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偽りの己を知れ

作者: 黒猫

~出会いは、必然である~



今、私は、友人を待つためにいつも通っている短大の前の交差点にいる。

ぼーっと携帯で動画を見ているのだが、全く時間が経過しない。

一週間前ぐらいから流れているものなのだが、いじめられていた生徒がいじめていた生徒に仕返しをするという事件だ。

確かに、いじめた人にも制裁が必要だが、何もしてくれない教師にも報復が必要ではないだろうかと私は、考える……

自分の目が乾燥しだした。目薬がないと辛いレベルだ。

時計を見ると、待ち続けて十分経過していた。遅い……。

今日は、親友の未来と本屋に行く約束をしているのだ。

私は、推理小説を未来は、恋愛小説を買いに行くのだが……

一向に彼女が来る気配がない。

はぁ……。ため息をついていると隣に違和感を感じた。

振り向いてみると、そこには、ボサボサの黒髪を盛大にかきながら、青年が突っ立っていた。

眼鏡をかけているせいか、とても理知的に見えるのだが、

全身黒づくめの服に、堂々と風船ガムを膨らましているその姿、明らかに不審者である。

嫌だな……。横に誰かいるとすごく待つのが億劫に感じる。

人が近くにいる場合何かしていないと落ち着かないのだ。

……そうだ、書きかけの小説を書こう。

スマートフォンの電源を入れて、メール欄の未送信ボックスを開く。

そこに、書きかけの小説が溜まっているのだ。

私が書いている小説は、推理小説。題名は、『未来探偵スピーディヒロ』

その名の通り、数々の難事件を鮮やかにスピーディに解いていく探偵が主人公だ。

頭の回転が非常に速く、現代のネット技術にはない未来の機械を駆使して解いていく姿は、正に未来探偵である。

事件は、殺人事件や窃盗事件など様々。

時には、登場人物の誰もが血を流さない事件にも遭遇することがある。

確か今は、事件の解決編を書く前で止まっていたはずだ。

カタカタカタカタカタカタ……

手がかなりのスピードで進む。

この時に毎度思うことは、スマートフォンでは文字が打ちづらいということだ。

パカパカ携帯なら、これの倍のスピードで書き進めることが出来るだろう。

瞬きをするのも忘れ、夢中で打ち続けていると、

「すごいね、何をそんなに早く打っているの?」

いきなり、隣にいた不審者風な男に話しかけられた。

まずい……。行動をしたことが仇となった。

テレビをひたすら見ておくんだった……。そんなことを思っても、話しかけられたことは動かないので、渋々答えることにした。

「……小説を書いているんです。」

その言葉を聞くなり、彼の目の色がキラキラと輝いた。思わず一歩後ずさる。

「そうなのか、俺も、小説書いてるんだよ。ジャンルは、何?」

意外だった。小説を書いているなんて……。でも、きっと趣味で書いているレベルだろう。

「推理小説です。」

それを聞くと、また彼の目が一段と光輝いた。

「同じじゃん! 同士とこんなところで会えるなんて、嬉しいよ。」

すごくニコニコしている。何か、いけないことを言ってしまった気がした。

これ以上、この人との仲を深めてはいけない。

これは、女の勘ではなく推理小説を書く私の野生の勘である。

今にもここから逃げ出したいと思った瞬間、目の前にいる青年の携帯が鳴った。

着信音が、何故か学校のチャイム音で、笑いそうになったのだが、演じる魂を呼び起こし、なんとか平常を保つことに成功した。

今なら、逃げられるかもしれないが、未来との待ち合わせ場所がここである以上移動が出来ない。

そうだ、待ち合わせ場所を変えて貰おう。そう思い、新規作成メールを開いていると、未来からメールが届いた。

『梨桜、連絡するの遅くなってごめん。そっちに着くまでまだかかりそうだから、先に本屋行ってて。』

しめた……。ここから逃れられる。でも、まだかかるということは事故でも起きたのだろうか?

