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辛過ぎてゴメン

 今日の夕食はカレーライス。あたしのカレーは、作るたびに味が違う。毎回ルーの銘柄が違うのだから当然だ。従って「我が家の定番の味」なんてものはない。

 カレールーは基本的にとにかく安くて辛過ぎないものを、その都度スーパーで買っている。そして、ルーの味をベースに、キッチンの引き出しの中のスパイスを絶妙なライブ感覚で追加するのだ。──行き当たりばったりともいうけど……。

 ま、定番のスパイスを使っていれば、そうは失敗しないものだ。うっかり「酸っぱい酢」でも入れない限り。


 具材も適当だ。肉以外は、その時冷蔵庫や食品ロッカーにある食材の中から、余り気味のものや賞味期限が近いものを厳選して投入する。わざわざ材料を買ってくることはしない。──というわけで、今日のカレーの中にはじゃがいもやタマネギが入っておらず、エノキタケや豆腐やオクラなんかが入っている。具は何だってグーだ。具だ具だ言わない。


 なあに、カレーの味なんて、ルーで失敗さえしなければ、中身がどうでもそこそこおいしくなるものだ。唯一のこだわりといえば、全ての具材を最初にバターで炒めておくってことぐらいかな。


 さて。

「姉ちゃん、今日のカレー、辛えな」

 大口で一口食べた弟がそう言って水を飲む。

 その瞬間、あたしの背筋にぴりっとした緊張が走った。

 カレーが辛え、だと。

 これが普通の家なら、「しょうもないダジャレ言ってんじゃないわよ」の一言でその場は収束する。

 だが、言ったのはあたしの弟だ。弟が何の意図もなくそんなベタなダジャレを言うわけがない。きっと何かの前フリだろう。つまらないダジャレでこちらの反応を窺い、あたしの出方次第で次の一手を打ってくるとみた。その挑戦受けて立とう。

 あたしは敢えて言葉を返さないことにした。聞こえなかったふりである。もし、弟から応答を催促されたら、こう言ってやるつもりだ。

「ふん。華麗にスルーよ」


 しかし、現実には弟はそれ以上何も言わず、顔を真っ赤にしながら黙々とカレーを食べ続けた。

 もしかして本当にカレーが辛くて、そのことを指摘しただけだったのだろうか?

 いや、それならば、普通に「このカレー、辛くないか」と言ったと思う。下手にダジャレを混ぜるとそこに焦点が当たってしまい、真に言いたいことが伝わりにくくなる。弟もそれぐらい百も承知だろう。会話の流れで偶然ダジャレが成立してしまうことはあるが、今回は当てはまらない。ダジャレを避けようと思えば簡単にできたはずだ。


「ヒー、辛え!」

 弟が水をがぶ飲みする。

 ヒー、辛え、だと……。

 いきなりダジャレのレベルが上がった。ただの弱音のようでありながら、その実しっかり「He」と「彼」という英語と和訳からなる高度なダジャレが組み込まれている。僅か数文字で、そんなハイレベルな表現をやってのけるとは。


 弟の狙いが読めない。お手上げだ。あたしはダジャレには気付かなかったふりをして、ごく普通に言葉を返した。

「あんた、この程度の辛さで『ヒー』なんて言ってるの? 情けなくない?」

「火ぃ出るわ、この辛さ。姉ちゃんも俺の様子ばっか見てないで、自分の食ってみろよ」

 あ、弟の出方が気になって、食べるの忘れてた。

「辛いったって、ルーは中辛だし、それにスパイス足しただけよ。高が知れてる……うっ!」

 何よこれ。あたしは、思わず口から火を噴きそうになった。ホッとできない超HOT! 涙まで出て来ティアーズ。

「辛いじゃない! とんでもなく!」

「だからさっきから言ってる」

「へ?」

 ああ、じゃあ、今までのは全部あたしの考え過ぎ? 取り越し苦労で「おつカレー」ってか。なるほど。辛過ぎて言葉を選ぶ余裕がなかったってことね。

 あたしは納得した。だけど納得できない。

「なんでこんなに辛いのよ!」

「後から足したスパイスに問題があったんじゃないか」

「ええと、いろんなのを程々に入れたけど、辛いのはチリペッパーだけよ」

「前に姉ちゃん、オールスパイスとチリペッパー、間違えたことがあったよな。蓋の色が同じ赤だったから。同じ間違えをしてないか?」

「え、両方とも普通に入れてるから、取り違えってことは……──あ!」

 はたと思い当たることがあった。数日前にキッチンのスパイスの並べ方を変えていたのだ。それを今の今まで忘れていた。

 ということは、あの赤い蓋のスパイスは、オールスパイスでもチリペッパーでもなく、まさかのハバネロとハラペーニョ! そりゃ辛いわけだわ。

「ごめん。入れるスパイス間違えてた。どうしよう」


 完全にあたしのミスである。謝るしかない。

「瓶のラベルぐらいしっかり見ろよな。まあ、ちょっと辛くてびっくりしたけど、俺なら大丈夫だ。味はいいから問題なく食えるよ。どうせお代わりするつもりだったし、姉ちゃんのも俺が食ってやる。──で、姉ちゃんの分は改めて……ちょっと待ってな」

 弟はおもむろに立ち上がると、キッチンの方に向かっていった。


 数分後、弟がカレーの皿をお盆に乗せて持ってきた。カレーの色が少し白っぽくなっている。

「できたぜ。だいぶマイルドな辛さになってるはず」

「どうしたの、これ?」

「ルーをたっぷりの牛乳でのばして、薄くなったところを固形コンソメで味を足して、仕上げにクミンとオールスパイスを加えた」

 おお。なんか大丈夫そうな気がする。

 恐る恐る食べてみると、まだ少し辛いものの、充分イケる味になっていた。


「びっくり。おいしいわ」

 素直に感想を言うと、弟は照れくさそうな顔をした。

「食べた瞬間、捨てようと思ったほどだったのに、おかげで料理を無駄にしなくて済んだわ。助けてもらったお礼をしなきゃね」

「え、何かくれるのか?」

「とっておきのダジャレを聞かせてあげる」

 途端に弟の表情に失望の色が浮かんだ。ああ、一瞬期待させたのがまずかったか。反省。

「本当にとっておきのダジャレなんだけどな」

 本音を言うと、ただ自分の自信作を聞いてもらいたいだけだ。──しかし、弟はそのまま黙ってカレーを食べ始めた。

「お礼は素直に受け取るものよ」

 あたしがしつこく食い下がると、弟は面倒くさそうにこう言ったのだった。


「別に『しゃれー』はいいから」


続く 

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