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六月の出来事B面  作者: 池田 和美
8/11

六月の出来事B面・⑧



 旧中等部体育館改め実験棟に戻る頃には、すっかり夕方になっていた。

 その実験棟の庭には、見事な射撃陣地が造成されていた。

 タコつぼと呼ばれる一人用の塹壕に、掘った土を利用した土嚢による土留。そこへさらに土嚢を積み上げて造られた掩体に据えられた『マーガレット・スピンドルストン』を見ていると、どこの対戦車壕かと訊ねたくなるほどだ。

 試射をする『マーガレット・スピンドルストン』は、運んできた時とちょっと変わっていた。銃口には、円盤を何枚も重ねたような砲口制退器(マズルブレーキ)と、釘のような二本の電極がつけられていた。

 機関部の金属でできた心臓みたいな部分には、太いケーブルが三本も接続されていて、その先は実験棟の室内へと消えている。

「まあ基本として」

 設置された『マーガレット・スピンドルストン』を睨みつけているヒカルに、明実がシューティンググラスとイヤープロテクターを差し出した。

「お、ありがとう」

 受け取り素直にかける。ついでといった感じで、ポケットから柄付きキャンディを取り出すと、包装を解いて口へ放り込んだ。

「まったく暗くならない内に、始めるか」

 ヒカルの提案に、賛成するように頷く明実。

「まず爆縮機関の始動から入る。構えるのはそれからでも大丈夫だから、ちょっと待機していてくれ」

 そう言って明実は、自分のスマートフォンを取り出した。

「なんだ、そんな手間がかかる物なのか?」

「一度動き出してしまえば、半永久的に動くのだが…。まあ電圧も安定しているようだし、すぐじゃろ。それに…」

 ピンと人差し指を立てる。

「爆縮機関が動かない『マーガレット・スピンドルストン』なんて、擬死の狸だ」

 どうやら言いたかった言葉らしいので、とても自慢げな顔をして見せる。だが、ヒカルにも、脇で聞いていたアキラにも意味が分からなかった。

 しばらくその顔でいたが、やっと周りが理解していないことに気が付いた明実は、バツの悪い顔になると、スマートフォンのアプリを起動させた。

 どうやらソレで遠隔操作できるようだ。

 暗くなって一番星なんかが輝きだした空の下、青い液晶画面の光が、明実の顔を照らし出す。

「ふむ。エネルギー充填一〇四パーセント。爆縮機関始動」

 段階を踏んで音階が上がるように、ハム音が機械の心臓から流れ始める。その表面に黄色い点線の光が浮かび上がった。

 その明かりの強さと、液晶画面を見比べていた明実は、それが充分だと判断したところで指を動かした。

「機関始動」

 液晶画面を叩いて命令を送る。すると黄色い点線が心臓の表面で回り始めた。

 暗くなり始めた駐車場に回る光は、幻想的で美しかった。

 回転数が上がるにつれて、点線を目で追いかけることができなくなり、それは光の輪となった。

「量子フライホイール回転よろし。フライホイール接続」

 次の操作で、光の輪になった点線が、黄色から橙色に変化した。

「爆縮機関始動を確認」

 画面から顔を上げると、ヒカルを見た。

「続いて『マーガレット・スピンドルストン』の発射体勢へ。ヒカル」

「おう」

 パンと一回、右拳を左手に打ち付けたヒカルは、タコつぼへ入っていった。

 頬を当てて、銃口が狙っている先を見る。

 銃口につけられた大きな円盤の向こうに、光線の具合が変わって、緑色から黒く見えるようになった雑木林がある。その間に、そこだけは夕陽が当たるのか、赤い点が見えた。

「発射回路開く。非常弁全閉鎖」

「安全装置解除」

 ヒカルの親指がグリップの上にある小さなレバーを上に弾いた。

「セイフティロック解除を確認。強制注入器作動を確認」

 そこで明実は画面から顔を上げた。

「撃鉄起こせ」

「了解」

 ヒカルが『マーガレット・スピンドルストン』のボルトレバーを引いて、弾丸を装填した。

「エネルギー充填一二〇パーセント。総員耐ショック対閃光防御」

 明実の声に、全員がゴーグルをかけ、万が一『マーガレット・スピンドルストン』が爆発した場合に備えて、物陰へと身を潜めた。これで駐車場に立っているのは明実一人である。

