見返り(Ⅱ)
◇◇◇
「深山君のバイト先にいるミステリアスなイケメンのこと、色々教えてもらってもいいかな!?」
そう、頼政もこんなふうに大学からの帰りに生徒数人に囲まれ、喫茶店まで連行されることもなかったに違いない。
大学の近くにあるとあって、この時間帯は大学生の客が多い。そんな中で頼政への尋問は始まりを告げた。地獄である。
「あの……おたくら、誰ですか」
頼政は覇気のない声でそう尋ねた。
頼政を連れてきたのは四人組。
リーダー格と思われるパーマをかけた茶髪の女性を筆頭に、長身の黒髪の男性、赤縁眼鏡の男性と、最後に大人しそうなおさげの女性だ。
統一性のないメンバーに頼政の不安も高まっていく。
「紹介が遅れたわね、私たちこういう者よ」
茶髪の女性から差し出された名刺を受け取り、頼政はそれを見た。
『〇〇大学・オカルト&心霊研究サークル』
頼政は即座に席から立ち上がった。
「すいません、僕今日返却しなきゃいけないDVD返しに行くんで」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
「オレたちは怪しいモンじゃねぇって!」
「そうよ。ほら、自己紹介もするから! 私は青崎玲。一応、うちのサークルのリーダーをやっているわ」
茶髪の女性はどこか誇らしげに自らの名を名乗った。
「で、背がやたらと高いのは高松兼吾。少し根暗そうな眼鏡君が岸辺聡。最後に静かそうな女の子が綾野紗奈……って逃げるな逃げるな!」
「帰らせてくださいってば!」
「ダメ!」
椅子から立ち上がって逃げ出そうとする頼政だが、玲に無理矢理座らせられる。逃亡失敗。
だが、夜鳥以外に胡散臭い者たちと久しぶりに遭遇してしまった。
頼政は背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
「……ミステリアスなイケメンってもしかしてうちの店長のことですか?」
「そうそう! うちの大学ですごい有名なのよ。知らない?」
「まあ、お客様からは評判いいですけど」
「そこでうちのサークルの今月の活動内容は骨董喫茶店『彼方』の店長に関しての情報収集に決めたの!」
「なるほど~~~~……」
これっぽっちも興味がないという様子の頼政に、岸辺が詰め寄る。
「君はあの男に何かを感じないのですか?」
「何かって……」
威圧感の尋ね方をされて頼政はいよいよ困惑する。
「まあいいでしょう。これから我々が行う質問に君はただ答えてくれれば結構」
「こら、あんたはあんたで貴重な証言者に何て口の利き方してんの。……こほん、それじゃあ始めていいかしら?」
岸辺を諌めてから、玲が頼政に笑いかける。
高松が「ごめんな、こいつ中身はそこまで酷くないけど、口が悪いんだよ。偉ぶりたいんだわ」とフォローになっていないフォローを入れた。
「うーん……まあ、僕で答えられるところがあれば答えますけど」
「ありがと。じゃあ、店長さんのフルネーム教えてもらえる?」
「夜鳥夏彦。夜の鳥に、季節の夏にしゅしゅって三本入れる彦って書きます」
「夜鳥かぁ~、何かロマンチックね。年齢は?」
「さあ、それは聞いたことないんで」
「じゃあ、年齢不詳……と。趣味は?」
「骨董品集めと食べることとテレビ観ることですかね」
「骨董品集め……いいわねぇ。それっぽいわね」
「僕、他にも趣味言いましたよね?」
最初の一つしか採用されなかったことに抗議すると、玲は渋い表情で高松と顔を見合わせた。
「そうは言ってもねぇ……」
「深山、こういうのってギャップがあるのもいいんだけど、今回はひたすらミステリアス一線で責めたいんだ」