だが、この男から逃れられるなら、そんなこと気にする必要ないか。

すぐ未来に返信し、本屋に向かうことにした。

彼は、まだ電話をしているようだ。行くなら今しかない。

だが、何も言わぬまま去るのは、何か気がひけるため会釈をしてその場を去ることにした。

会釈をしようとしたその瞬間、彼の電話が終了した。まずい……。

そのまま立ち去ろうとすると……

「待って! 君、今から近くにある本屋に行ったりしない?」

何なんだよ! こいつエスパーかよ! そんな思いを、除外し嫌そうな顔を必死に変えるために、口角だけ思いっきりあげた。

「……今から、本屋に行きますよ。そこで、友人と待ち合わせをすることになったので。」

まさか、そこに連れて行ってくれなんて言うんじゃないよな? という思いで彼を見たのだが、

「よかった! なら、そこまで案内してくれないかな? 俺、鹿児島に初めて来るから全く分からないんだ。」

と、返された。やっぱりか……。別にそこまで案内するのは嫌じゃないけど、どこからどう見ても不審者だし、推理小説を書いているという時点で何か怪しいし……。

でも、そういうことを断る勇気は、私にはない。

「分かりました。案内します。」

渋々、彼を本屋(世界市場)に案内することになった。





「そういえば君、名前何て言うの? あ、そういう場合は、自分から名乗らないとだめだよね。」

さっきから、彼が一人でブツブツ話していたのだが、やっとお互いの話になった。

「俺の名前は、漆原圭。今日だけの出会いかどうか分からないけど、よろしくね。」

漆原圭……。やはり、聞いたことのない名前だ。

「私の名前は、北瀬梨桜です。鹿児島に来るのは、初めてだと言ってましたがここに来るまでは、どこにいたんですか?」

別にこんな話どうでもよかったのだが、本屋まで案内するためには、やはり会話は、必須になってくる。

キャッチボールをするのが礼儀というやつだろう。

「俺は、東京に住んでるんだけど、親友が十六の時に鹿児島に引っ越すことになったんだよ。いわゆる、親の転勤でね。それで、久しぶりに会いにわざわざ東京から来たんだ。あっちにいれば一緒に高校生活を謳歌できたのに。あれから四年……時間の経過って早いよね。」

ということは、彼の年は、二十歳か。私より、やはり年上だ。

でも、一つしか変わらないとは思わなかった。

「親友になったきっかけは、何なんですか?」

「家が近かったってのもあるかな。よく親友とその弟君とで遊んでたんだよ。今、思い出すと懐かしいな。」

しんみりとした顔で雲一つない空を見上げる、漆原さん。

大切な友と別れるのは、さぞ寂しかったことだろう。

「親友ってやっぱり、いいですよね。自分の傍からその人がいなくなると思うと、なんか寂しいかも。」

先程まで、この人のことを不審者呼ばわりしていたが、完全に感情移入してしまった。

「……君にも、大切な友人がいるんだね。」

「はい、何でも話せる人は、貴重だから大事にしなきゃって思ってます。」

すると、漆原さんの口がニヤッと片方だけ上がった。

「その大切な友人さんが、君の前からいなくなってしまったらどうする?」

なんなんだこの人……。いきなり物騒なことを言い出した。

「悲しくて、立ち直れないぐらい落胆すると思います。」

その言葉を聞いて、何が面白かったのかクスクスと彼が笑いだした。

不信そうな顔で見ていると、

「何か、ごめんね。俺、小説書いてるって言ったでしょ? だから、そういう言葉を聞くと、すぐ次の小説を書きたくなるんだ。君の意見を否定したわけじゃないから安心して。さっきの笑みは、新たな小説が出来そうだっていう笑みだから。」

そうかな……。少なくとも私には、この人がバカにしたように見えて仕方なかった。

「さてと、君は、推理小説を書いているって言ってたよね? それってどうやって書くの?」

いきなり、話が変わった。この人は、淡々と話を変えていくタイプらしい。

「色々な推理小説を読んで、それを参考にする時もありますけど全て自分の頭の中で考えた空想ですね。」

この言葉にかなり驚いたのか、彼の目が大きく見開いている。よく見ると、そこそこ目が大きいことに気が付いた。前髪であまりはっきりとは見えないが……。

「それって、結構きつくない? 空想の内容が尽きたら、小説が書けないってことでしょ?」

「まぁ、そうですね。でも、それはそれでいいと思ってますよ。小説には、スランプも付き物だと思ってますし。」

「でも俺は、そういうの無理だな。」

無理? じゃあ、この人は、どうやって小説を書いているのだろう?