 アキラは槇夫のマイクロバスの影に隠れた。

「発射一〇秒前。(ピア)(パク)(ゼク)(ギク)(ガル)(ジー)(ネル)(ベオ)(アル)(ゼオ)、発射!」

 明実のカウントダウンが終わると同時に、ヒカルがトリガーを引き絞った。その瞬間に、周囲から音が無くなった。正確には銃口から弾丸が飛び出した衝撃波で、みんなの耳が馬鹿になったのだが。

 アキラが隠れていたマイクロバスも、その衝撃波を受けて揺れに揺れた。

 あれだけ遠くに設置した的に、一秒もかからずに到達。弾丸は見事にポリタンクへ食い込み、運動エネルギーを熱エネルギーに変換。詰まっていた灯油に火を点けた。

 バアンと遠くから、失敗した花火のような音がすると同時に、火球ができた証の赤色の光が届いた。

「成功だ」

 立ったまま衝撃波に耐えた明実は、液晶画面を覗きながら歯を剥き出しにして笑い出した。

「初速も予想値が出ている。威力も想定した通りだ。成功だぞ」

 狂ったように物理部の面々が伏せていた実験棟の入り口に振り返った。

 最初は衝撃波の威力に呆然としていた一同が、立ち上がると実感が湧いたのか、肩を叩きあって喜び始める。

「あーあー」

 鼓膜が変になって、薄皮一枚隔てたような聴力になってしまったアキラは、何回か唾を飲み込んだ。まだ耳がおかしいが、それよりもヒカルは大丈夫だろうか。

 アキラはマイクロバスから離れると、まだタコつぼにいるヒカルに駆け寄った。

 ヒカルは、タコつぼに半ば埋もれていた。

 銃口から発生する衝撃波を使用して反動を軽減するマズルブレーキは、設計通りの性能を発揮した。しかし斜め後ろへ噴き出したブラストが、周囲の掘ったばかりの土を吹き飛ばし、それらが全部タコつぼへ雪崩れ込んだのだ。

「ヒカル!」

 慌てて柔らかい土を手で掘り始める。直立していた腰から下は全く見えず、前傾していた上半身も、胸側が埋まっていた。

 とりあえず呼吸をなんとか確保させなきゃと、顔のあたりの土を掘り返す。

「ぶはあ」

 水泳での息継ぎのように、ヒカルの顔が起き上がった。

「ひでーめに遭った」

「いま掘り起こしてやるからな」

 土自体は一回舞い上がったものだから、そう固くはない。アキラがザクザク掘っていると、他の見学者も集まってきて、手伝い始めてくれた。

「もう手を貸してくれれば、足がぬけるぜ」

 上半身を埋めていた土をどかしたところで、汚れた顔を笑顔にしてみせる。アキラはしっかりとした場所から腕をのばした。

「よっ」

 ヒカルはその腕に掴まって、まず右足を抜いた。それから両腕でアキラの体に抱き着くようにして左足を抜いた。

「あ~あ。泥だらけだねぇ」

 別に水分があったわけではないのだから泥ではないのだが、全身が土色になったヒカルを、留美がそう表現した。ヒカルが体をはたいて土ぼこりを飛ばし始めると、顔をしかめた留美と、芽衣も、ヒカルの手が届かない背中などを、叩き始めた。

