女神なんかじゃな…げふんげふん
救国の騎士であるオルフェウス・ガードナーは、生まれて初めての感情に心を揺さぶられた。
その美しく清らかな女性は少し黄色がかった白い肌に艶やかな黒髪を持ち、その黒色は魔力の強さを窺わせる。何よりも男を虜にするであろう蠱惑的な肢体は、オルフェウスの目を惹きつけてやまなかった。
「騎士様、なぜ私を助けてくださるのです?」
「それは……」
彼女の出自は不明であった。それでも尚、オルフェウスは彼女のために何かしてやりたいと強く思ってしまった。
それは一時の感情なのかもしれない。それでも良いと、彼はその美しい人の手を取る。
「貴女は私と同じく黒を持つ者。希少な為に目立つそれは、お一人で行動されれば悪者に狙われるやもしれぬ。出来ればこのオルフェウスを、お側に置いてやってはくれまいか」
オルフェウスはそう言うと、彼女の前に跪いた。
「いや、そうではない。魔王を倒しこの十年、私の人生にはもう何も起きないと思っていたのだ。だが今日、貴女に出会えて知った。私も恋を、愛を知ることが出来るのだと。そして私は騎士ではなく、一人の男として貴女を……」
「オルフェウス様……」
「オルと呼んでくれ、美しい人」
「では、私はエンリと……」
「エンリ……女神のような貴女に似合う美しい響きだ」
「オル……」
「エンリ……」
「つか、これ誰だよ」
スマホのブックアプリを閉じて、私はため息をつく。
読み始めてしばらくして出てきた女神のように美しい『エンリ』は、オルフェウスに助けられて一緒に旅をするって話になっている。それは私の現状と変わらない。変わらないがしかし。
「どこのエンリだ」
「お前だろ?」
後ろからスマホを覗き込んでいたオルは、当然とばかりに言い放った。
「女神とか書かれてるんだよ?」
「それは当たらずとも遠からずなんじゃねぇか?現に俺は『エンリの加護』とか持ってるし」
「それも何なのかな。私が神様扱い?……ぐぇっ」
私が笑いながら口走ったその言葉を聞いて、オルは急に顔を強張らせ、私を力強く抱き寄せた。
感じる筋肉とオルの匂い、そして微かな怯え。
「オル?」
「それにはエンリの事は書かれてないのか?ニホンとかそういうのは」
「それが無いんだよね。まぁそれは最後に明かされるかもしれないけど……」
「最後?」
「だってこれ、最後に『続く』ってなってるし、王都でのゴタゴタのところで終わってるし」
「…………」
オルは相変わらず私を抱きしめながら、何かを考えているようだ。
ぐっと深まる眉間のシワに手を当てると、オルはその手を握り、少し苦しそうに話し出した。
「俺はずっと不思議だった。異界とはいえ神を召還できるその力、エンリが使えるのは理由があるんじゃないかと」
「うーん、そういえば回復系のスクナビコナが言ってたような…神に好かれる理由があるとか…」
「それはなんだ?」
「言えないって。神格の高い神を呼び出して聞いてみろって言ってた」
「……それを聞いたらエンリはどうする?」
どうするって、私は別に……ああ、そうか。
私は一度オルから離れると、その広い胸筋に精一杯腕を広げて抱きついた。
「私はオルから離れないよ。そう決めたから」
「ん、そうだな。俺も絶対離れねぇ」
オルはニカっと笑うと、私を抱き上げて膝に乗せた。
おおう、恥ずかしいぞう。
ご満悦のオルを見て、まぁ今日は許してやろうと大人しく膝の上にいることにした。
神様ね。
聞いてみるしかないかなぁ……。
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