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バットエンド

 演劇の台本のアイデアを出してほしい。──弟がまたしてもあたしにそう言ってきた。

 弟の柔道部の先輩が高校で演劇部に入ったそうで、その人が弟を見込んで台本を依頼してきたのだ。


「去年の俺のクラス、三年を抑えて最優秀賞だったんだよな。あ、例のクラス対抗演劇祭な。あの時は姉ちゃんにはだいぶ世話になったが、台本にしたのは結局俺だったし、桃太郎役も俺がやったし、背景の塗りまでやったんだから、ほとんど俺のおかげで勝ったようなもんだった。演劇のプロに見込まれて、何の不思議もない」

「その先輩、入部したてなんだから、素人同然でしょ」

「演劇鑑賞歴は十年って言ってた。ベテランだ」

「何それ。つまり演技は初心者なのよね」

「いや、こないだ、ひと芝居打ってるところを見たんだけど、実に堂に入ったもんだったよ」

「ふうん」

 なんか妙な言い回しを使うな、と思いつつもあたしは話を進めることを優先した。


「──手伝ってあげないこともないわ。報酬次第だけど」

「取り敢えずギョーザ無料券五枚もらってきてある。三枚でどうだ?」

 弟がカーゴパンツのポケットからヨレヨレの封筒を取り出して、中身をあたしに見せた。

「ショボいわね。ギョーザ食べに行ったらラーメンが欲しくなるでしょ。結局、余計な出費がかかるじゃない。ラーメン無料券はないわけ?」

「う……姉ちゃんにはかなわないな」

 弟は苦笑しつつ尻ボケットからシワシワの封筒を取り出す。

「あるんかい!」


 まあ、こっちはちょっとアイデアを提供するだけだから、あんまりがめついことは言いたくないんだけどね。弟が何をどれだけ報酬としてもらったかくらいは知っておきたい。

「──まだ、何かもらってるんじゃないの?」

「ああ。あとは、手作りのチョコレートケーキを……。だけどこれは手土産みたいなもんだし、報酬とは言えないかも」

 うーん。手作りか。それも柔道部の先輩の。味に保証はないよね、きっと。


「そうね。じゃ、ギョーザ無料券三枚とラーメン無料券一枚で手を打ったげる」

「ケーキはいいのか?」

「遠慮しとくわ。手作りの物には心がこもっているから。ケーキはあんたが全部食べなさい」

「そっか。ありがとう」

「!」

 あたしは衝撃を受けた。まさかのフランス語。チョコレートケーキの話題で返ってきた言葉が「ありガトー」とは。そんじょショコラのダジャレじゃないぜ。



 さて、そんなこんなで安請け合いしてしまったわけだが、果たしてあたしに劇のアイデアのストックはあるのかというと、あるんだな、これが。こんなこともあろうかと日頃から考えておいたのだ。


  ただし、駄作である。傑作だったら、弟なんかに提供などしない。あたし自身が小説なりマンガなりに仕上げて、どっかに応募してる。


「出だしは、こんなモノローグからでどうかな?」

「どんなの?」


「『僕は日本一の掃除夫──そう自負している』」

 弟の目が輝いた。

「おっ、のっけから飛ばしてるな。『お気に入りのクリームクレンザーは、そう、ジフ(BYユニリーバ)だ』──なんてね」

「それはつまんないからボツ」

「おい!」


「──で、世界征服を企む悪の組織が二つあるわけよ」

「なんだよ。いきなり話を飛ばしやがって」

「のっけから飛ばしてるの」

「う……」

「行くわよ。──まず二つの悪の組織について。一つは野獣と人間の合成改造人間達の組織。首領は『ウルフ虎マン』。そいつらは『けだもの』と『人間』の属性を併せ持つ自分達のことを『人間だもの』と呼んでいる」

「へえ」

「もう一つはフルーツと人間の合成改造人間達の組織。首領は『柿本人マロン(かきのもとのひとまろん)』。そいつらは『くだもの』と『人間』の属性を併せ持つ自分達のことを『人間だもの』と呼んでいる」