「うへえ」

 アキラも背中の土ぼこりを飛ばすのを手伝いながら、あまりの量に顔をしかめた。

 女子たちがヒカルにかかっている間、物理部と模型部は一緒になって、ヒカルとともに半ば埋もれた『マーガレット・スピンドルストン』の回収を始めていた。

「うむ。どこにも異常はなさそうだ」

 これは見ているだけの明実。

「試験は無事に終了ということで良いかな? 松井さん」

「ええ」

 満足そうな笑顔の明実に、こちらも笑顔を取り戻した芽衣。

「もう大丈夫だ」

 まだ彼女に、肩の辺りをはたかれていたヒカルが、シューティンググラスと、イヤープロテクターを外した。それらを押し付けるように明実に返す。

「とりあえず、顔が洗いたい」

 アキラは、ヒカルの顔を見て、つい吹き出してしまった。

「なんだよ?」

「いや、タヌキみたいになってるから」

「だから顔が洗いたいって言ってんだよ」

 一発で不機嫌になったヒカルに、明実は実験棟の離れを指差した。

「トイレの水道は生きとるはずだから、そこで洗ってくるがヨロシ」

「そうさせてもらう」

「ありがとうね、新命さん」

 物理部へ試射の後片付けを指示していた芽衣が戻ってくると、ヒカルの右手を両手で包み込むようにして感謝の意を表した。

「まあ、そんな難しいことでもなかったし」

 ヒカルがぶっきらぼうになって、そっぽを向いた。

「光学照準器も無しに、一発で命中させるなんてね。並大抵の腕前じゃないと思うんだよねぇ」

 手にしたオペラグラスで、的にしたポリタンクがどうなったか観察していたらしい留美が、それを折り畳みながら言った。たしかにここからは肉眼で点のようにしか見えない目標なのである。

 肝心の炎の方は、周囲に燃える物が少なかったせいか、無事に鎮火した模様である。

「まあ。銃に関してはプロだからな」と、なぜか明実が胸を張る。

 それが比喩的な意味でないことを知っているアキラからは、苦笑いのような物しか出なかった。

「あたしらの荷物って、ドコだったけ?」

「荷物?」

 ヒカルに訊かれて、アキラは首を傾げた。そういえばマイクロバスから降ろした記憶が無い。

「タオル入ってるから、それが欲しいんだよ」

「二人の荷物は、オイラが一緒に、あそこへ置いたぞい」

 明実が指差したのは実験棟の入り口である。そこに数人分の荷物が纏められていた。

「じゃあオレが取って来るから、おまえは先に顔を洗ってろ」

 アキラは小走りで、実験棟の入り口まで行き、荷物の山に取りついた。

 ヒカルが持ってきた方の円筒形のバッグを開けようとしたところで、思いとどまる。また人の荷物を弄ったの何だの言われてもつまらないと思い、自分が持ってきた方のバッグを開き、自分が用意したフェイスタオルを握りしめて、離れへと向かった。

 女子トイレに入ると、ちょうどヒカルが顔を洗い終わって、蛍光灯の明かりの下、備え付けの鏡を覗きこんでいるところだった。

「お、すまねえな」

 タオルを受け取り、ゴシゴシと拭う。それからタオルが違うことに気が付いた。

「これ、どうした?」

「そいつはオレが持ってきたヤツだ。また『女の荷物を漁るもんじゃねえ』とか言われたくなかったからな」

 声真似を挟んで説明すると、ニヤリと笑う。

「わかってんじゃねえか」

 二人でトイレを出て実験棟に歩いて行くと、すでに『マーガレット・スピンドルストン』はどこかに仕舞われており、物理部がコードをカラカラ鳴るドラムに巻き取っているところだった。

