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猫の恩返し  作者: 猫正宗
10/19

10 春間マリーと公園の野良猫

 本日も授業が終わり、いまは放課後。

 僕は今日も今日とて春間マリーと一緒に、家への帰路に着いている。


 少し前を歩く彼女は、相変わらずの上機嫌だ。

 見た目は可愛しくもあるけれども、寧ろ美人といった方がしっくりとくる彼女が、「ななななー」なんて上機嫌に口ずさみながら、軽い足取りで歩く姿は、見るひとにギャップを感じさせる。

 その後ろ姿を眺めながらそんなことを考えていると、彼女が急にこちらを振り返った。


「ね、ね、テル。今日の晩御飯は何にするか、もう決めているの?」

「いや、まだ決めてないよ。うーん、どうしようかな。きみは何か食べたいものある?」

「そっかー。私は何でもいいのよ。テルのお料理って、何だっておいしいから!」


 彼女がトテテと駆け寄って来た。

 腕を絡めてくる。


 並びあって帰路をてくてくと歩く。

 特に交わす言葉はなくお互いに無言だ。

 けれども僕たちの間に流れる空気はとても穏やかだ。

 彼女のお腹の虫が、くぅと小さく鳴いた。


「お腹、すいたの?」

「うん。お腹すいたー。ね、テル、スーパーに寄って、晩御飯の買い物をしていこうよ」


 お腹をぎゅっぎゅっと押さえながら、「もっと鳴らないかなー」なんて言って遊んでいる。


「ふふふ。そうしようか。でも、そうだね……」


 少し思案をする。

 たまには変わったことでもしてみようかな。


「寄り道しようよ。晩御飯までまだ少し時間があるから、ちょっとコンビニで、おやつでも買っていこう」

「コンビニ? うん、行く行くー」


 彼女はその提案に、嬉しそうな顔を見せた。




 ふたりで公園のベンチに、隣り合って腰をかける。

 彼女の手には、いましがた、コンビニで買ってきた唐揚げが握られている。


『ねえ、きみ。こっち。甘いのが売ってるよ』


 コンビニに寄った僕は、レジカウンター横の陳列ケースに並べられたドーナツを指差した。

 けれども彼女は、少し思い悩む素振りを見せてから、『こっちの方がいいな』と、ホットスナックの保温層で温められている唐揚げを指差した。

 どうやら甘いものより、お肉系がお好みらしい。


 僕と彼女は公園のベンチに座り、コンビニの唐揚げを食べる。


「テルも食べなよー。はい、あーん」


 楊枝にさした唐揚げを、ひとつ差し出してきた。

 すこし照れながらも、パクリとかぶり付く。

 照れながらもぐもぐ口を動かしていると、背後の茂みで、ガサガサと草花が揺れた。


(……ん? なんの音だろう)


