質問タイム
唐突な質問だった。
「よう、姉ちゃん。『マンガの神様』って誰か知ってる?」
「手塚治虫でしょ。有名でしょ。知らないの?」
「アチャー。『オサム』っていうんだ。『オサムシ』かと思ってた」
「馬鹿ねえ。で、いきなり何でそんなこと聞いてきたの?」
あたしがツッコミを入れると、弟は慌てた様子でこう言った。
「あ、いや、今のは単なる前フリで、それをちょっとドジったってだけ」
「ふうん。──で、本題は?」
「『小説の神様』って誰だと思う?」
なかなかの難問だった。志賀直哉という話もあるが、「小僧の神様」という著作に引っ掛けてそう呼ばれるようになったとも聞く。あたしか思うに、小説の神様といえばこの人、と万人と認めるような作家はいないんじゃないかな。──とはいえ、お手上げというのも癪なので、一応、こう答えておく。
「志賀直哉……かな」
「俺は森鷗外だと思う」
あれ、クイズじゃなかったのかな。ただあたしの意見を聞きたかっただけ?
「どうしてそう思うの?」
「だって、神様だろ」
弟はニヤリと笑ってこう叫んだ。
「オー、ガイ、ゴッド!」
ああ、これが言いたかっただけか。
さて今度は、こっちが弟に質問する番である。
弟は近所の事情には何かと詳しい。
実は、近所の山田さん(五十歳・男)が散歩している姿を最近よく見かけるようになった。
平日の日中に出会ったこともある。
仕事、やめたんだろうか。
弟ならきっと事情を知っているだろうと思い、訊ねてみた。
「ああ、あの人、会社クビになったんだ」
「ええっ! なんで? いい人なのに……」
「いい人かぁ? とてもそうは思えないけど」
どうやら見解に相違があるようだ。ここは一つ確かめねばなるまい。
「だって、真面目な仕事ぶりで、定評があったって」
「いや、『真面目に仕事してるふりだけで』『低評価だった』そうだぜ」
「人当たりもいいし」
「あの人何かと『よく人に当たる』んだよな」
「いつもニコニコと愛想がいいって」
「いつもニタニタと愛想笑いがキモいって評判だが」
「自ら前に出て部下を引っ張っていくんだって」
「勝手に前にしゃしゃり出て、部下の足を引っ張るんだそうだ」
「会社の顧客も『この人がいい』って」
「顧客は『この人はもういい』って口々に言ってたそうだぜ」
「ああ、そうなの?」
「そうだよ」
どうやらあたしが勘違いしていただけのようだ。なるほど。山田さんってそういう人だったのか。
「で、今、ブラブラしているみたいだけど、就職活動はしてないの?」
あたしがそう訊ねると、弟はちょっと小馬鹿にしたような口ぶりでこう言った。
「文筆業を目指すみたいだな。今書いてるのは、会社に入ってからクビになるまでの『カイコ録』だってよ」
続く