 槇夫がマイクロバスのエンジンをかける。

「お終いか?」

 前髪の先に残った滴を拭いながら、ヒカルは周囲を確認した。

 穴を埋め戻す手間が少なかったらしい模型部が、次から次へとマイクロバスへ乗って行く。

「サバゲは無しかな?」

 その祭りの後みたいな寂しさを感じさせる空気に、アキラも周囲をキョロキョロする。すると、暗くなった中を、肩掛けバッグを提げた有紀が近づいて来た。

「先輩は、模型部と物理部のみなさんを送っていくみとおす」

「なんだ、みんな参加するのかと思った」

 ヒカルが少し残念そうに言った。

「参加されるんは、ウチと不破はん。十塚はんに春日野先輩。それに御門はんに、お二人。そして槇夫先輩みたいどす」

「八人?」

 有紀の言葉で指を折っていたアキラが再確認するように聞き返すと、有紀はのんびりと首を縦に振った。

「お二人への貸し出しは、準備してきたで」

 ゴソゴソとバッグを漁り、ホルスターに入れられたエアーソフトガンを取り出した。

「電池はもう入れてあります。こちらは注文通り」

 渡されたホルスターから二人揃って銃を抜く。それぞれが昨日試したエアーソフトガンである。ちゃんとヒカルの分は、銀色のリボルバーで、グリップも交換してあった。

 慣れた手つきでシリンダーを開くヒカル。まだ弾はこめられていなかった。

「弾とガスなんかは、あちらで」

 と有紀が実験棟の入り口を指差した。

 天井に残されたように灯っている蛍光灯の下で、いま名前を上げられた者が、それぞれ準備を始めているところだった。

「いちおう、初速は計ってね」

 留美が小さな器械をアリスパックから取り出した。

「なんだ、これは?」

「初速計測器。ほら威力が強すぎると、怪我の素になるから、それぞれの銃から弾が飛び出す速度を計るのね」

 そう言って留美自身が、その器械を地面に置いた。腰のホルスターから黒くて四角い銃を抜くと、器械に銃身を沿わせるように置いてトリガーを引いた。

 ピッという短い音の後に、小さな液晶に数字が表示された。

「こんな感じね」

「借りた銃でもか?」

 白衣の下に吊ったホルスターから、コルトパイソンを抜きながら、明実が訊いた。

「もちろんね」

「エチケットだからな」

 留美に同意したのは空楽だった。コートの下からLEDが灯っている黒く、グリップが透明な琥珀色の銃を抜く。

「あ、ブラスターだ」

 かつてスクリーンで見た銃に、アキラが声を上げてしまった。

「俺なんかより、ユキちゃんの方が凝っていると思うがね」

「?」

 振り返ると有紀がジャケットをめくって銃を取り出したところだった。

「ウチはマテバが好きなんどす」

「うへえ」

 アキラが変な声を上げていると、不思議そうにヒカルが訊いた。

「なんだ? あんな銃あったか?」

「ブラスターは映画の中にしかない未来銃だ。マテバは、たしかイタリアの…」

「競技用の銃でおま」

「はあ?」

 ヒカルが顔をしかめた。無理も無いことだろう、ヒカルはずっと本物を使ってきたのだから。そんな競技用の銃や、SFガンで撃ち合いができるとは思えないのだろう。

「おまえは?」

 とシールドタイプのグラサン風味のゴーグルをかけた圭太郎に訊く。すると彼はヒップホルスターからレーザーポインターを乗せたハードボーラーを抜いて見せてくれた。

 もう革ジャンと合わせて、未来から送り込まれてきた暗殺者の気分だ。ただし体型は丸かったが。

「なんだよ。リボルバーの方が多いじゃねえか」

 全員の銃が出たところで、ヒカルが責めるような声を上げた。

 明実のパイソンはもちろん、有紀のマテバも、空楽のブラスターも構造はリボルバーである。これにヒカルのM六〇が加わり、リボルバー勢は四人である。

 対してオートマチックの方は、圭太郎のハードボーラー、アキラの電動ベレッタ、そして今トリガーガードの前という位置に専用レーザーサイトを取り付けている、留美のグロック二六の三挺である。

 これでは槇夫がオートマチックを準備しても、四対四の同数である。

「おまえ、リボルバーは不利だとか言ってたじゃないか」

「不利どすえ」

 さらっと有紀が認めた。

「そら、ご自分で確認されたやろう。でも、ウチなんかは不利でもマテバが好きどすさかい」

 ヒカルはさらに何か言ってやろうと口を開き、結局何も言わずに閉じた。

「でも、どうするのだ?」

 そんなヒカルに構わずに、明実が身長差で上から訊ねた。

「マキオ先輩がみんなを送って行っている間は、奇数になるぞい。それでも強引にやるのか?」

「それなら面白いルールがあるのね」

 レーザーポインターの発光を壁に当てて確かめていた留美が振り返った。

狐狩り(フォックスハンティング)ね」

「なんぞそれは」

 訊かれて留美は説明を開始した。普通のサバイバルゲームならば同じ人数同士で戦うが、毎回同じでは飽きてしまう。それで考え出されたゲームである。片方の人数を極端に減らして戦うゲームで、少ない方の側は不利を承知で戦う。ただし少ない側だってやられるだけではつまらないので、時間制限を決めたりして、生き残ったら相手を倒さなくても勝ちとする。

「どお? 面白そうでしょ?」

「ふむ。時間制限とな。それでは、まだ面白さが足りないではないか」

 明実が瞳を輝かせて提案する。

「ちょうど、このメンバー全員が、先程カンシショウまで行った顔ぶれであるから、『マーガレット・スピンドルストン』の着弾地点がどうなったかの確認も含めて、あの丘の頂上まで逃げきれたら勝ちということでどうだろうか」