 ベンチに座ったまま、うしろを振り向く。

 すると、そこには1匹の痩せた細った野良猫がいた。


「あ、ねぇ、きみ。ほらあそこ、猫がいるよ」

「んにゃ。ホントだぁ」


 唐揚げをモグモグと食べながら、彼女も野良猫に振り返る。


「……ニャー」


 野良猫は、僕らを見つめながら目を細めて、小さく鳴いた。




「ほぉら、おまえー。これをお食べー」


 彼女は野良猫に近付き、手に持ったコンビニ唐揚げの、最後のひとつを分け与えた。

 ベンチに座ったまま、そんな彼女と野良猫の様子を見守る。

 猫は警戒した様子を少しも見せずに、彼女が差し出した唐揚げをパクッと咥えた。


 なんだか、警戒心の薄い野良である。

 もしかすると元はどこかの飼い猫だったのかもしれない。


 そんなことを思いながら、猫を驚かさないようゆっくりとした動作で腰を上げ、彼女たちのほうへと歩いていく。

 すると、それまでゆったりと構えていた野良猫は、急に警戒心を強めて姿勢を低くした。


「あ、大丈夫だよ。テルはね、嫌なことなんてしないから」


 彼女が猫の頭を撫でた。

 すると逃げ出そうとしていたその猫は、ふたたび警戒心を解いて、僕らの前でゆったりと寛ぎ始めた。

 そんな様子に感心してしまう。


「すごいね。……何だか猫と会話をしてるみたいだ」

「うーん。会話ってわけじゃないけど、なんとなくねー」


 彼女は野良猫をじゃらしたままだ。

 今度は尻尾の付け根の辺りをポンポンと軽く叩く。

 野良猫は、尻尾をピンと立てて、うっとりとしている。


「きみ、猫、好きなの?」


 随分と慣れた手つきで猫をじゃらしている。

 もしかしたら彼女も猫を飼っていたのかも。


「好きっていうか、元々、猫だもん、私」

「……またまた。たしかにきみは、猫みたいだけど」


 冗談を軽く受け流した。


「僕もね、以前、猫を飼っていたんだ。白くて毛並みの綺麗な猫でね……。名前は、きみと同じで『マリー』っていうんだ」


 彼女が野良猫をじゃらす手を止めた。


 こんなことを誰かに話すなんて自分でも思わなかった。

 これは僕にとって大切な思い出話だ。あまり人に話すような類のものではない。

 だけど、彼女になら聞いてもらいたい。


 彼女は、春間マリーは僕の顔をジッと見つめている。

 その顔に表情はなく感情は読めない。


「僕は、マリーのことが本当に大好きでね。家では、いつもマリーと一緒にいたんだ。寝るときなんかも一緒だったよ。僕がベッドに入るとね、マリーもベッドに潜り込んでくるんだよ。でもね、よくマリーは寝返りを打っては、ベッドから転げ落ちちゃったりするんだよ。あはは……。猫なのに、なんだか間抜けだよね」


 いまは亡き最愛の猫、マリーへ想いを馳せる。

 自然と目が細まった。

 胸に湧き上がるのは、たくさんの懐かしさと、わずかな寂しさ。


「もうっ! ヒドイのね、テルは。間抜けだなんて、目の前で悪口を言うなんて!」

「えっと……。悪口? 僕、酷いことを言ったっけ?」

「いま言ったじゃない。私のこと間抜けだーって。そんな風に呆けても、誤魔化されないの!」


 なぜか彼女はプンプンとお冠のようだ。

 いったいなにが気に障ったのだろうと首を捻る。


「んと。間抜けって言ったのは、僕が飼っていた、白猫のマリーのことだよ?」

「うん、だから私のことでしょ。マリー」

「……ええと、たしかにきみは、マリーだけど」


 おかしな話の成り行きに困惑してしまう。

 彼女はそんな僕の困惑に気付いた様子はない。


「だからね、私、猫のマリーだよ? テルが拾って、育ててくれたマリー。私、死んじゃったはずだけど、死んでからもずっと、テルのことを、そばで見ていたのよ?」


 何を言いだすのだろうか。

 話し続ける彼女に、困惑を一層強くする。


「それでね。私、ずっとテルを見ていたら、テルが、どんどん笑わなくなっていくものだから、お祈りをしていたの。テルに、笑顔を取り戻したいって」

「……」


 自分の顔から表情がなくなっていくのがわかる。

 彼女は変わらずそんな僕の様子に気付いていない。

 そのまま話を続けている。


「私、毎日毎日お祈りをしていたの。そうしたらね、いつの間にか私、変な場所にいて、何でか私、生き返っ――」

「やめてくれッ!」


 悲鳴のような声が漏れた。

 彼女の言葉を遮る。


 ――マリーが生き返る。


 そんなことが起きれば、どれだけいいだろうか。

 そんなことはもう何度だって考えた。

 そしてその度に現実に打ちのめされてきたのだ。

 

