん、夏休みどこかへいくの?」
学校帰りに親友のユウキがポンとタツヤのかたをたたいた。
「べつにー? どこもいかないよ」
「えー、小学校最後の夏休みじゃん、お父さんとかに連れて行ってもらえば?」
ユウキは心配そうにタツヤを見つめるが、
「いや、どうせ仕事で海外を飛び回るみたいだし、夏休みなんてどこもいっぱいだよ」
タツヤは、どこか遠くを見つめた。
「小学生の発言とは思えないね、夢が無いな」
ユウキは少しあきれ気味に言った。
「おれ、帰ったらすぐに北海道へ行くんだ、お土産買ってくるよ」
「へー、よかったな、気を付けて」
ユウキは、タツヤと別れ軽やかに、家に走って帰って行った。
終業式だから、ランドセルではなく手提げのバッグなので体が身軽なのはわかるが、なんだか、体全体がきらきらしていた。
ユウキだけじゃなく、周りの下校中の生徒もやはり同じようにきらきらした状態だった
夏休みの威力とはおそろしいとタツヤは思った。
しかし、タツヤは少しもうらやましくはなかった。
なぜなら、タツヤにも秘密の楽しみがあったからだ。
家にたどりつくといつものように2階にある自分の部屋で横になってくつろいだ。
タツヤの部屋にはクーラーは無く扇風機しかなかったがタツヤはそれも使わない。
なぜなら、タツヤの部屋の窓の外には大きな立派な木が庭から生えており、涼しい風を運んでくれるからだ。
しばらく、涼しんだあと、
「よし、行くか」
タツヤは立ち上がると窓から靴下のまま身を乗り出し、大きな木へとするっと乗り移った。
「今日は、海だ」
タツヤが目をつぶってつぶやいた…。
目を開けると、そこはタツヤの家の狭くて汚い雑草の生えた庭なんかじゃなく、涼しい風が飛び交う白い砂浜と透き通るような青い海が目の前に広がっていた。
「ふー、気持ちいいー」
木のたくさんの葉っぱがパラソル代わりになっており、タツヤは、ゆったりとくつろぐことができる。
夏休みに、親にどこにも連れて行ってもらわなくて、ユウキが北海道にいっても少しも悔しくなかったのは、これが理由だった。
タツヤは、このおおきな木に登りさえすれば、どこにでも行くことができたのだった。
ただ、一つだけこの不思議な木にも唯一の弱点があった。
「さて、戻ろうかな」
するっと、木から地面に下り始め、地面に足がつくとそこはもういつもの雑草だらけの見慣れたタツヤの庭になる。
つまり、木から下りてしまうと強制的に元の場所へ戻ってしまうのだった。
タツヤがこの不思議な木の力を知ったのはつい最近だった。
ユウキが、家に遊びに来て一緒にタツヤの部屋で宿題をしていた時、
「涼しいね、この部屋、風が気持ちいいし」
「だろ? この木のおかげなんだ。日陰にもなるし、涼しい南国の風を送ってくれるような気がするんだ」
「へー、そうなんだ?」
「でもやっぱり夏休みは本物の南国にいきたいけどね」
しばらくして、ユウキと遊び別れた後、タツヤは木をじっと見つめた。
なんだか、波の音が聞こえるような気がしたからだ。
もちろん、それは単なる気のせいだと思っていた。
しかし、波音がいつまでも耳から離れなかったため、タツヤは、直接木に飛び乗って調べようと思った。
それがきっかけだった。
飛び乗った瞬間、やはりそこには南国の海が目の前に広がっており、たくさんの人たちが優雅に泳いでいた。
タツヤもすぐに下りて泳ぎ回ろうと思ったが地面から足がついた瞬間にもうそこはただのタツヤの家の庭だった。
それでもタツヤは十分だった。
夏休み中はいろいろなところへ行ってやろうとずっと前から思っていた。
終業式が終わった次の日、さっそくタツヤは、母さんと妹のちかこがいないことを確認して昼間から部屋の中で木登り旅行の準備をしていた。
母さんがいたら必ず怒るし、ちかこは母さんの手下のようにすぐにチクるので、ふたりがいないときじゃないと木登りができなかった。
父さんは、また何日も前から海外へ出張に行ったし、今回はかなり長いらしい。
まあ、あの不思議な木さえあれば今は満足だとタツヤは思っていた。
タツヤは、この暑い中分厚いコートを着て、リュックには温かい野菜のコンソメスープが入った水筒を入れてワクワクしながら、飛び移った。
「今日は北極だ」
タツヤのつぶやきのあとすぐにそこは雪と氷に囲まれた銀世界だった。
「あ、あ、寒い、いや、もう、痛い」
タツヤは、ポケットに入れていたホッカイロを手の中であたため始めた。
それでは間に合わなかったため、すぐに水筒を取り出しコンソメスープを飲むとやっと落ち着いた。
「ふー、おいしい」
大きなため息がまるで雲のように白く浮かび上がった。
しかし、またすぐに寒くなってしまったので、すぐに木から下り庭に戻った後、自分の部屋で休んだ。
「ただいま」