「お、そりゃいいね」

 真っ先に賛成したのは圭太郎であった。

「いちおう延焼はしていないと思うけど、確かに見に行った方がいいわね」

 留美も賛成のようだ。

「じゃあ、逃げる組は二人ぐらい? 開始五分で追う側がここを出発する時間差でどうかね。そして撃たれたら、ここに帰って来ること」

 さすがゲーム慣れしているのかテキパキと留美が決めていく。それに反対意見は出なかった。

「逃げる狐役は、あのコンクリートの土台に登ったら勝ちということで、どお? それが分かりやすいね」

「いいんじゃないか」

 ヒカルが探るようにアキラの顔を見てきたので、留美の案に賛成してみせる。

「じゃあ、グーとパーで決めようね」

 留美が拳を突き出す。それに釣られるように、他の全員も拳を突き出した。

「掛け声に方言があるって聞いたけど『グーパージャス』で出すってことでいい?」

「了解」

「ウチの地元では『グーとパーできめましょお』でしたな」

「あら、気に入らない?」

「いえ、いいどす」

「じゃあ、グーパージャス!」



(まるで、本物の傭兵みたいね)

 サバイバルゲーム部から唯一参加している春日野留美は、正直舌を巻いていた。

 二人の一年生女子が狐役になった時は、すぐに終わって次のゲームが始まると思った。ところがどうだ、二人は素人にありがちなパニックを起こすことも無く、冷静に行動していた。

 もし白衣を着た子が、他の四人を誘導しなければ、見失っていたかもしれない。

 こういう時に素人は、最短距離で目標に向かおうとする傾向が出る。が、あの二人は北にある丘に向かうのでなく、いったん西へ進路をずらして、追っ手の目を誤魔化そうとまでした。

 しかし今は、追っ手の五人により、太い幹を持つ木の根元に追い詰められていた。

 でも、棒立ちなぞせずに、すかさず深い下生えの中に身を隠したのは、見事と言うしかない。

 留美は、先程まで点灯させていたレーザーサイトを切った。それを点けっぱなしだと、向こうからこちらのいる場所が、丸わかりになってしまうからだ。

 ささっささっと、テンポよく近くの草が揺れる。二人を包囲している一年生男子たちが、その輪を狭めている気配だ。

(あまり近づくと…)

