吟遊詩人のストーカー?
クラウス君はこういう人間です。
びっくりした私は、マイコちゃんに詰め寄って事情説明を求めてしまう。
困ったように笑っていたマイコちゃんだけど、私になら話せると『森の憩い亭』内の、昼間は人が居ないカウンターに案内された。
「本当は言うつもり無かったんですけど、エンリさんを見てたらうっかり口から出てました。隠密失格ですね」
クスクス笑うマイコちゃんは、失格と言いながらも楽しそうだ。
実は私も嬉しい。ヘンリエッタさんはアレだから無理だけど、この世界の女友達が欲しかったんだよね。
「ええと、マイコちゃんとクラウス君って、日本でも知り合いだったの?」
「はい。私は隣のクラスだったんです」
「え!マジで!?私はクラウス君と同じクラスだったから、マイコちゃんに会ってたかもね!」
「そうですね。ただ、私はいつも下を向いて顔を見せないようにしていたので、エンリさんは私を見てないと思いますよ」
「え?顔を?」
な、なんか踏み込んじゃいけない話?とか?
私の分かりやすい表情を読んだのか、マイコちゃんはクスクス笑い続ける。
「今は大丈夫です。向こうの世界では、私の顔が異性を狂わせる強い力を持っていました。それは私の魂の強さ…強いお酒みたいなもので。女性と家族以外とは接触しないように、日本にいた頃は常に下を向いて、髪で顔を隠していました」
「それは…キツかったね」
「それでも恋はしたんですよ。見ているだけだったけど、それだけで幸せでした。でも…欲が出てしまったんですよね。夏祭りで、もし偶然会えたら勇気を出して声をかけてみようって」
ドキドキしながら続きを聞く私。何だか怪しい展開なんですけど。
「遠くからでもすぐ分かりました。それまで私はお面をつけて顔を隠していたのに、暑くてつい外しちゃって…それを変質者が見てて…」
だめー!逃げてー!マイコちゃん!後ろー!
「気づいた時には暗い場所に引きずり込まれていたんです。欲を出したからバチが当たったんだと思いました。でも、そこに彼が来てくれたんです」
ああ!神よ!良かった!
「でも、彼は私を庇って刺されて…そのまま…」
ガッデム!!死にネタ禁止!!そういうの禁止!!
「で、その彼が、クラウス第三王子の前世なんです」
「へ?」
感情移入しすぎてポロポロ涙を落とす私を、マイコちゃんはハンカチで優しく拭いて、少しだけ痛そうに微笑んだ。
「私はせっかくの彼と神様の好意を拒否して、彼を追ってこっちに来ちゃいました。そしてストーカーだった私はこっちで隠密の力を手に入れたんです。ふふ、おかしいですよね」
「さすが適当神様だよ。でも彼の好意って?」
「彼は私を庇った上に、辛く苦しい感情を忘れさせようと神様に頼んだんです。そんなの要らないって言ったら、じゃあこっちで魔王と戦う彼の助けになりなさいって」
ニコニコ笑う彼女。
「だから私はずっと彼を見てるんです。彼の幸せを祈っているんです」
「マイコちゃん……」
笑顔の彼女を見る。なんか、なんか悲しい。でも何も言えない。これは当人同士の問題だ。
「あ、質問。隠密の力ってどんなん?」
「基本は忍術みたいなものなんですよ。例えばこの【隠蔽】とか」
フッと消えるマイコちゃん。さっきまで座ってた所に手をやっても何も触れない。
え?何?どうやったの???
慌てる私に、見慣れたキラキラオレンジが「見つけた!!」と隣に駆け込んで来た。
と同時に、顔を真っ赤にしたマイコちゃんが現れる。クラウス君が後ろからがっしり抱きついていた。
「もう!戻ったんなら城に報告に来てって言ったじゃん!すごく良いニュースがあるからって!
マイコが今日王都に戻るって言うから、その話をしながら美味しいご飯食べようと思って、王都グルメマップでめっちゃデートコース調べたんだよ!
あ、今着てるの吟遊詩人の衣装?何歌ったの?まさかシューベルトのアヴェ・マリア?
ずるい!俺も聴きたかった!俺それ好きなの知ってるでしょ?もう、しょうがないなぁマイコは……って、エンリさんいたの?」
「…………はい」
真っ赤になってヘニャヘニャなマイコちゃんを抱きしめながら、喋るだけ喋ったクラウス君は、唖然とする私に遅まきながら気づいた。
「ちょうど良かった、紹介するよ。この子は俺のマイコだよ。俺の隠密やってくれてるんだ。本当は辞めて欲しいんだけど、マイコは頑固でさぁ、そこが可愛いから許しちゃうんだけどさ」
ええと、つっこみ待ちなのか、ノロケたいのか、殴られたいのか、しばらく悩む私だった。
お読みいただき、ありがとうございます!
クラウス君回、もうちょい続きます。すみません。




