開拓地
「知らない天井だ……」
クルトが目を覚ましたのは森の中、ではなくどこかの室内でした。
そしてこのセリフ。いろんな物語で主人公たちが口にしてきたこのセリフをまさか自分が言うことになるとはクルトは思いませんでした。
しかし、本当に彼はこの場所を知りません。
図書館の離れでもなく、彼の倒れた森の中でもないのです。周りに机やタンスなどの家具がいくつか置かれていることから、ここがどこかの民家なのだろうとクルトは思いました。
怪我をしたところはしっかりと手当てがされており、あの森での一連の出来事が夢ではなく現実の事だと言う事を物語っています。
現実、と言っても、ここは本の中なわけですが。
(本の中でも、感じる痛みや疲労は現実と変わらないんだなぁ。それに、紬さんが言ってた通り、この本がどんな物語なのか思い出せないや)
図書館で紬に渡された本は間違いなく、読んだ記憶があります。しかし、舞台がどこなのか、どういう結末を辿ったのか、全く思い出せません。
コンコンと扉をノックする音がしました。そして、その扉を開けて1人の男が、入ってきました。
「お、坊主。目が覚めたのか」
入ってきたのは、森でクルトを助けてくれた初老の男でした。
「怪我の方は大丈夫か? 治療をした感じはそこまで深い傷はないみたいだったが……」
「はい。おかげでほとんど痛みはありません」
「それは何よりだ」
そう言って、男は笑いました。
どうやら彼が治療をしてくれたようです。
「そういや、自己紹介がまだだったな。俺はゼシート。ゼシート・ハウゲルだ。騎士をやってる。よろしくな」
「クルト・カーティスです」
クルトもゼシートに習って自己紹介をしました。しかし、ここは物語の世界。どういった自己紹介をしていいのかわからず、名前だけの紹介になってしまいました。
「ところで、お前さん。見ない顔だが、旅人かなにかか?」
「まあ…、そんなところです…」
「ふむ、何かと訳ありみたいだな…」
クルトは決して嘘は言ってません。ただ、外の世界からきたという、ある意味旅人と同じようなものですから。
「あの、ところでここはどこなんですか?」
「あぁ、まだ言ってなかったな。それを説明するなら、外を見た方が早いな。立てるか?」
「大丈夫です」
「それなら、ついてきてくれ」
ゼシートに連れられて、クルトは部屋から出ていきました。
クルトはゼシートに連れられて市場のような場所に連れていきました。
「すごく賑やかなところですね」
市場は沢山の人で賑わっており、活気に溢れていました。
中には作業服を着た人や、森でゼシートがつけていたような鎧を着た人もちらほら見られました。
「ここは開拓地だからな。自分の店を持っていない人や商人がああやって、商品を売ってるんだ」
「開拓地ですか?」
「ああ。ここは森の奥にある洞窟以外は魔物の巣がないことがわかったから、こうやっていろいろな人がこの場所に集まって来ているんだ。俺は開拓中のこの村の防衛のために派遣された騎士の1人だ」
そうゼシートは言いました。そして、クルトはこの市場にいる騎士の人たちもまた、ここの防衛に派遣された騎士なのだということがわかりました。
そもそも、騎士とは街の防衛や迷宮の探索及び調査が主な仕事です。それはクルトの時代でも変わりません。
「そういえばもう昼時か。坊主、腹減っただろ? ほかの場所の紹介はそれからにしないか?」
「わかりました」
クルトも市場に並んでいる屋台の音や匂いに食欲を刺激されていました。
「それじゃあ行くか。ここは良い食材がたくさん取れるからな。その分飯もうまい。期待して良いぞ」
それは楽しみだな。と、クルトは心を踊らせながら、ゼシートについて行きました。
ゼシートがクルトを連れて入ったのは、市場から少し離れた場所にある小さな食堂でした。
店内は昼時ということもあり、沢山の人で賑わっています。
「おや、ゼシートじゃないか。いらっしゃい」