母さんとちかこが買い物から帰ってきた。
タツヤはすぐに上着とリュックを押し入れにいれて、机の上で勉強を始めた。
「あら、めずらしい、ケーキ買ってきたから下りてらっしゃい」
「う、うん、ありがと、すぐにいくよ」
タツヤは母さんのほうを見ずに答えた。
「あんた、具合でもわるいの? いつもだったらすぐに来るのに…」
「大丈夫だって、勉強に集中したいんだ」
「え⁉ やっぱりあんた…」
「しつこいよ」
「はいはい、お邪魔しました」
母さんがドアを閉めた瞬間、また、タツヤは寝転がった。
「旅行もつかれるな」
目をつぶって眠ろうとすると、
「旅行って?」
ちかこが、いつの間にか部屋に入りこんでいた。
「あ、勝手に入るなっていつも言ってるだろ」
タツヤは、立ち上がりちかこの手を握って外へ出そうとした。
「なによ、なんか隠してるんでしょ、あたしにも教えてよ。じゃないとお母さんに言いつけてやるから」
ちかこのセリフにタツヤはよけい頭にきて、部屋から追い出しドアを閉めカギをかけた。
なにが言いつけるだ、ちかこめ、母さんの手下のくせに…。
タツヤは家の中で自分が一人っきりになったような気がした。
同時にもし父さんが居てくれたらな、とも思った。
仕事だから仕方がないけれど、やはりタツヤはお父さんと夏休みは一緒に遊びたかった。いつ帰ってくるかまだ分からないらしいけど一度ぐらい帰ってくるだろう、その時に一度お願いしてみようかな、タツヤは心の中で決意した。
その後、間もなく晩御飯の時間になり、母さんとちかこが楽しそうに食事しているのをよそにタツヤは、そっと食事をすませ、早めに眠りについた。
次の日の朝、いつも通り、タツヤの部屋には涼しい風が入り込んできてセミの鳴き声で目が覚めた。
今日も爽やかな朝で、学校も休みなので体も心も元気だった。特に今日は何かとてつもなくいいことがありそうな気がした。
タツヤは、お腹がすいたので台所へ下りた。
そこでは母さんが座り込んで泣きじゃくっていた。
そばにはちかこが黙ってご飯を食べていた。
「母さん? ど、どうしたの?」
タツヤは訳が分からなかったがすぐに母さんの方へ寄りそった。
「タツヤ、今日の朝はやくに電話があったの。お父さんが乗ってた飛行機が…、墜落しちゃったの」
「うそ…」
タツヤは息をすることを忘れるほど体が固まってしまった。
全身が急に寒くなった。
「幸い海の中に滑るように落ちて、すぐに救助が来たけど、お父さんだけまだ行方不明なの」
タツヤはその場でしゃがみこみ母と同じ体勢になった。
「あ、はじまる」
その時、ご飯を食べ終えたちかこがテレビのスイッチをつけた。
いつも見ているアニメを見るつもりだ。
ちかこ、父さんが行方不明なのに…
タツヤはちかこの頭をバシッとたたいた。
「痛いっ ママ、叩かれた」
ちかこは泣き出し母さんの方へいった。
「だめよ、タツヤ、ちかこも朝散々泣いたんだから。それでも、母さんを励ましてくれて。ね、お願いやさしくしてあげてお兄ちゃんでしょ?」
タツヤは、自分の部屋に走って行った。
夏休みに父さんと一緒に遊ぶどころか、父さんが行方不明だなんて…。
タツヤは、押し入れから布団を引っ張り出して、もぐりこんだ。
もう、何も考えたくなかった。
もう、どこかへ消えてしまいたかった。
こんなにつらい思いをするなら、夏休みなんて来なければよかった。
昨日まで木登り旅行で旅をして楽しんでいたのに…。
…そうだ、あの木だ。
タツヤは布団から飛び出した。
父さんが行方不明ならこっちから探せばいい、父さんは絶対どこかで生きている。
タツヤは木をじっと見つめ、すぐに飛び移った。
「父さんのいる所まで」
タツヤは木にしがみつき、祈るように目をつぶった。
すると、涼しい風と波音がタツヤの心を優しく落ち着かせた。
目を開けるとそこは、美しい海と白い砂浜が広がっていた。
しかし、今まで来た砂浜よりはるかに狭く人がいる気配もなかった。
ここは無人島だ。
こんなところに父さんが? そう思っていた矢先に、波際にぽつんと座り込む男の人を見つけた。
「父さん」
思わずタツヤは叫んだ。
と、同時に涙があふれかえっていた。
よかった、やっぱり父さんは生きていた。
顔が涙でぐしゃぐしゃになっても叫び続けるが父さんには気が付かない。
そうだった。
タツヤは思い出した。
この木に登っている時は、向こうからはこちらが見えないし、声も聞こえないということを。
これでは父さんにこちらの存在を分かってもらえない。
それでもタツヤはひとまず安心することができた。
父さんの無事を確認することができただけでも今はよしとしよう。
タツヤは家に戻った。
作戦を立てるためにもまずは戻らなければいけなかった。
さてどうしよう?