「深山君は骨董品集めが趣味の黒衣の美青年が、せんべいかじりながら昼ドラ観てる図が世の中のミステリアス好きが反応すると思うの?」
害がなさそうだし平和でいいだろう、というのが頼政の意見である。口には出さなかったが。
岸辺はあからさまに「こいつ分かってないな」と言いたげにため息をついており、孤立無援の状態だ。
そんな中、今まで黙っていた紗奈が小さく手を挙げた。
「えっと……私は何か可愛いからありだと思います」
「可愛い……かしら?」
「か、可愛いですよ! それに誰かに迷惑かけてるわけじゃないですし……」
「それはそうだけど……うん、一理あるわね」
味方だ。たった一人だが現れた味方は中々の影響力を持っていた。
頼政が感謝の気持ちを込めて視線を送ると、紗奈は小さく会釈をした。
すると、岸辺に頼政は強く睨まれた。
一方的に険悪な雰囲気を察した高松が話題逸らしに出る。
「そういえば、今日って恵梨はこなかったのか?」
「ああ、あの子なら今日はお姉さんとダブルデートよ」
「あの、恵梨さんっていうのは?」
「うちのサークルの一人。この企画一番楽しみにしてたんだけど、お姉さんの付き添いだったら仕方ないわ」
この四人以外にもサークルのメンバーはいるようだ。その恵梨という女性の話に入ると、紗奈が心配そうに口を開いた。
「恵梨さんも恵梨さんのお姉さんも大丈夫でしょうか……」
「あいつはともかく姉ちゃんのほうがなぁ。大分入れ込んでるって話だろ?」
「恵梨も本気になるなって止めてるみたいだけど……大変ね、あの子も」
「……その恵梨さんって人、何かあったんですか?」
あまり関わるべきではないのだろうが、気になってつい聞いてしまった。
余計なことに首を突っ込んでしまったかもしれないと我に返る頼政に、答えたのは意外にも岸辺だった。
「彼女の姉がホストクラブ通いにはまっているようなんですよ。最近流行っているホストに騙される女のドラマに感化されて、試しに行ってみたのが始まりです。そうしたら一人の男にどんどんのめり込んで……」
「それで、今日は恵梨とお姉さんと、そのホストと奴の同僚の四人でデートってことなの。恵梨としてはお姉さんが暴走しないように監視するために行くようなものだけど」
「おっ、恵梨からLINE届いてるぞ。……ん? 今日ホストが体調崩したってことでデートはキャンセルになったってよ。待ち合わせ時間の二十分前に連絡がきたんだってさ」
高松がLINEの画面のスマホを見せ付けると、頼政以外の他の三人は狼狽えた。
「二十分前って……もっと早く分からなかったわけ!?」
「それ、本当に体調不良なんですか? 俺は仮病を使ったんだと思いますが」
「でも……家を出る前に急にお腹が痛くなったとか……ないでしょうか?」
すっかり蚊帳の外状態の頼政は注文した抹茶ラテを飲みながら、彼らの会話を聞いていた。
名刺を見た瞬間は怪しさ満点の集団としか思えなかったが、こうして彼ら同士のやり取りを聞く限りでは普通の面々である。
初対面の人間にろくな説明もないまま喫茶店に連行したのはどうかと思うものの、この抹茶ラテは奢りのようなので許すことにした。
(だけど、恵梨さん的にはドタキャンされてよかったんじゃないのかな)
姉からホストを遠ざけたかったであろう恵梨としては、彼にマイナスイメージを姉に持たせることのできるちょうどいい機会だったのではないだろうか。
そんなことを考えていると、玲が不敵な笑みを浮かべて頼政のほうを向いた。
「というわけで、深山君。デートはなくなったから恵梨が今からこっちに全力疾走でくるみたいよ。もう少し付き合ってもらうわ、ふふふ……」
「それは私のほうからお断りさせてもらいましょうか。頼政はこれから私と仕事がありますので」
