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見返り(Ⅰ)

 ――付き合ってくれないなら、もう店には行かない。


 そんな彼女の言葉に返事ができずにいると、今にも泣きそうな顔で睨み付けられた。

 そんなことを言われても困る。やっとの思いでそれだけを告げると、容赦なく頬を平手打ちされた。


 そして、店から出て行ってしまった彼女を追いかけることもできなかった。

 店内は静まり返り、他の客の視線がこちらに向けられているのが分かる。それから逃れるように会計を済ませ、外に出るも彼女の姿はすでにない。


「……………」


 男は苦い思いに顔をしかめる。

 たまにあるのだ、こういうことが。従業員と客の関係を超えた二人になりたいと望む女性が。

 断れば二度と店にはこない、なんて言葉狡いだろう。仕事柄、特定の関係を持つ女性を作るわけにはいかない。

 かと言って、売上が下がるのも困る。受け入れても断っても、男側のメリットは何一つなかった。


 疲れた。ただ、そう思いながら街を練り歩く。

 ホストなんて仕事に就いたのは間違いだったかもしれない。近頃はよくそんなことを考える。

 金のためとは言え、女性のご機嫌取りをする毎日。常に楽しませなければならないことに嫌気が差す。

 元々、女性と仲良くなりたいという気持ちもほとんどなかったのに、街を歩いていたところを、「君のような男なら絶対に売上ナンバーワンになれる」とスカウトされた。そこで断っておけばよかったと後悔さえしている。


 そんな自己嫌悪に陥っている時だ。

 ある店の前に人だかりができていた。

 白髪頭の老人が経営している骨董品店だ。あまり客がこないようで一週間後に閉店するらしい。今日は在庫処分セールというわけで、さすがに客も多かった。

 男がその店に立ち寄ったのは、骨董品マニアだからではない。ただ、どういう物が置かれているのか気になったからだ。


「あ……」


 そして、がらくただらけの店内を進んだ先に『それ』を見つけたのだった。


◆◆◆


「頼政、ここどういう店なの?」


 この街に最近できたスーパーの名前は『ジュラ紀の楽園』だ。

 毎日大勢の客で賑わっており、あまりの人気ぶりに地元のテレビ局も取材にくることとなった。


「何言ってんですか、普通のスーパーに決まってるじゃないですか」


 先ほどから周囲を見回しながら歩いている夜鳥に、頼政は嘆息した。

 敷地内を取り囲むように植えられた木々のせいで、外部からスーパーの外装や駐車場の様子を窺うことはできない。

 この辺りはセキュリティがしっかりしていると思う。

 偵察目的で侵入した輩は上空から見張りをしている巨鳥たちに捕らえられる。これで客たちは快適に買い物ができる。


「頼政、あの捕まった奴らはどこに連れて行かれるのかな?」

「巣に連行されて鳥たちの餌になりますよ。あの警備員たちは捕まえた不法侵入者を食料にできるんです。三食食事付きって評判いいんですよね」

「だからか。何か血のついた服がそこら中に落ちてるのって」


 巨鳥たちの禍々しい鳴き声と、彼らの餌となる者たちの悲痛な叫びを聞きながら進んでいくと、スーパーの入口が見えてきた。

 どこにでもある木造の建物だ。

 立て看板には本日の目玉商品が書かれている。それを見た瞬間、夜鳥は無言で踵を返した。


「あっ、何してんですか!」

「帰ろうかなって。飽きたし。アンモナイトが1980円で買えちゃうスーパーも気になるけど、アンモナイトそんなに好きじゃないし」

「はぁぁぁ!? アンモナイトがイチキュッパで買えんのに帰るとか正気か!?」

「いいから君もさっさと帰ろうよ。というより、早く覚めなさい」

「さめ……?」


 その言葉に頼政はびくり、と反応した。


「……あれ?」


 直後、自分の周囲にあるすべてのものが奇妙に感じられた。

 何だ、このジャングルみたいなところは。

 何だ、あのでかい鳥は。

 何だ、アンモナイト1980円は。

 こんなスーパーがあるわけがない。これではまるで夢のようだ。


「いや、これ夢……」


 そう呟いた瞬間、目の前が真っ白になった。サイコメトリーを使った時とは違う不思議な感覚。

 気が付くと、頼政はテーブルに突っ伏していた。

 見覚えのある光景。閉店後の『彼方』だ。

 寝起きでぼんやりしていた頼政の耳に金属の音色が流れ込んでくる。


 テーブルの中央にぽつんと置いてある長方形の木箱からその音色は聞こえていた。

 蓋が開かれた箱の中には金属製の装置のような物が設置されており、箱の側面には黒いネジがついていた。ゆっくりと回転するネジを眺めながら音を聴いていると、ついにそれが止んだ。