 そこまで考えたところでガサッという大きな音がした。

「!」

 深い下生えから黒い影が立ち上がり、銀色の銃を一発発射した。

「あいて!」

 右の方から声が上がり、あの巨体をどこに隠していたのかという相撲取りみたいな一年生が立ち上がった。

「ヒット~。やられた~」

 素直に立ち上がって、被弾宣告をする。

 それを知覚しながら、留美の指は手にしたグロック二六のトリガーを絞っていた。一回では止まらない、連続して黒い影へと撃ち込む。

 他の子も撃ち込んだその弾幕を、黒い影はダンスをするように避けると、背中を見せて後ろの太い木の向こうへ駈け込もうとした。

 敵に背中を見せるとは、チャンスである。

 と、思わなかった留美は、横へ移動した。

 しかし生き残った一年生男子は、つい釣り込まれたようで、隠れていた所から飛び出し、その背中を追おうとした。

 ガサリと大きな音を立てて、その背中の右側二メートルの所に、カーキ色の影が立ち上がった。

 腰だめに横なぎの連射。

「おう」

「ヒット」

 こんな夜中に行動するに不向きな格好、白衣姿の彼と、もう少しまともな格好をした寮生の子が、中腰のまま被弾宣言する。

 カーキ色の影も木の向こうへ逃れようと、背中を向けた。

 今度こそ倒さなければ。さもなければ、このゲームは狐狩りでなく、貴族狩りではないか。

 留美は横移動したその場所から立ち上がり、レーザーサイトのスイッチを入れ、その小さな背中へ銃口を向けた。

 その背中と入れ違いに、黒い影が木の向こうから現れた。

 木を回り込んで、カーキ色の子の援護にやってきたようだ。

 銀色の銃口は、すでに留美に向けられていた。

 バシバシバシと、エアーソフトガンを連射する音が交差した。

 カチンという音で留美の全身が硬直する。黒い影が撃った弾が、寄りにもよって彼女のゴーグルの中央、すなわち眉間にヒットしたのだ。

「あたりね~」

 やられたら素直に両手を上げる。エチケットを守れば楽しいゲームが続けられるのだ。

「あ~あ。やられちゃったね」

 完全に立ち上がり、肩を竦めていると、二人の一年生女子も両手を上げていた。

「あたりだ」

「ヒットぉ」

「?」

 二人の意外な被弾申告に、留美は目を丸くする。自分は、最低でもカーキ色の背中に一発は当てたと思ったが、黒い子には対応できなかったはずだ。

「しまいか?」

 声をかけられて、留美は飛び上がってしまう。いつの間にか、彼女の後ろから茶色いコート姿の少年が現れたからだ。

「ちぇ」

 黒い影…、たしか新命ヒカルという名前だった記憶がある、…が、銃をホルスターに納めながら悔しそうに少年を睨んだ。

「女の後ろに隠れて撃つなんて、あまり自慢できないぞ」

 ピコピコとヒカルの口元で揺れているのは、キャンディの柄だ。

「そんな事はない」

 こちらはLEDが灯っている黒い銃を、コートの下へ仕舞いながら少年が機嫌の悪い声を出す。たしか不破空楽と自己紹介してくれた。

「サバゲ部の先輩から右斜め二メートルは離れていた」

「あたしのトコから見て、射線が重なっていたんだけどね」

「そいつは、偶然だ」

 そう言い切る空楽。しかし留美は漠然とだが、それは空楽が戦術として意識して取った行動なんだろうなと思う。

「今度は当ててやるからな」

「やれるなら」

 ヒカルの挑発に、右頬だけで微笑んでこたえる空楽。横の同級生がケンカにならないか心配しているのが面白かった。



「あ~、汗掻いた」

 アキラは部屋へ入りしなに、声を上げた。入り口で入れた電気のスイッチに、ようやく蛍光灯が反応して、室内が明るくなる。

 ここは実験棟の離れ、ブロック造りの小屋二階にある女子更衣室である。

 二人が狐役になったフォックスハンティングではなかなか楽しめた。それから実験棟の入り口に再集合しても、まだ槇夫のマイクロバスは戻っておらず、再び狐狩りをやることになった。

 その時の狐役は、明実と有紀であった。

 無謀にもスタート直後で待ち伏せていた明実は、楽々討ち取ることができた。が、有紀の方はそうもいかなかった。

 何度もその背中を見ることができたが、結局はあの丘まで逃げ切られてしまった。

 撃ち合いをしなかったわけではないのだが、最初に脱落した明実を除いて、全員が丘まで辿り着くことになった。

 ついでに、頂上がどうなったかを、その場にいた全員で確認することになった。

 あの『マーガレット・スピンドルストン』に撃たれたポリタンクは、見るも無残な状態になっていた。中に詰められた灯油に引火して爆発炎上したのだから当たり前であるが、溶けたポリタンクはコンクリートの土台に纏わりつくように流れており、ちょっとやそっとでは剥がすことが出来そうもない状態だった。

「まあ、火事にならなかったんだから、いいんじゃない?」

 と圭太郎が無責任に言ったが、たしかにゴミを回収するというレベルを超えており、そのまま放置する事にした。

 その二回目の狐狩りが終わり、実験棟へ帰ったところで、ちょうどマイクロバスが戻って来た。

 槇夫が準備したのは、ワルサーPPK。日本的には、あの有名な大泥棒が使っている銃の親戚である。世界的には、殺人許可証を持っているという、女王陛下のスパイが使っていたことで有名な銃だ。

「ふふ」

 その後から行われた四対四のチーム戦は、結構楽しい物だった。それを思い出し笑いしながら、肩にかけてきた荷物をドサリと更衣室の棚に置く。

 たまにヒカルと一対一(さし)で撃ち合いになることもあった。そういう時は、さすがヒカルである。銃に関してアキラに負けることは無かった。

 もう一人、まったく歯が立たなかったのは、あのカタナ女と戦った空楽という少年だった。

 ヒカルと敵同士になると、二人だけ生き残り、延々と終わらない撃ち合いになるので、他の参加者が暇になるぐらいだ。

 最後の頃には、いいかげん槇夫がつまらなくなり、二人が生き残った場合は強制終了させていたぐらいだ。チーム戦としては引き分け判定である。

 その槇夫の腕前もなかなか良いところだったと思う。今回がサバイバルゲーム初参加のアキラが批評しては失礼かもしれないが、小型拳銃であるPPKを使っている割に、意外な距離からの遠射を当ててくることがあった。