 もし……。

 もしもまたマリーと会えるのなら、僕はどんなことだってするだろう。


 でももう、マリーは死んだのだ。

 僕がこの手で、力なく横たわる小さな白い体を荼毘に付して焼いたのだ。

 遺骨を納めた小さな仏壇だって、部屋にちゃんと安置してある。


「……あんまりね。マリーのことで、ふざけないで欲しいんだ」

「ふざけてなんか――」


 彼女は、まだ続きを離そうとした。

 けれども彼女の言葉を、僕は遮る。


「もう、この話は終わりにしよう」


 彼女はまだなにかを言っていた。

 けれども僕は、その話の一切を拒絶して背を向けた。

 彼女はそんな僕の頑なな様子に唇を尖らせて、「もうっ……」と小さく呟いた。


 痩せた野良猫は、さっきの僕の大きな声に驚いて、遠くへと駆け去っていた。




 夜。

 自宅で彼女とふたりの夕食を済ませたあと、ソファに座って、テレビを観ていた。

 流れている番組は、クルーズ船での船旅を紹介する番組だ。


 この番組では、世界の様々なクルーズ旅行が紹介される。

 紹介される船も多岐に渡って、オールインクルーシブで楽しむ大衆クルーズ船から、全室バトラーサービスの付いた高級クルーズ船まで多種多様だ。


 ゆったりとソファに腰を落ち着け、テレビを観ていると、今日も彼女が膝に、覆いかぶさってきた。


「ね、ね、テル。何の番組を観ているの?」

「んとね。クルーズ旅行を紹介する番組だよ。今回の番組内容は、ライン川を上流に向けて遡る、リバークルーズみたいだね」


 彼女は「そうなんだぁ」と声に出しながら、枕にした膝に顔をうずめた。

 優しい手つきで彼女の髪を撫で付けながら、僕は番組の説明を続ける。


「今回のは再放送なんだけどね、川を北に上りながら、欧州各地のクリスマスマーケットを巡る船旅なんだ。川の途中でロマンチック街道の側を通るから、たくさんの古城が出てきたりして、楽しいんだよ」


 ひと通り説明を終えると、彼女が「ふぅん」と呟いた。

 顔の向きを変えてテレビを覗いている。


「……いつか、テルと一緒に、こんな旅行にいけたらいいのにね」

「うーん。流石にクルーズ旅行は無理かなぁ。行けたとしても、日帰り温泉旅行くらいだよ」


 僕も膝に落としていた視線をテレビに向け直して、ふたりで番組を楽しんだ。




 スピーカーから、優しい音色の音楽が流れだした。

 番組終了と次回予告のBGMだ。


 テレビを観終えた僕らは、少し手持ち無沙汰になった。

 まだ眠るには少し早い時間。

 膝に預けられた栗色の髪を眺めながらボーッとしていると、彼女が急にガバッと頭を上げた。


「そうだ! このまえ買ったゲームをしようよ!」


 先日ふたりで寄った輸入雑貨屋さんで、ボードゲームを買ったのだ。

 彼女の提案に内心で頷く。


「うん、そうしようか。眠る時間までの暇つぶしに、ちょうどいいよね」

「やった。じゃあ私、ゲーム持ってくるねー」


 彼女は口に出すなり体を起こして、トテテと歩きだす。

 クローゼットを開いて、そこの奥に納められたボードゲームを持ってきた。

 そのままフローリングの床にいそいそとゲーム盤をひろげて、僕を誘う。


「テルー、準備できたよ。こっちおいでー」

「わかった。いま行くよ」


 ソファから腰を上げ、フローリングに直に座る彼女の対面に、同じよう座りなおした。


「はい。これ、テルのオバケね」


 オバケの駒を手渡してくれる。

 このボードゲームは、『ガイスター』というふたり用のボードゲームだ。

 世界中で楽しまれている名作である。


 ゲームのルールはとても簡単。

 駒には良いオバケと、悪いオバケがある。そして勝利条件は3つ。


 まずひとつ目。

 将棋のように駒を配置して、相手の良いオバケを全部取ってしまえば、取った方の勝ち。

 次にふたつ目。

 自分の悪いオバケを相手に全部取らせるのでも良い。

 最後のみっつ目。

 自分の良いオバケを、1体でも相手陣地にある脱出口から逃がすことが出来れば、それでも勝利となる。


 実はこのゲーム、彼女はなかなか強くて、僕は負け越している。


「あ、そうそう、テル。3回負けたほうが、相手のいうことを、何でもひとつ聞くのよ?」


 よし、今日こそ勝ち越すぞと袖を捲っていると、急に彼女が、そんなルールを持ち出した。


「え? 聞いてないよ、そんなルール」

「いま決めたんだもん。じゃあゲーム開始ね!」


 早速彼女が駒を動かした。


「あ、先行……」

「にゃふふ。早い者勝ちなのよ?」


 少し苦笑をしてしまう。

 僕は微笑んでからボードゲームへと視線を落とした。

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