最期
メーデー、メーデー
人類は間も無く滅亡します。
ある日、突然出現した紅い雲に原因があった。『紅雲』と呼ばれるようになったその雲は雨のようなものを降らし、その雨の中に分子レベルの毒だとかが入っているそうで、その雨にうたれた人は眠るように死んでいった。その様子を見て、あぁ、人類の滅亡ってこんなに呆気ないものなんだと思った。
「涼!こっちだよ!」
都心にある駅の近くの交番前。昔は沢山人が通っていたこの場所も、今はもう数えれるほどしかいない。廃墟と化してしまったこの場所で、1人の少女は僕を呼んだ。その少女は現実味なく存在が輝いていた。
少女の名前は理沙。僕の、大切な人だ。
「理沙、そんな大声で呼ばれなくても分かるって」
「だって早く会いたかったし」
そう言う少女に僕は甘くて、少女の手を握った。彼女はつい先日、「デートしよ!」と言ってきた。だから、僕達は今ここにいるんだ。
「じゃあ、行こっか」
僕は彼女の手を引っ張った。
その後は普通のデートだった。カフェでお茶したり、映画館で映画を見たり、とても充実した時間を過ごした。
「私はね、みんなを幸せにしたかったんだ」
映画館を出て、近くの公園のベンチで彼女は口を開いた。
「過去形なの?」
「うん、出来なかったからね」
理沙の顔には悲しさは見られない。多分、悲しいのは僕のくだらない感傷だ。だからささやかな反抗として、コメントをする。
「まだ分からないでしょ?まだ生きてる人がいるんだから」
そのコメントを聞いた理沙はこちらを向き、
微笑んだ。
「そうだね」
・・・・・なんだよ、それ。そんなに儚く笑わないでよ。そんな消えてしまいそうな顔、君がしないでよ。
そんな想いを隠すように、僕は目の前の景色を見る。
「しかし、これが世界の終わりかぁ。呆気ないなぁ」
「そう?私はちょっと好きかも。涼とふたりきりだし」
そう言った理沙は僕に顔を近づける。彼女の甘い香りが僕の鼻を刺激してきて、心臓がバクバクする。
「ねぇ」
彼女は耳元で囁く。
―私と、火星に行かない?
火星。今、紅雲から逃れるために火星移住プロジェクトが建てられていて、選ばれた数名が宇宙船で火星に移住する、という話。10年前から計画されていて、その船が火星に行くのは明日である。理沙は、この事について言っているのだろう。理沙はその選ばれた数名のひとりだから。
僕は瞼を閉じて、ふ、と笑う。
「僕が火星なんて似合うと思う?」
僕は彼女を引き剥がし、手を頭に乗せて撫でる。彼女に笑ってみせて、子供に教えるように言った。
「僕は普通に生きて、普通に死ぬんだ。この地球で。ずっと過ごしたこの星で」
僕は理沙みたいに素敵な人間じゃない。僕は臆病者だ。そんな僕が、選ばれた人達と一緒に火星に住める訳がない。まあ、この星から出るつもりは元々ないけれど。
「そっか」
彼女の瞳が一瞬悲しさが宿った気がした。気のせいでありたい。
「じゃあ最後に言わせてほしいな」
彼女は立ち上がり、僕の目の前に立つ。
「私は、涼に出会えて良かった。涼と過ごした時間は、すごく楽しかった。だから、」
彼女は微笑んで
「ありがとう!さようなら!」
心が鉛のように重い。内心こんなことになって欲しくなかった。理沙にそんな顔させたくなかった。諦めを知ったそんな顔は。僕は理沙には、こんなのにはなって欲しくなかった!
それでも、それでも、僕は理沙の全部が好き。それだけは確かだった。
その次の日から、理沙はいなくなった。火星に行く船が地球から離れていく。僕は雨にうたれながらそれを見ていた。右手にひとつの小型ラジオを持って。地球を出る前、彼女から貰ったものだ。「船が出たら聞いて」と言われていたので、聞こうと思い、電源を入れる。
『あーあー、聞こえる?』
昨日聞いたばっかの声。
『宇宙船の私から、地球にいる涼へ』
涙が溢れてくる。昨日あったはずなのに懐かしくて、愛おしかった。
『涼は今元気?』
鼻水が出てきて、腕で擦ると、付いたのは大量の鼻血だった。格好つかないな、て笑ってしまう。
『私ね、ずっと考えてた。なんで涼は地球にいたいんだろうって。そして、分かったんだ。こんなに綺麗な青い星だもんね、地球って』
君の声を聞いて行くと、想ってしまう。あぁ、会いたいって。
『正直、涼がいないのは寂しい。涼がいない未来は嫌だ。でも、それでも、あなたが一緒にいなくても、あなたがいない未来でも、あなたを愛することを誓います』
誓うって大袈裟だなぁ。
『涼。愛しています。世界、いや、星で1番、愛してる』
これを聞いてて、思った。理沙を火星に送り出して良かった、と。こんなにも素敵な人には生きていて欲しいから。
僕はその場で寝転んで、
「理沙、おやすみ。僕も、星で1番、愛してる」
たとえ、死んでも僕は、あなたを愛しているだろう。だってあなたは、こんなにも綺麗なのだから。