 まあ『施術』で体力や反射神経を底上げしているアキラと、同じぐらいの腕前であったと見て間違いない。

 借りた戦闘服を脱ぎながら、じゃあ他の連中はどうだったかと思い返してみる。

 明実は「オイラは頭脳労働者だから」と普段から言って、運動は苦手な傾向があった。たしかにゲーム中は、体を動かすことではあまり見るべき点はなかったが、相手の射撃の隙を突くとか、そういった方面で活躍していた。

 圭太郎と有紀は「楽しければ何でもいい」という態度のような気がする。ヒカルや空楽ほど真剣味は無く、撃たれてもさばさばとして集合場所に戻ってきていたような気がする。

 最後にサバイバルゲーム部の留美であるが、彼女の動きもなかなかだった。ただし物陰に隠れるなどの技術は素晴らしかったが、射撃の腕はアキラにも劣るぐらいで、せっかく作ったチャンスでも、肝心の弾が当てられない事が多かった気がする。

 その腕前をカバーするためか、連射する事が多い傾向にあった。

 途中で、一旦食事休憩を取った。

 槇夫がキャンプコンロを持ち込んで湯を沸かし、うまそうにカップ麺を食べていたのを横目に、他のみんなはパンやオニギリであった。

 一回だけ、四対四なのに、アキラが所属したチーム側が撃った人数が、五人になったことがあった。こんな夜中の雑木林に、ただの通行人がいるとは思えないが、巻き込んでしまったのかもしれない。

 圭太郎が嬉しそうに「渡り廊下の首なし…」とか言い出していたのは無視する事にする。

「まあ、幽霊の正体見たり枯れ尾花って言うしな」

 なにせ雑木林であるから、人影のような形をした物はいっぱい存在する。それが立ち木だったり、下生えの塊だったり、見間違いする対象は多い。

「そういうことにしよーね」

 背後から声をかけられて、アキラは飛び上がってしまった。

 いつの間にか留美が更衣室で着替えを始めているではないか。どうやら今日の戦績を思い出している内に、入ってきたようだ。

 どうやら独り言を聞いただけで、アキラが何を考えているか分かった様である。苦笑のような物を浮かべた留美は、体を縛り付けているストラップ類を外して、ホルスターを棚へ置いた。

「夜戦やってると、よく起こる事だからね」

 アキラが見ている内に戦闘服を脱ぎ、下に着ていた薄いピンク色をした一体型の下着(ボディスーツ)姿になった。

「わ、わ、わ」

 慌ててアキラはそっぽを向いた。

「どうしたのね? 海城さん?」

 その慌てる態度が分からなかった留美が、不思議そうな声で訊ねてくる。もちろん留美はアキラが「女の子のようなもの」であることは知らない。

「女の子同士なんだから、そこまで恥ずかしがらなくてもいいのね」

 軽い調子で笑いかけてくれる。アキラも、四月から高等部の体育授業で、何度も女子更衣室を利用することになったが、たしかにここまで他の女の子の着替えに反応する娘は珍しい。ただアキラはあくまで「女の子のようなもの」であって、精神は思春期男子なのだが。

 ちなみにそういう場所を利用する時は、必ずヒカルが横にいるため、隅っこの方で静かに(ヒカルに睨まれながら)着替えることになっていた。いまヒカルが居ないのは、階段を上がる直前に「ちょっと花摘みに」と言って別行動になったからだ。

「ねえ、お願いがあるのね」

 そんなことは知らない留美が、遠慮なく話しかけてくる。

「?」

「背中のチャックおろして」

 髪をかき上げて背中を向けてくる。きれいな首筋に一つだけホクロがあった。さすがに体を動かすことを趣味にしているだけあって、無駄な脂肪はついていないように見受けられ、なだらかな曲線が体を表現していた。腰回りは簡単に腕が回せるほどの細さだが、それより上は大分成長が著しいようで、これでもかと存在を主張しているのが、背中側からでも分かった。

