窃視
視線は温度を持つと言ったのは、誰だったのか。
内腿に注がれている視線の温度を感じて、目覚めた。
目覚めたという言い方は、ちょっと違う。
夢の世界から現実のこちらの世界に、意識が戻ってきたと言った方が正しいかもしれない。
夏休みのグループ課題の相談をしているうちに、うたた寝してしまったらしい。
テーマを決めようと、親友のユミ、幼馴染のヨータ、ヨータの親友のコウスケと私の4人で、ヨータの家に集まったのだ。
脱線しまくって、テーマは決まらないまま。そのうち眠たくなってきたところまでは覚えている。
やけに静かだ。たった一人、視線の主の気配を除いて、他の人の気配は全くしない。
視線は、依然として、むき出しの内腿から動かない。
私は、目覚めたことを気付かれたくなくて、不自然にならないように注意を払いながら息を殺す。
視線の主は、誰だろう。
視線の主に、私はどんな姿で映っているのだろうか。
心臓が、いつもの3倍のスピードで拍動していて、息苦しい。
酸欠で倒れちゃうんじゃないだろうか。
苦しくて、もう、限界・・・と覚悟を決めたとき、顔のすぐ近くで、空気の動く気配がした。
視線は、内腿、お腹、胸、鎖骨へと、徐々に、徐々に、ゆっくりとあがってくる。
そして、その視線がついに唇に注がれる。
私は、表情を変えないようにと、顔の筋肉の動きを止める。
唇に、視線だけではないフィジカルな気配がし、その次に起こることに予感めいた期待を感じる。
緊張が高まり、息苦しさも、心臓の拍動も最高潮になる。
「バタン」
玄関からのドアの開く音とガヤガヤと数人のにぎやかな声が、高まりきった緊張を破った瞬間、
「お前、いつまで寝てるんだよ、いいかげん起きろっ」
と、顔のほんのすぐ近くで怒鳴られて、バシンと頭をどつかれた。
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うるさいっ!
学校の宿題をするといって、お兄ちゃんの友達が和室に集まっている。
でも、ちっとも勉強する気配はなく、どうでもいいおしゃべりばかりで騒がしい。
文句を言いに行ってやろうと思っていたら、急に静かになった。
みんな帰っちゃったのかなと、様子を見に行くと、ヨーコちゃんが大の字になって寝ていた。
そのすぐ横に、お兄ちゃんがぼーっと立ってる。
お兄ちゃん、何してるんだろう?
よくよく見てみるとお兄ちゃんの視線は、ヨーコちゃんの脚の間。
ちょっと!ヨーコちゃんの寝ている隙に、パンツを盗み見してるの!?
慌てたけど、スカートじゃないから、パンツは見えなくてギリギリセーフ。
って、そんな場合じゃない。
お兄ちゃんが、ヨーコちゃんに変なことをしないように止めに行かなきゃ。
近づいた時に、気付いた。
ヨーコちゃんは、実は起きているってことに。
すごく不自然な息遣い、そして、赤い顔。
なんで、寝たふりをしているんだろう。
起きているのなら、自己責任ってことで止めにいかなくてもいいのだろうか。
考えているうちに、お兄ちゃんが怪しい動きを始めた。
お兄ちゃんは、ゆっくりとしゃがむとヨーコちゃんの口に何かをいれようとしている。
なんだろう、なんだか気持ち悪い、見たことが無いようなもの。
虫?動物?未知の物体?カテゴリーさえ、よくわからない。
それに、あの人、本当にお兄ちゃん?
顔はよく似ているけど、表情とか雰囲気が全然違う。
誰? あれはいったい誰だろう?
言いようがない恐怖に、ゾクゾクと肌が粟立つ。
「バタン」
玄関からのドアの開く音とガヤガヤと数人のにぎやかな声が、高まりきった緊張を破った瞬間、
「お前、いつまで寝てるんだよ、いいかげん起きろっ」
といって、お兄ちゃんとよく似た顔の別人は、その見たことがない物体をヨーコちゃんの頭の中に叩き入れると、私の方を向いてニヤリと笑って消えてしまった。
アイスを抱えて戻ってきた本物のお兄ちゃんやユミさん、コウスケくんの3人のいずれにも、もちろんヨーコちゃん自身にも、今もなお、このことを話せずにいる。




