仮装現実
テレビを見ていた弟が不意にあたしに訊ねてきた。
「なあ、ハロウィンって何だ?」
「あんた、あたしにはすぐ『検索しろ』っていうくせに、自分には甘いのね」
「まあ、そう言うな。今、手元にスマホがないんだ。あのカボチャのお化けがハロウィンなのか?」
弟が画面に映ったぬいぐるみを指差す。
「馬鹿ね。あれはジャック・オー・ランタンっていうの」
「ジャック・オランウータン? サルなのか?」
ボケているのかマジなのか悩む。
「んなわけないでしょ。ランタンよ。ランタン」
「あー、ランタンか。――じゃ、ハロウィンって何かの記念日か? クリスマスみたいなもんか?」
「偉い人の誕生日じゃないようよ。――ごめん。あたしもあんまりよく知らないの。ジャック・オー・ランタンを飾って、魔女やお化けの仮装をする日だってことぐらいしかわかんないわ」
後で検索しておこう。
「仮装? ――そういや、コスプレ大会みたいなイベントが近々あったな」
「確かにあったわね。大勢で何でもいいからとにかく仮装して街をゾロゾロ歩くってやつ。あれってハロウィンの便乗だったのね。あんた、出てみる? こんなわけのわかんないイベント好きでしょ」
「いや、そんな趣味はないね。仮装なんて『バカそう』じゃん。衣装作るのも『たかそう』だし」
「そう。──じゃ、仮にもし絶対出なきゃならないとしたら、何に仮装する?」
「そうだな。軍用ヘリかな」
「『コスプレイ』ってことかい」
あたしが軽くツッコミを入れると、弟は肩をすくめて笑った。
「――あとは坊さんかな。『かそう』の場にはぴったりだ」
「お坊さんは割と本物がどこにでもいるから、目立てないわよ」
「そうかそうか」
どうもおちょくられているような気がする。
「で、姉ちゃんだったら、何の仮装をするんだ?」
「あたしは、虫からキノコが生えてるやつ、『冬虫夏草』にするわ」
「うわ、グロテスクだな、それ」
「何言ってるの。コスプレはこのぐらいインパクトがある方がいのよ。『仮装強烈』って言うでしょ」
「言わねえよ!」
なんだかんだで、あたし達はイベント当日、雰囲気だけでも味わおうと見物に行くことにした。一応、場の空気を読んで、それらしき服装も着ておく。いや、断じて参加者になったわけじゃないから。ただの見物人だから。
ちなみにあたしは中学時代に着ていたセーラー服。何の変哲もない。非日常の服を着ているという感覚を味わいたかっただけだ。弟は太い横線が入ったオレンジのタートルネックセーターに紺のパンツという出で立ち。――まさか、アニメ版のジャ〇アン……? お腹の出っ張り具合が妙に似ている。まあ、本人は否定したけど。
コスプレイベントの集合場所である公園に着くと、そこでは異様な身なりの男女が群れをなしていた。色とりどりの衣装、派手なメイクと髪形。あたしにはよくわからないが、皆、何かのキャラクターに成りきっているのだろう。そしてその周辺は、コスプレイヤーの見物と撮影を目的とするオタクっぽい雰囲気のギャラリーに埋めつくされていた。
「写真撮ってもいいですか?」
あちこちでそんな声が聞こえる。それに応じ、自らボーズをとってカメラの前に立つコスプレイヤーも結構いた。こういうイベントではそんな遣り取りがごく普通なのだろう。でもあたしはその手の交流はちょっと苦手だ。ああ、特定のキャラクターに扮しなくてよかった。
あれ、横にいる弟が、なぜか写真を撮られまくっている。やっぱりジャ〇アンか。ジャ〇アンなのかっ! 仮装の趣味はないって言ってたくせに、ノリノリじゃないの。
「姉ちゃんはこれを持つといいぜ」
どういうこと? よくわからないが渦巻き模様のヨーヨーをポンと渡された。
「それと、ほれ、指なしの革手袋。付けて」
「へ? なんでこんなの付けなきゃなんないのよ」
「まあ、ノリの悪いやつって思われたくなきゃ付けるべきだな」
あたしは首をひねりながら皮手袋をはめ、ヨーヨーを左手に持ち直した。
その途端。
あたしは大勢のギャラリーに取り囲まれ、無断で撮影されまくる羽目に陥った。
「チョー懐かし――い」
「スッゲ、似てる!」
「初代だよね。初代」
「決めゼリフ言って!」
そう言われたってこっちは何も知らないんだから。
傍らで弟がニヤニヤと嬉しそうな顔をしている。
くっ、やられた。――まんまと引っ掛かったわ。何の因果か、アッホの手口に……。てめえは許せねえ。
後で絶対に「泣かそう」。
その後あたしは、次々と押し寄せる傍若無人なギャラリーを捌ききれず、ヘトヘトになって早々に帰宅した。マジで行かなきゃよかったと思う。ローアングルからあたしを撮ろうとするギャラリーに弟が食ってかかる一幕もあって、正直途中で辛くなった。ま、コスプレイベントだけに「ふんそう」はつきものなんだけどね。
ああ、やっぱりあたしは……「悲劇のハロウィン」。
続く