「一緒じゃねえか」

「だから二つの組織は互いに潰し合うことになったの。『人間だもの』の呼称を自分達だけのものにするために」

「ふうん。適度にくだらない感じがいいな」

「でしょ。あとは、あんたのおバカな発想で膨らませてね」

「お、おい。もう少しアイデアをくれよ。組織の設定だけじゃ、あんまりだ」

 弟は慌てたように言った。──ここは悩ましいところである。行き着く先は駄作だとわかっているだけに、なるべく早い段階で弟の構想を取り込んで話の流れを変えたかったのだが。まあ、もうちょっとぐらいはいいか。


「じゃあ、お約束でいいならヒントをおげるわ。こういう話につきものなのは、ヒーローと裏切り者ね。ヒーローはさっきの掃除夫でいいでしょ。『必殺掃除人』みたいなイメージ」

「裏切り者は?」

「裏切り者の代名詞といえば、コウモリね。ちょうどおあつらえ向きに『フルーツコウモリ』ってのがいるのよ」

「あ、フルーツを食べるコウモリだな」

 弟が食いついてきた。知っている動物だったらしい。

「そう。そして、フルーツコウモリの合成改造人間が『フルーツバットマン』」

「なるほど。『フルーツバットマン』は当然けだもの側なんだけど、果物側が勝利した時のことを考えて、果物側に取り入ろうとするわけだな。『自分はコウモリに似たフルーツだ』とかなんとか言って」

「うん。やがてこいつの暗躍により二つの陣営の抗争は激化し、全面戦争に発展するの」

「それで『フルーツバットマン』は高みの見物を決め込んで結果を待つ、と。──ところで「ヒーロー』はいつ出てくるんだ?」

「それはあんたが決めればいいんじゃない。あたしなら二つの組織が共倒れになりかけのところで出すけど」

「イメージが湧いてきたぞ。こんな感じでどうだ?」


柿本人マロン 「誰だ貴様!」

ヒーロー   「ふはははは。俺か? 俺は、この世を汚す悪しきゴミを掃除して回ってる男」

ウルフ虎マン 「その気配……。お前、ただ者じゃないな」

ヒーロー   「なあに、ちょっと掃除がうまいだけの、ただの人間さ。それゆえ『ただ者』プラス『人間』で『人間だもの』と呼ばれている」

柿本・ウルフ虎「だったら素直に『人間』と名乗れ!」


 あ、あたしの駄作構想からちょっとズレてきた。いい傾向だ。

 弟が話を続ける。

 

「その時、悪の首領達の心が一つになったわけだな。んで、二人の必殺技が同時にヒーロー目掛けて放たれる。ウルフ虎マンの必殺技──ラドン温泉の数百倍の効能を持つ『スペシウム鉱泉』が、ヒーローに瞬時にして湯あたりを起こさせ、柿本人マロンの必殺武器『山鳥の斧』『しだり斧』の巻き起こす斬撃の嵐がヒーローに大ダメージを与えた」

「それ、劇で表現すんの、無理じゃない?」

「まあ、その辺はあとでゆっくり考えるとして、とにかくヒーローは撃退され、二人の首領の間には共通の敵を倒したことによる連帯感が生まれたわけだ。そして、和解。──二つの悪の組織は、共に世界征服を目指す合成改造人間の組織として共存共栄していくことが確認された。組織の名称はフルーツのF、アニマルのAを取ってそれぞれ、『人間・F・だもの』『人間だものA」に決定!」


 あれ、悪が勝っちゃったわけ? これは意表を衝く展開だわ。


「ちなみに敗れたヒーローは大いに反省し、出家して日本中をタダで掃除して回ることに。僧侶とししての名前は『清掃法師』。──なんちゃって」

「ところで、コウモリの扱いは?」

「やっぱりパターン通りだろ。果物の首領に『よくも騙しやがって』と追い出され、けだものの首領からは完全なる逆賊扱い」


ウルフ虎マン「なぜ、俺達を裏切った?」

コウモリ  「抗争がどんな結末になっても自分だけは生き延びたかったんですぅ。うまくいったら『儲け物』だと思って、突っ走っちゃいました」

ウルフ虎マン「お前なんか、もうケモノだなんて思わねえ。『のケモノ』だ!」



 はてさてどんな台本ができあがるのやら。


続く


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