机に座って考えてみた。
父さんには、こちらの姿も見えないし、声も届かない、おまけに木を下りるとすぐに元の場所まで戻されてしまう。
どうすれば…。
「グー」
タツヤのお腹が鳴った。
「もうお昼か、朝ご飯食べればよかった」
父さんもお腹すいてるだろうな、タツヤは机の上で頭をかかえこんだ。
「そうだっ」
タツヤは立ち上がった。
声は伝わらなくてもおいしそうな食べ物の「におい」なら伝わるかもしれない。
木まで父さんを呼び寄せて父さんを捕まえることができたら、一緒に帰られるかもしれない。
さっそく、タツヤは台所へ行き冷蔵庫を開け食べ物を探した。
「あった」
冷蔵庫から魚を二匹取り出した。
においが出ておいしそうなものといえば焼き魚だ。
すぐにコンロにガスを付け、フライパンで魚を塩コショウをまずしながらこんがり焼き始めた。
すると、ちかこがやってきて、
「何してるの? お腹すいたの?」
「ああ、まあね、母さんは?」
「寝てる。だいぶ疲れてたみたいだから。兄ちゃんもだいじょうぶ?」
ちかこは兄であるタツヤを心配していた。
「だいじょうぶ、ありがとう」
魚が焼きあがると、タツヤはタッパに入れて、すぐにまた部屋へ行き木に登り移った。
「父さんの所まで」
同じように力強く目を閉じ、目を開けるとさっきと同じ光景が広がっていた。
「…いた」
さっきと同じところで同じ姿勢で座っていた。
さっそく、リュックからタッパを取り出しアツアツの焼き魚のにおいを父さんのいる所まで届けようとし、リュックからうちわを取り出し、パタパタとさせた。
「父さん、こっち、こっち」
声が届かないのは分かっていても叫ばずにはいられなかった。
しかし、しばらくパタパタさせても一向に父さんは振り向かず、においは届かないとタツヤが思いあきらめ始めたその時、
「ん、なんかいいにおいが…?」
父さんが、こっちを振り向いた。
「や、やったー」
タツヤは、力いっぱいうちわでパタパタさせた。
父さんはやせ細り、髪も髭も伸び放題で、服も泥だらけになりまるで別人だったが、小さくてやさしい目は変わらずタツヤの心を安心させた。
「この木からだ」
父さんはゆっくりとタツヤの方へ近づいてきた。
父さんが近づくにつれタツヤは緊張してきた。
親子なのに、見慣れた父さんなのに、なんだか恥ずかしくなってきた。
しかし、問題はまだあった。
父さんがせっかくここまで近づいてきても、父さんが木に登ってこないかもしれない。
せめて、お腹を空かせた父さんにこの焼き魚だけでも渡したいけど。
タツヤが、あれこれ考えている間に、ヒューと波風が吹いた。
その風によって、木についていた葉っぱが何枚かちぎれてヒラヒラと地面に落ちていった。
葉っぱが地面に落ちそうになったときタツヤは元の場所へ飛ばされると思い、目を閉じ木の枝にしがみついたが、目を開けてもそこは変わらず海のままだった。
「もしかして…」
タツヤは木の上の方へ登り、大きな葉っぱをちぎった。それをタッパに包んでみた。
そっと、地面に置くと、思った通り元の場所へ移動することはなかった。
すると、父さんはすぐにタッパに気が付いた、
そっと、葉っぱに包まれたタッパを取り上げ、目を丸くした。
「神様のお恵みだ」
父さんは、素手で魚をつかみ、勢いよく口に運んだ。
タツヤは、にこにこしていた。
神様だって。
父さんが喜んでくれてタツヤもうれしかった。
「あ、そうだ」
タツヤは父さんののどが渇くと思い、お茶を持ってくることにした。
すぐに木から下り、もとの場所へ戻り、台所へ走って行った。
水筒に冷えたお茶をたっぷり入れ、無人島へ戻ろうとした時、
「どこにいくの?」
ちかこがまたいつの間にか台所に入り込んでいた。
まるで忍者だ。
「いや、ちょとね」
タツヤはうまく逃げるつもりだったが、
「あたしも行く、連れてって、もうひとりぼっちはいやっ」
ちかこはタツヤのシャツを引っ張って泣き出してしまった。
