俺と姉さんとえんどう豆
リビングに下りて行くと、姉がエプロンを着けてキッチンに立っているのが確認出来た。
胸元まで伸ばされた髪は、後頭部で一つにまとめ上げられており、姉が動く度に左右に揺れる。
「何作ってんの」
思い浮かんだ疑問をそのまま口から流せば、姉は手元から視線を上げて俺を見る。
それから、余程集中していたのか、今気付いたと言わんばかりに目を丸くした。
実年齢よりも幼く見えるその表情を見ながら、キッチンへと足を向ける。
姉の手元を覗き込めば、みじん切りされた玉葱。
親の敵と言わんばかりに木っ端微塵状態のそれを一瞥して、他の材料を見やる。
「……あぁ、ハンバーグ」
「うん。好きでしょう?」
答えない姉に変わって、材料を見てから何を作っているのか言い当てた俺に、姉はにっこりと笑う。
好きですけど、と口の中でだけ呟いて、ほんの少し赤くなった姉の目を見た。
何事にも挑戦する姉は、その挑戦を調理師免許まで伸ばし、今では立派な調理師免許保持者だ。
この前は栄養士免許を取ったとか言っていた気がするが、そんなひょいひょい取れるものなのだろうか。
多分違うけれど、姉がやると何だか、圧倒的にハードルが下げられているように見える。
……勿論本人にはそんなことは言わないが。
「ちなみにご飯は豆ご飯です」
ふふん、と鼻を高くしながら言った姉に、視線は炊飯ジャーに向かう。
保温状態のそれを開ければ、真っ白な湯気が視界を覆い、それが晴れた先には白と緑のコントラスト。
一気に食欲がなくなった。
「好き嫌いしてたら、大きくなれないよ」
眉を寄せた俺を見て、姉は木っ端微塵切りにした玉葱をボウルの中に入れる。
くすくすと鼓膜をくすぐるような笑い声と共に吐き出された言葉に、俺の眉は更に中央に寄り、眉間にはシワが刻まれた。
柔らかな湯気を立てる豆ご飯ならぬグリンピースご飯を見ているのも嫌になり、乱暴に炊飯ジャーの蓋を閉めてやる。
白米が食いたい、そんな呟きは姉の鼻歌によりかき消されていく。
「……勝手にでかくなってるよ。既にでかくなってるよ」
仕方なく、大きくなれないよ、という発言の方に反論をすれば、振り返った姉が花が咲いたように笑う。
「そうだね、大きくなった」と目を細めた姉は、何故、俺を眩しそうに見つめるのか。
豆ご飯ならぬグリンピースご飯は食えなくても、身長は伸びるし筋肉は付く。
いつの間にか姉の身長を追い越して、力技の喧嘩なんてしなくなった。
何も言わない俺を見て、姉はもう一度「大きくなったね」と言う。
水洗いしたその小さな手の平は、今よりも昔、もっと昔には、俺の手を包み込んでいたはずだった。
今ではもう、俺の方がデカイけど。
「姉さん、白米食べたい」
「だぁめ」
私の作る豆ご飯は嫌い?と笑いながら首を傾ける姉に、何も言えなくなってしまう。
視線を落とした先にはキラリと光る銀色のそれ。
姉の左手薬指に陣取ったそれを見て、そっと目を閉じる。
お腹がいっぱいになったような、食べ過ぎたような不快感が俺を包むから、俺は目を閉じたまま姉の言葉に「姉さんの作ったなら、食べるよ」とだけ答えた。