「空想することを否定するんですか? なら、どうやって小説を書いているんです?」

「確かに小説を書くうえで大事なことの一つだと思うよ空想は。でもやっぱり、自分が体験した方が文にスラスラ書ける。日記と同じだよ。これは人それぞれだと思うけど、俺は、体験いや体感した方が物語のリアリティが増すと考えているんだ。現実に起きたことじゃなくてもいい。例え自分の夢で起きたことでもそれは、体感してるってことになる。空想も同じだと言われればそれまでだけどね。夢は自分が予期せぬことが起きるから、多少ぶっ飛んでてもハラハラ感が止まらない。空想は、自分の思い通りにストーリーを進める、いわば次元の宝庫。だから、空想することを否定はしない。でも、俺には、そのスタンスつまり空想が性に合わないってことさ。」

大きく伸びをしている彼のレンズが暗くなる。影……。

さっきまで雲一つない空だったのに雨雲が出てきたのか。

「世の中には、心の中に殺意を秘めている人がたくさんいる。そういう人達が、事件を起こしてくれればそれもネタになるよね。その材料に少しだけスパイスを加えればいいのだから。効率いいだろう?」

漆原さんの無邪気な笑み……。

一瞬、瞳が真っ赤に染まった。体中がゾワッとする。

この人が、書いているのは、推理小説だったはずだ。

まさか……。

高笑いをしながら歩いていく彼を私は、ただ呆然と見つめるしかなかった。この人、やっぱり不審者だ。いや、不審者どころじゃない。犯罪者なのか? でも、本当にやっているとは限らないし。私の手が震えている。これは、恐怖? それとも……。

そんなことを考えていると、彼が立ち尽くしている私の方へ振り向いた。

「でも、君も今、ゾクゾクしてるんでしょ? 俺と梨桜ちゃんは同じ目をしているもんね。」

同類の目……。なんだそれ……。私の目は、普通だ。目を擦りながら歩き出すと、目の前には、本屋(世界市場)があった。知らない間に到着していたのだ。

「へぇ、ここが例の場所かぁ。結構広いんだね。さすが、世界って言ってるだけはある。ここなら、色々な本がありそうだ。」

また、先程のキラキラした目に戻っていた。この人は、一体何者なのだろう。

その時、後ろから、息を切らしながら長い栗色の髪を無造作に揺らし、一人の女性がやってきた。

白いワンピースを着た彼女は、黄色のカーディガンを羽織っており、まさに女性という感じだった。私の服装や髪型とは、正反対だ。

「ごめんね、梨桜遅くなって。」

「かなり、遅かったね。何かあったの?」

「それが、私が乗ってたバス、エンジントラブルでずっと止まってたの。もう、びっくりしちゃった。」

そのおかげで、これまで変な人と過ごして来たのだが……親友の未来のためにも、ここは多目にみよう。

後ろを振り向くと、さっきまで本屋を見ていた漆原さんの姿がどこにもなかった。

あれ? いない……。中に入ったのかな?

最後まで失礼な人だったな……。

「ねぇねぇ、梨桜は、もう見た?」

いきなり、未来が満面の笑みで聞いてきた。恋愛小説のアニメ化でも決まったのだろうか?

「どうしたの?」

すると、彼女は、颯爽とスマートフォンを取り出し、ネットに接続した。

そして、ある一冊の小説を見せてくる。

「これ、SUK-0の新作。『動くマネキン』知らないの? 今日、発売だよ! 推理小説好きな梨桜なら、知ってると思った。」

嘘……。SUK-0先生の次回作、今日発売だったんだ。私としたことが見過ごしていた。

早速買わないと……。

「これね、試し読みで、最初の十ページが読めるんだよ。SUK-0先生って、最初にあとがきみたいなのを書く特殊な先生だよね。」

そう言って、未来が私にスマートフォンを差し出した。どれどれ…

『あなたは、殺人を実行することに、ワクワクしますか? それとも、見ることにそういう感情を抱きますか?