その声は頼政の頭上から聞こえた。
顔を上げようとすると、何かが頼政の顔面を覆って視界が真っ暗になる。サークルの面々の驚く声が聞こえた。
手で顔を覆っている物を掴むと、それは黒い帽子だった。今度こそ見上げてみれば、黒服の男が無邪気な笑みを浮かべていた。
「こんにちは、頼政」
「夜鳥さん、何でここに?」
「君を迎えにきたんだ。ほら、早く行こう。お客様を待たせてしまう」
「え、でも」
何が何だか分からず混乱していると、玲が「ど、どうぞ。お仕事にどうぞ」と小声で言った。
目の錯覚だろうか、夜鳥への眼差しはどこか熱っぽく、目尻がほんのり赤い。
(すげぇ、初対面で撃ち落としちゃったよ)
感心する頼政を夜鳥は席から立たせると、一万円札をテーブルの上に置いた。
「私の助手がお世話になりました。これはその礼です」
そう言って夜鳥が頼政を連れて出口に向かう。
背後から玲の喜色を含んだ悲鳴が聞こえてきて頼政はびくっと震えた。
他の女性客も夜鳥を凝視している。後ろを歩いている頼政としてはかなり気まずい。
ようやく店から出て頼政は大きく息を吸い込んだ。
「あ~~~~~~~~外の空気が美味いっ!」
「こんな都会の空気排気ガスまみれで美味しくも何ともないよ。君は空気音痴かなぁ」
「空気音痴って変な造語作んないでくださいよ」
だが、助かった。夜鳥が現れて強引に頼政を連れ出さなかったら、五人目のメンバーが到着してまだまだ帰れなかったに違いない。
「……アッ!!」
「頼政?」
「早く逃げますよ、夜鳥さん! 最後の一人が走ってやってくる!!」
「了解。しかし、君も災難なことで」
路肩に停めていた車に乗り込み、夜鳥はすぐに発進させた。
「今日って臨時で喫茶店開くんですか? 夜鳥さんと仕事って……」
「平日は喫茶店はやらないよ。あんなの君を連れ出すための口実に決まってるじゃない」
「口実」
「偶然、あの集団と喫茶店に入る君を見かけてね。友達かなと思ったんだけど、君が鳩が豆鉄砲を喰らってるような顔をしてたからおかしいと感じたんだ。それに」
夜鳥は一拍間を置き、悲しげな表情で頼政に告げた。
「自分では気付いてないだろうけど、君にまともな友人ができるはずがない」
「いや、めちゃくちゃ自覚してますんで。……でも、ありがとうございます。夜鳥さんがきてくれなかったら、まだまだ帰れそうになかったんで」
「君も馬鹿だねぇ。嫌なら嫌ってちゃんと断ればいいのに」
「あの雰囲気で言えるわけないじゃないですか……」
首を横に振る頼政に、夜鳥は「まあ、それもそうか」と苦笑した。
「でも、どうして私に直接くるんじゃなくて、君に矛先が向けられるんだろう」
「夜鳥さんを目の前にすると、感極まって喋れなくなるからだったりして」
「それだね」
「うわぁ、この人今遠回しにすげぇ自画自賛した……」
これがミステリアスの皮が剥がれた夜鳥である。この姿を見せれば、せんべい片手に昼ドラを見る図も想像しやすくなるかもしれない。
「ところで頼政ってまだ時間ある?」
「はい。特に用事もないんで、そのまま帰るつもりだったし……」
「だったら、せっかくだし私の仕事に付き合ってみないかい? これから客の自宅に向かうつもりだったんだ」
「ついて行っちゃっていいんですか? 僕、何もできないと思うんですけど」
『彼方』での頼政の仕事は調理と清掃で、骨董品関係や店の収支の計算はすべて夜鳥が行っている。
彼の仕事を手伝える自信は頼政にはあまりなかった。
そんな頼政の不安を吹き飛ばすように夜鳥は爽やかに笑いかけた。
「大丈夫。君は私の隣で呼吸してもらえればいい。ほら、隣に若い助手がいるだけでプロっぽく見える」
「僕を誘ったの演出のためか!?」
別の意味で不安になった。