こういう時こそ魔法じゃないの?
宿に戻り、オルの意味深な微笑みを受けつつ、(私の理性が)危ういところで思い出した。
そう。錬成魔法の存在を。
「そんなわけで、市場に行きたいのよオル!」
翌朝、唯一あっさりしている朝食を食べながら、私はオルに強請った。
宿の朝食は毎日あまり変わらず、ベーコンとスクランブルエッグとサラダと黒パン。みたいなやつだ。
もぐもぐ頬張っていると、オルの愛おしい目線を受けてしまう。
「小動物みてぇだな…」
「あまり見ないでよ、恥ずかしいんだから」
「照れるエンリが可愛すぎ。部屋に戻るか」
「ちょ、何でよ!バカ!」
甘く微笑むオルに、顔を赤くして応酬する私。気づくと周りの視線が生温くなっていた。
……サーセン。
「オルもやる事があるでしょ?何なら一人で行こうと思って」
「んなことできるか。治安が良い所ばかりじゃねぇんだぞ」
そう言うと思った。過保護なお父さんみたい…
「そこは父親じゃなく恋人にしとけ」
また読まれた!!
「ミラ……俺の姪の誕生日が近い。市場で一緒に選んでくれ」
「大丈夫?他にやる事ない?」
「心配性だなぁ…そのミラが誕生日に王都に来るから、忙しくなるのはそん時だ。大丈夫だ」
「なら良いけど……」
オルには世話になりっぱなしだし、昨日の討伐で少しお金も入ったから、オルに美味しいものを食べてもらえるように頑張ろう!!
フンスと気合を入れる私の頭を撫でるオル。うむ。朝から糖度高めじゃのう。
よし!市場へ出発だ!
「……オル先生」
「なんだ?」
「……歩きづらいんですけど」
「俺は何も感じない」
「……不感症デスネ」
私は今、オルの輝かしい戦歴を誇る筋肉様に、頬っぺたを押し付けられて市場を歩いている。
筋肉に包まれるご褒美と、苦しい体勢で歩かされる苦行、そんな狭間をいったりきたりの私はついにキレた。
「もう!市場をゆっくり見せてよ!」
「ははは、ほら食材売り場に着いたぞ」
目の前には色とりどりの食材。
果物の名前を聞くと、日本語の別名みたいな名前だった。リンゴがリンキンだったり、オレンジがダイダイだったり。それでも見かけは同じだったから大丈夫だと思う。
小麦粉がショウバク粉だったりするもの面白い。
「オルは好き嫌い無いの?」
「何でも食うぞ」
「甘いのは?」
「食う」
エンリも甘いから食うとかほざいてるオジサマは(「後でね」って耳元で囁いたら耳まで赤くなって大人しくなったから)置いといて、調味料を売っている店を覗いてみる。
塩がエンだったり砂糖がトウだったりする中、やはり味噌と醤油らしきものは無い。
ただ、乾物屋があって昆布があった。昆布出汁なら作れる。
穀物の置いてある店から、大豆を試しに一袋買った。
錬成魔法は材料があれば作れるって神様が言ってた。味噌や醤油なら、大豆と塩で出来るはず。麹はカビだから空気中に存在している…あとはイメージだ。
東京寄りの関東に住む人間をナメるなよ?社会科見学は醤油工場だったっつの。
「オルさん、人気のないところに行きたい」
「エンリ…お前大胆だな…」
「ちょ、違、違う!魔法試したいの!」
「プッ、分かった分かった。こっちに行こう」
オルは素晴らしき筋肉で山のように食材を持ち、市場の裏にある空き地に入っていった。
空間魔法はまだ出来ないから荷物持たせてごめんと謝ると、使えても使うなと言われた。空間魔法の使い手は少ないから隠したほうが良いらしい。クラウス君も人前では使わないそうだ。
空き地には所々芝生があって、ちょっとした休憩スペースのようになっている。
人が居ないのを確認した。まずはハードルの低そうなクッキーから作ってみよう。
神様は「武器以外なら材料さえあれば作れる」って言ってた。という事は、料理だって完成形の状態で作れるはず。たぶん。
小麦粉、バター、塩、砂糖、卵を綺麗に布の上に置いて用意する。分量は何度も作った事があるから大体分かりますぞ。
心の中で完成をイメージして念を込めると、うっすら魔法陣みたいな模様が浮かび上がって、ふわっと光ると焼きたてのクッキーが布の上に現れた。
やった!これで和食に一歩進めたぞ!
お読みいただき、ありがとうございます!
ブクマがもうすぐで60…ありがたやありがたや…