「ちかこ…」
タツヤは、あの不思議な木のことを誰にも話すつもりはなかった。
あの木の秘密があったからこそ、タツヤは誰よりも優位に立てるとおもっていたし、心の支えだったから。
しかし、自分の妹が誰にも相手にされず一人ぼっちで泣いている姿を見てもっと早く教えて一緒に遊んだり、やさしくしてあげればよかったと思った。
「ちかこ、お兄ちゃんがこれから言うことをだれにも話さないと約束できるか?」
タツヤがちかこの肩を両手でやさしく抱え込むと、ちかこは黙ってうなずいた。
「よし、じゃあ、一緒に行こう」
タツヤはちかこをつれ、自分の部屋へ行き、
「ちかこ、嘘だと思うかもしれないけど、父さんは生きてるんだ」
ちかこは驚いたがすぐにタツヤを疑い、
「どうしてわかるの? お兄ちゃんにそんなことがわかるの?」
「この木が教えてくれたんだ」
タツヤは、窓の外の木を指さして力強く答えた。
「この木が?」
「そう、この木が父さんの所まで連れて行ってくれるんだ、父さんは無人島にいる」
「そんな…」
「信じない?」
「…信じる」
「あ、ちょっと待ってて」
タツヤは水筒を忘れていたことに気が付いた。
慌てて台所へ取りに行き、先にタツヤが木に登り、
「さ、おいで」
ちかこの手をしっかりにぎり、木を登るのを手伝った。
「しっかり、捕まってて」
ちかこはタツヤが寄りそう中しっかり木を握り、体を安定させている。
「そうそう、才能あるじゃん」
タツヤは、くすっと笑い、
「父さんの所まで…」
二人は父さんのいる無人島までやってきた。
「うそっ」
ちかこは口をポカンと開け、そのままタツヤの方を見た。
すごいだろ? と言わんばかりにタツヤはちかこの肩をポンポンと軽く叩き、父さんを探すと今度は海辺で横になっていた。
「父さん? まさか具合が悪いんじゃ…」
タツヤは、すぐに父の方へ駆け寄りたかったが地面に足がつくとたんにもとの世界へ戻ってしまうし、どうすればいいか悩んだ。
「あれ、お父さんなの? どうしてたおれてるの? ねえ」
ちかこはタツヤのTシャツを引っ張った。
「わからないよ、さっきまで父さんは元気で魚だって食べてたんだ」
すると、木の下のタッパが目に入った。
「そうだ」
タツヤはもう一度、木のてっぺんまで登りできるだけ大きな葉っぱをちぎり、自分の足に巻き付けた。
「お兄ちゃん、なにやってるの?」
ちかこは訳が分からなかった。
「いいから、見てて」
タツヤは、両足を大きな葉っぱで包み込み、輪ゴムで止めた。
そのあと、すぐにちかこの両足も葉っぱで丁寧に包み込んで同じく輪ゴムで縛った。
「なんなの? そろそろ説明してよっ」
ちかこは少しいらだっていた。
「ちかこ、この木に登る間はどこにも行ける不思議な木なんだ。だけど下りることはできない、下りた途端元の場所に戻されてしまう。だけど葉っぱをくるんだタッパを地面に置くことができたんだ」
「それじゃ、この葉っぱさえあれば…」
「そう、きっと、歩けるはずなんだ」
タツヤは、そっと木を下り始め、地面へ下りようとした。
そーっと、足はぷるぷる震えていた。
足が着く直前、タツヤは目をつぶった。
砂浜の熱が足を通して伝わってきた。目を開けると無人島のままだ。
「やったー、ちかこ、おいで」
無人島上陸が成功した。
ちかこの手を握り、ゆっくりと地面へおろした。
タツヤは、そのままちかこの手を握りながら父さんの方へ走って行った。
「父さんっ」
タツヤの声が響き渡った。
それでも父は起きなかった。まさか…。
タツヤの心臓はバクバクしていた。
父さんのそばまで行き、起こそうとすると、
「グー、グー」
父さんは、気持ちよく寝ているだけだった。
「バカ、バカ」
ちかこがぽかぽかと叩いた。
「な、お前たち、何でここに?」
父さんはガバッと起き上った。
「そんなことより、父さんは大丈夫なの? 飛行機が落ちたっていうから、かあさんも、ちかこも心配してたんだから、もちろん、僕だって…」
