森の中で
「はっ…、はっ…」
クルトは森の中を全速力で走っていました。
そして、彼を追う3つの黒い影。
「うわっ!!」
クルトは木の根に躓きその場に倒れました。
「あっ……」
3つの影は、鋭い牙をむき、クルトに襲いかかりました。
あぁ、これで終わりなのかな…。僕、何にもまだ出来てないのに。
と、クルトは思いました。
人は死ぬ時、割とどうでもいいことを考えて現実逃避をするようです。
そもそも、クルトが何故こんな森の中で追われることになったのか。
それは、彼が目を覚ましたのが森の中だった。ただそれだけの事です。
クルトは慌てました。目を覚ましたら薄暗い森の中。
手持ちには道具どころか、地図すらありません。
木に登ればなにか見えるかも。とクルトは思い、彼の近くでは一番幹の太い木に登ってみることにしました。
そして、クルトはそう遠くはない場所で煙が上がっているのを見つけました。
あそこまで行けば人がいるかもしれない。そう思い、その煙の方に向かって歩いていきました。
しかし、それがいけませんでした。
クルトがそこで見たものは、無残に荒らされた野営地の後でした。
そして、そこに転がる大型犬のような魔物の死体でした。
野営をしていた人たちはうまく逃げることが出来たのか、死体は全て魔物のものだけでした。
逃げなければ、そうクルトは思いました。
その魔物を実際に見るのは初めてでした。しかし、知識はありました。
彼の通う騎士養成学校。そこで使われる教本には、ストーリアの周辺に出現する魔物の特徴が記されているものがあります。それは、演習の際、万が一の場合があった場合に対処できるようにです。
その本に、この魔物の事も書かれていました。
そして、教本に書いてあった特徴として、一番注意しなければいけない事。それは、この魔物は死に際に仲間を呼ぶことです。
ふと、後ろから足音がしました。どんどん音は近づいてきます。
だけれど、その足音は人のそれではありませんでした。
クルトは直感的に目の前の魔物と同じだと思いました。
クルトは隠れていた茂みから、飛び出しました。
そして、クルトを追うように3匹の魔物も茂みから飛び出してきます。
こうして、クルトの不運な鬼ごっこは幕を開けたのです。
こうして現在に至るわけですが、最早クルト自身ではどうすることも出来ません。
(あれ? もし、ここで死んだら外にある僕はどうなるんだ?)
そうなった場合の事をクルトは紬から聞かされていません。
もしかして、現実にいる僕も死ぬのでは?
そうクルトは思いました。
(死ぬなんて、絶対に嫌だ!!)
クルトは迫り来る魔物の牙をクルトは転がるように避けました。牙はクルトをか擦りましたが気にしている場合ではありません。
クルトは逃げようとしました。しかし退路を塞ぐように3匹はクルトを取り囲みました。
じりじりと、クルトの方に近付いてきます。
そして、今度は一斉に飛び掛って来ました。
今度こそダメだと思いました。
「おい坊主、伏せろ!!」
突然怒号とも言える声が聞こえました。
クルトはその声に従うようにその場にしゃがみこみました。
そして、クルトを掠めるように、何かが3匹の魔物を襲いました。
生暖かいものがクルトにかかりました。
「すまなかったな、坊主。大丈夫か?」
何故謝られたのか。
クルトは顔を上げました。その視界には真っ赤な血が写りました。鉄のような生臭い匂いも鼻につきます。
当たりを見回すとつい先程まで、クルトを襲っていた魔物が血を流し事切れています。
クルトは返り血を浴びたのだと思いました。
そして、誰かに助けられたのだと気付き、慌てて声の主の方を見ました。
そこには全身を覆う鎧を来て、手には大きな盾と鋭い切っ先の長剣を持った人物がいました。
頭に付ける兜は脇に抱えており、顔を見ることが出来ます。鋭い眼光を放つ初老の男でした。
「いえ、助けて貰い、ありが…とう……ござ…」
(……あれ?)
クルトはどんどん意識が遠ざかっていくのが分かりました。
起きたら見知らぬ森というストレス。魔物に襲われるという極度の緊張と恐怖。そして、足場の悪い森での逃走による疲労に、クルトの精神と身体は限界でした。
そのままクルトの意識は闇の中に沈んで行きました