私は、後者です。実行することに対しては、恐怖を抱いてしまうのですが、それを見ることに関しては、ゾクゾクしますね。推理小説を読んで、そう思う人が必ずしもこちら側の人間とは、言いませんが、きっとそういう人達は、私と同じ目をしているのでしょう。さぁ、今回は、動くマネキン……。』

……同類の目。

『でもさ、君も今、ゾクゾクしてるんでしょ? 俺と梨桜ちゃんは同じ目をしているもんね。』

先程の彼の言葉が蘇る。まさか……。でも、そんなことって!

偶然なのか?

それにしては、セリフも全く同じことを言っている。

だが、SUK-0先生のファンということもありえる。

私は、本屋へ駆け込んだ。

「え、待ってよぉ。」

未来が慌てて後を追いかけてくる。

急いで、『動くマネキン』を探した。

一番上にある黒い本。あれだ!

『キーンコーンカーンコーン、学校という地獄の場所を一瞬にして天国にしたあの時間を僕は今も宝物のように大切にしている。』




私は、本を棚に戻した。

内容は、大体理解できたつもりだ。

これは、主人公の少年が学校にある制服着用のマネキンを使っていじめの共犯者である五人に、報復していくという物語である。

物語の最後に、この事件の黒幕みたいな人物が次のターゲットの写真に、ダーツの矢を投げて終了していた。

確か、先生は、殺人を実行するのには恐怖を感じるが見ることに関しては、ゾクゾクすると……。

まさか、この黒幕が!?

待てよ。思い出せ……。最近の事件で、ある生徒がいじめていた生徒に、仕返しをするというニュースが一週間ぐらい前から流れていたはずだ。

まさか…… あれを……。

息をするのを忘れるぐらいその場に立ち尽くし、次の瞬間本屋中をくまなく探し回った。

だが、彼は、どこにもおらず外にも姿は、見えなかった。

「もう、どうしちゃったのよ。」

半泣き状態で、未来が私のところにやって来る。

その時、救急車のサイレンの音が聞こえてきた。

ピーポー、ピーポー、ピーポー……。

音を聴く限りだと、恐らくパトカーも何台か来ている。

「近くで二十歳ぐらいの男の子が亡くなったらしいわよ。ナイフで刺されて道路に倒れていたんですって。」

「通り魔かしら? その子の近くに駆け寄って泣いていた黒服の青年が可哀想だったって話よ。それにしても、最近物騒よねぇ。」

本屋の近くに住んでいるおばさん達が、ため息をつきながら話をしている。

事件が起きたんだ。

もしかして、黒服の青年って漆原のこと……でも、何故、あいつが泣いているんだろう?

亡くなっていた青年というのは、誰だったのだろうか。

もしかして……。

気分が悪くなったため、左ポケットからハンカチを取り出すと、それと同時に白い紙らしき物が落ちた。

「梨桜、何か落ちたよ。」

未来が、拾ってくれた紙を広げてみると、それは、あいつからの手紙だった。

『君が、この文を読んでいるってことは、俺の正体を推測した後だよね。仮にもし、SUK-0が、小説のために犯罪を犯していたとしても何も証拠がない。だから、警察は動かない。梨桜ちゃんは、俺の気持ちが分かるよね? 毎日の生活が退屈で仕方がない君にもっと刺激を贈るよ。 チャイム音と共にね。』

読み終えた途端、足がガクガク震えだした。

彼の電話の着信音は、確か『動くマネキン』の最初の文章だった。

『キーンコーンカーンコーン』

全て、計算通りだったんだ。

「梨桜、大丈夫?」

心配そうな顔で、未来が私を見ている。

「うん、大丈夫……。」

震える足を、強く叩いた。

きっと、あいつは、私の本性を見破ったんだ。

これまでに、誰かに殺意を向けたことがあると。

でも、私は、実行に移してはいない。胸に秘めているだけだ。

もしかして、私を次のターゲットにするつもりじゃ……。

次第に速まる心拍数……。

私は、染まらない。

絶対に。

持っていた白い紙を、血が滲むぐらい強く握りしめた。

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