「ああ、そうなんだ。だけど運よくこの島に流されて何とか生きてたよ」
「ちかこも心配かけたね」
ちかこは黙って父さんに近づき、しっかりと抱きしめた。
「それで、お前たちはどうやってここまで来たんだ?」
父さんは、不思議でたまらなかった。
「あの木だよ」
タツヤが振り向くとその木は無くなっていた。
「あの木? あの木ってどこにあるんだ」
さっきまで、あったあの木が無くなっている。
「そんな、ばかな…」
「あたしたち、木に乗ってここまで来たの」
信じてといわんばかりにちかこも興奮しながら説明する。
「そうだよ、うちの庭に大きな木があったでしょ? あの木は登るだけで行きたいところへ行ける不思議な木だったんだ」
「あの木が? だけど信じるしかないよな。でも、その木はどこに行ったんだ?」
「それは…」
「ねえ、兄ちゃん、あの木がなかったら、あたしたちもずっとここにいなきゃいけないんじゃない?」
「そんな、」
突然、父さんが海へ向かって走り出した。
「ドプンっ」
大きな波音を立てて、父は海へ戻ってしまった。
「父さん?」
タツヤとちかこが恐る恐る近づくと、突然飛び出し、タツヤとちかこに思いっきり水をかけた。
「せっかく、こんなきれいなところにいるんだぞ? みんなで楽しもう、俺はずっと家族も連れてきたいと思ってたんだ。」
父さんは、嬉しそうに笑っていた。
「あたしも泳ごう」
ちかこも、父さんの真似をして海へ飛び込んでいった。
何考えてるんだ?
父さんもちかこも。
一生、もとの場所に戻れないかもしれないのに。
「そこのお兄さん、君はどうするんだい?」
父さんのセリフにタツヤは、一瞬迷ったが、もういいや。
悩んでも仕方がない。
Tシャツを脱いで、ちかこに続き海に飛び込んでいった。
涙も、不安も、悲しみもすべて洗い流すように思いっきり、飛び込んだ。
3人は、無邪気に遊びはじめ、すぐに夜になった。
夜になって、数えきれないほどの星が光り輝き、3人は砂浜で寝そべって夜空を見上げた。
「最高だな、あとは母さんさえいればな」
「うん」
「今度、あたしが母さんを連れてきてあげる」
ちかこがここぞとばかり、立ち上がった。
「クシュン」
突然の波風でちかこのくしゃみを聞きタツヤがリュックを探すと、大きなバスタオルが一枚入っていた。
「お、準備がいいな」
父さんは感心している。
「あれ、でも入れた覚えがないんだけどな」
「まあ、二人で仲良く使ってくれ、やっぱり夜は冷えるからな」
「でも、それじゃあ、父さんは…」
「父さんは、大人だからこのぐらい…、ヘックシュン」
「やっぱり、寒いんでしょ、父さんも入ろう」
すると、上から、また一段と大きなバスタオルが、ふわっと落ちてきた。
バスタオルには葉っぱがくっついていた。
そこには消えたはずの大きなあの木が立っていた。
木に触れると、
「母さんも仲間に入れて」
震える声の先で母さんが木にしがみついていた。
「母さん? どうしてそんなところにっ」
「あんたのリュックに水筒とゴーグルが入ってたから、友達と海にでも行くんじゃないかと思ってタオルを入れてたのよ」
母さんの話す言葉は、震えていた。
「だけど、部屋に入ったきりずっと出てこないし、あんたがちかこに話しているのを聞いてたの。まさか、本当に無人島にいたなんて」
母さんの足はがたがた震えていた。
だいぶ無茶をしているな。高いところが嫌いなクセに。
タツヤが助けに行こうとすると、
「母さんが、そこにいるんだな?」
父さんは、母さんから釣られるように勢いよく木に登り始めた。
そして、大きな手で、母さんの体を両手でしっかり支えた。
タツヤは眠そうにうたた寝するちかこを支え、星空を見続けた。
大きな不思議な木は、星空と囁き合うようにゆらゆらと葉っぱを揺らしていた。
良ければコメントお願いいたします(#^^#)