接客をしていた女性がこちらに気付き、声をかけてきました。どうやらゼシートの知り合いのようです。
「ミラ、どこか席は空いてるか?」
「あぁ、奥の方がまだ空いてるよ。1人でいいかい?」
「いや、今日はこいつと2人だ」
そう言ってゼシートはクルトを指しました。
「おや? 随分と若いようだが、あんたの弟子かい?」
「いいや、こいつは旅人だ。訳あって俺がこの町の案内をしてるんだ」
「若いのに旅人とは少し訳ありみたいだね。汚い店だが、味は保証するよ。腹いっぱい食って行ってくれ」
「わかりました。お料理、楽しみにしてます」
ミラは頷くと、メニューをテーブルに置きました。
「決まったら呼んでおくれ」
そう言って、ミラはテーブを離れました。
「彼女はここの女将のミラだ。料理を残すと怖いから、絶対に残すなよ?」
「わ、わかりました」
クルトのミラへの第一印象は面倒見のいいお母さん、というふうでしたが、ゼシートが注意をしてくれるくらいなのだからきっと怒らせると怖いのだろうなとクルトは思いました。
ゼシートはクルトの返事に満足したのか、頷くと、ミラが置いていったメニューを開きました。
「どうした? ここは俺が奢るから好きに頼んでいいぞ?」
よくよく考えてみると、クルトは自分がお金を持っていないことに気が付きました。どうやってそのことをゼシートに切り出そうか悩んでいると、そのことに気が付いたゼシートが声をかけてきました。
「いや、でも、申し訳ないです……」
流石に今日出会ったばかりの人に、ご飯を奢って貰うのはクルトも気が引けました。
「なに、気にするな。元からそのつもりで誘ったんだから、遠慮なく食べるといい」
そう言われて、じゃあ、遠慮なく。と言えるほどクルトは図太い神経をしていません。
「あの、ゼシートさんのお勧めはなんですか?」
どれを頼むか悩みましたが、クルトはゼシートに頼ることにしました。
わからないことや、困ったときは人に頼るのが一番です。
「そうだな。それなら、ここの看板メニューを頼んでみたらどうだ? 俺も、ここに来るときは必ず食べてる料理なんだが」
「看板メニューですか?」
「ああ」
「わかりました」
「おーい、ミラ。注文頼む」
ちょっとまちな。と、手に持っていた料理を運び、クルトたちのテーブルに来ました。
「いつものやつを、二つ頼む」
「いつものやつだね」
ちょっと待ってな。と、ミラは厨房の方へ行きました。
「あの、ゼシートさん。看板メニューって、なんですか?」
クルトは未だにゼシートから、看板メニューを聞いていません。
「それは来てからの楽しみだ」
「お待たせ」
数分としないうちに料理が運ばれてきました。
「冷めないうちに食べなよ」
ミラはそういうと、また、別のテーブルの方へ行きました。
「あの、ゼシートさん。これってシチューですよね?」
クルトたちのテーブルに置かれたのはシチューとバケットでした。
「ああ。まぁ、とりあえず食ってみろ」
クルトはシチューを口に運びました。そして、
「っ! 凄く美味しい!」
ミルクの優しい甘さと、それに溶け込んだ野菜と鳥の旨み。野菜は口に入れた途端に崩れるくらい柔らかく煮込まれ、鳥肉は程よい弾力があり、噛む度に旨みがあふれてきます。
クルトは、一口一口味わいながら、シチューを堪能しました。
「ごちそうさまでした」
「どうだった?」
ゼシートが問いかけます。
「こんなに美味しいシチューは初めて食べました」
「だろ?」
ゼシートは少し誇らしげにいいました。
「まったく。なんであんたがそう誇らしげなのさ」
そう食器を下げに来たミラが言いました。
「ミラさん。シチュー、とっても美味しかったです」
「それは良かった。また時間があったらきなよ」
「はい!」
勘定、ここに置いとくぞ。と、ゼシートがそのまま店を出ていったので、クルトも慌ててその後をおいました。
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