「え。ええっ」

「ほら海城さんも痛くならない? こうサバゲとかで動くとね。だからボクはこれ着ることにしてるんだけど、今度は脱いだり着たりが大変でね」

「いたい?」

「痛くならない? 胸?」

 とても不思議そうに聞き返されてしまった。そしてピンク色のTシャツにホットパンツという今のアキラを上から下まで眺めるように見る。

「海城さんぐらいのサイズだと、そうでもないかね?」

「ああ、ううん」

 曖昧な返事をしておく。なにしろ三か月前までは男の子だったのだから、分かるわけない。それに今だって、巨乳の悩みなんかわかる体をしていない。

「ここにもシャワーあればいいのにね」

 高等部の更衣室にはシャワーが備わっていた。もちろんちゃんとお湯も出る。言われて汗でベタベタな自分の体を意識した。たしかにシャワーを浴びたい気分だ。

「ねえ、手伝ってくれないの?」

 いいかげん焦れたのか、留美が自分でボディスーツのチャックを開けようとし始めた。ただピチピチのサイズがいけないのか、それとも意外に体が硬いのか、チャックを開け閉めするスライダーに手が届かないようだ。

「わ、わかったよ」

 顔を背けつつ、薄めにした目で留美の背中を確認し、いっぱいに伸ばした手で背中のチャックを開けていく。

「まったく、カギが壊れているんだもんなあ。閉じ込められたかと思った」

 背骨に沿った窪みがだいぶ露わになったところで、更衣室の扉が開かれた。そして、遅くなった言い訳をしながら入って来たヒカルが硬直する。

「きゃ」

 外との隔たりを失って、慌てて留美が前に布をかき集める。

「おめー、なにしてやがんだよ」

「なにって…」

「チャックおろしてもらってたんだけどね」

 手を伸ばした状態で硬直したアキラに代わって、留美が説明してくれた。彼女の声に、急いで扉を閉めて、アキラを壁際に追い詰める。

「このエロガキ」

 鼻先同士が触れそうなほど顔を寄せたヒカルが、力をこめた囁き声を送ってくる。

「あたしだけじゃなく、女と見れば誰かれなく…」

「オレが言い出したんじゃねえぇ」

「なにしてんのね?」

 二人が壁際で内緒話を始めたので、留美が不思議そうに訊いてきた。

「なんでもねえよ」

 ヒカルは面白くなさそうに荷物を棚へ置き、乱暴に体中のハーネスを外し始める。

 その様子を、着替えながら見ていた留美は、しばらく考えた後に爆弾を投下した。

「大丈夫だね。ボクは年下の男の子の方が好みだからね」

「だから問題なんだよ」

 ヒカルが呟いたのをアキラは聞き逃さなかった。

「じゃ、先におりてるね」

 二人の間の空気を感じ取ったのか、留美が急いで荷物を纏めた。着替えたのは制服ではなく、薄いピンク色のジーンズに、ジャージ地の黒い長袖ジャケット。それにパールホワイトをした半丈のタンクトップだ。かわいいオヘソが覗いている。

 アリスパックを右肩だけで背負った留美が、逃げるように階段を降りていく。

 残されたのは、いつもの二人。

「おまえよお」

 いいかげん飽きたとばかりにアキラは、七分丈のズボンへ足を通しながら口を開いた。

「ワンパターンなんだよ。いつもオレが何かやっている時に乱入してきて」

「おまえが女と見れば片っ端から粉かけてるのが悪いんだろうが」

 下に着ていたチェックTシャツの上から、デニム地のサロペットを身に着け、背中と腰にホルスターを巻き始めたヒカルが反論する。

「年長者として、年下を教育するのは当たり前だろ」

「年長者って、おまえ何歳だよ」

 答えが無かったので、デニムジャンパーに腕を通しながら振り返る。するとヒカルが眉を顰めて硬直していた。

「いま何年だ?」

「西暦か?」

「昭和で」

「え…」

 慌てて頭の中で計算をする。

(たしか昭和が六四年あって、それに今の年号を足せばいいのか? いや最後の年と最初の年が重なるから…)

「もういい!」

 待てなかったのか、それとも自分で計算を終わらせたのか、ヒカルが乱暴な口調になって、着替えの続きを始めた。

「ま、まあ。おまえの方が長く生きてんのかもしれないけどよ」

「もう歳の話しはやめろってんの!」

 クワッと牙を剥いてヒカルが振り返った。いつの間にかその手には銀色の銃が握られていた。男子寮から借りたエアーソフトガンではない。バカみたいに火薬を詰め込んだカートリッジを持つ弾丸が装填されている、本物の方だ。

「いや。ふと不思議に思うことがあるんだけどよ」

 アキラは普段のヒカルを思い出しながら訊いた。

「おまえ、もしかして…」

「?」

「かあさんより歳上だろ」



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