 動きを止めたオルゴールから黒い靄が流れ出して頼政の傍らに集まっていく。


「うおっ!」


 靄はやがて人型となってこの店の店長の姿となった。


「変な悪夢だったなぁ……」


 オルゴールの蓋を閉めつつ、夜鳥は深いため息をついた。その反応にむっと眉間に皺を寄せたのは頼政である。

 この男、自分から他人の夢に『入り込んで』おいて文句を言うのか。


「僕だってあんなわけ分からない夢見るつもりなかったですよ」

「夢占いの本買ったから、さっそく君でやってみようと思ったのに診断しようがない……この本、人喰い鳥もアンモナイトも載ってないよ」

「僕に文句言わないでくださいって。鳥とカタツムリで代用すりゃいいじゃないですか」

「アンモナイトはどちらかと言えばタコとかイカとかあの辺りの仲間だし、鳥って言ってもピンからキリまでいるよ」


 アンモナイトはそもそもあまり詳しくないので置いといて、鳥に関しては夜鳥の言うことも一理あるかもしれない。

 そこらでチュンチュン鳴いている雀と、警備ついでに人間を捕らえて鳥を同じカテゴリに含むのは間違っている気がする。

 雀に誤れと雀たちに批難されそうだと頼政は思った。アンモナイトはよく考えてもカタツムリしか思い浮かばないので、これ以上は考えないことにする。


「そんなことより、本当にできるんですね」

「何が? 夢占い?」

「夢占いじゃなくて、夢に入るってやつ……」


 頼政は視線を音が止まったオルゴールへ向けた。

 記憶が確かなら頼政たちは店を閉めたあと、夢の話をしていた。客たちがこんな夢を見た、あんな夢を見たと盛り上がっていたのだが、その内容があまりにも彼女たちに都合がいいので「盛っているのでは?」と疑ったのだ。


 しかし、本当にその夢を見たかどうかを判断する術はない。

 何せ眠っている間に脳が勝手に作り上げた架空の出来事である。どうしようもないと苦笑する頼政に、夜鳥がこう言ったのだ。

 君の夢の中に入り込んでみせようか? と。


「面白いだろう、このオルゴール。音色と同化して眠った人間の夢に入り込めるんだよ」

「面白いと思いますけど、これ仕事に使えるんですか?」

「あんま使えないかな。でも、他人の夢の覗き見楽しいよ」

「性格わりぃ!! 最悪な使い方しかしてねぇな!!」


 あっさり言い放った夜鳥に頼政は愕然とする。一番使わせてはならないタイプに、こんなアイテムを誰が授けたのだ。

 というより、他人の姿になれるライターといい、妙な物ばかり持っているなと感心してしまう。骨董品店という職に就いて手に入れたのか、元々そういう物の収集が趣味で、趣味が職業となったのか。

 どちらにせよ、言えることは夜鳥が普通の骨董品店の店長ではないということだ。そんなの、しょっちゅう実感しているが。


「でも、君はよく怒らないな。私が君の夢に入ったことについて」

「え? 僕普通に怒ってましたよ?」

「それは私が君の夢に対して難癖をつけたからだろ? 夢に入ったことそのものに関しては一切不快に思ってなさそうだから意外だった。普通、露骨に嫌がったり怯えたりするものなんだけど」


 他の人にもやはり試していたようである。

 呆れながらも頼政は少し悩んでから口を開いた。


「別に変な夢じゃなかったら見られてもいいと思いますよ、夜鳥さん相手だったら」


 十年以上の付き合いなのだ。夢の中に入られようが、特に気にするつもりはない。

 散々文句を言われたら、この特に鍛えてもいない拳が彼に襲いかかるだろう。それさえなければ、さほど問題はない。

 そんな頼政に夜鳥は喜ぶどころか、ショックを受けたように両手で口許を押さえた。


「やだ、怖い。この子ったら信じた人間には盲目になっちゃうタイプだわ。まるでサチコちゃんみたい……」

「サチコちゃん誰!?」

「頼政ちゃん知らないの? ホストに騙されて金をガンガン取られて、借金までするはめになってもホストをまだ好きなままの女の子よ」

「初耳ですよ! つか、何だその口調!?」

「サチコちゃんに目を覚ませって言い続けてるクラブのママの真似……ん? 本当に知らないのか? ドラマを見ていない?」


 頼政は首を横に振った。

 基本的にドラマが始まる時間帯は、スマホのアプリゲームをやっている頃だ。なので、ドラマ好きの母親とはまったく話題が盛り上がらない時がある。

 その旨を話すと、夜鳥は「現代っ子こわ……」とぼそっと言った。


「今の若者はスマホばかりだなぁ。もっとドラマをたくさん見て色んな物語に触れてみなさい。そうすれば、君が友人や彼女を作るヒントが見付かるかもしれない」

「でも、夜鳥さん友達とか彼女がいるって聞いたこと……」

「黙らっしゃい」


 ぎゅむ、と夜鳥に頬を抓られて頼政は最後まで言うことができなかった。

 フィクションの世界から交遊関係を築くためのノウハウを学ぶことは難しいように頼政には思えるのだ。

 この友人が誰もいない現状をどうにかしたい気持ちはあっても、藁にも縋る段階にまでは行っていない。 なので、そんな何かを学ぶ目的でドラマを観ようとは考えられなかった。


 ただ、自分よりも年上の男からの「今の若者はスマホばかり」発言は少し刺さった。なぜなら父親からも同じことを先日言われてしまったのだ。


「……そのドラマぐらいは観ようかな」

「明後日よ、絶対観なさい。サチコちゃんがいよいよ自我を取り戻す回なんだから」

「はぁ……」


 再びクラブのママとやらの真似をする男に頼政は空返事をした。これは絶対に観て感想を言わなければ、またこの口調でグイグイこられそうである。


(この人、テレビ観るの好きだからな。特に料理番組)


 食べることが大好きなだけではなく、料理を作る過程を見るのも好きらしい。

 服は主に黒系統しか着ることがなく、部屋もあまり綺麗とは言えない。夜鳥の衣食住は食しか十分に機能していなかった。


「……夜鳥さん、黒い服が好きでよかったですね」

「ん?」

「ピンクとか黄色を好き好んで着てたらこんなことにならなかったんじゃないかなって……」


 顔がよくて、黒づくめ。この二つの要素が上手く噛み合わさっているからこそ、儚げな美青年として客からの人気を集めているのだ。

 これで全身ピンクだったり黄色かったらまた違った評価を得ていたに違いない。



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