得意は足技
俺は柔道部のエースだ。目下、地区大会では敵なし。去年の県大会はちょっとしたアクシデントで棄権してしまったが、なあに、まだ一年残っている。今年こそは絶対に県で優勝して、全中で暴れまくってやるぜ。
と思ってはいたのだが、これまで、うちの部ではなかなか密度の濃い稽古はできなかった。俺の乱取り(自由に技を掛け合う稽古)の相手を務められる相手が、部内に存在しないのだ。顧問の先生も柔道に関しては完全なド素人で役に立たない。いや、害悪ですらあった。受け身すらできないくせに、いっぱしの指導者面で稽古に口出ししてくるのだ。みんな迷惑していた。
「くそ顧問め。コモンセンスを疑うぜ」
とか、
「カンチョーしてやろうか。コ-モンに」
とか、部員達は陰で悪口雑言を言いまくっていたものだ。
ところが、この間、遂に顧問らしい仕事をしてくれた。全国大会を狙える器であるこの俺を鍛えるため、わざわざコーチを呼んでくれたのだ。
おかげで週二回は本格的な実戦稽古ができることになった。毎日でないのは残念だが、部の予算の規模を考えると、これ以上の贅沢は言えない。
いい「指導者」にはとかく維持費が掛かるものなのだ。
そう、車検とか。──あれ?
コーチの名は大河内 弘智。高知県出身で、コーチの満貫みたいな男である。
段位は三段。俺より二回り大きい巨体ではあるが惜しいことに三段腹ではない。パンパンに膨らんだ立派な太鼓腹である。乱取りの時は「よっしゃ来い!」と腹を叩いて気合を入れる。見事な太鼓打ちだ。ちなみに名古屋コーチンの焼鳥が大好物。──おお、コーチのハネ満になった。
そういえば、好きな飲物は紅茶だし、カバンのブランドはコーチだ。これぞまさしくコーチの倍満。
ん? バイマン?
ふと思いついてしまった。マンガン電池を遥かに超える性能の電池。その名も「バイマン電池」! 商品名は「超電池バイマン」。懐かしの戦隊ヒーローのパロディにもなっていてとってもクール。
そうだ。戦隊つながりで「太陽電池サンバイマン」なんてのも面白い。
それにしても今日はコーチ、やけに遅いな。
ま、何はともあれ、「指導者」が「来るま」で待とう「カー」。
などと下らないことをぼんやり考えていると、突如、柔道場に緊張が走った。大河内コーチのお出ましだ。
「よし。早速みんな走れ!」
俺たちは一斉に柔道場を周回させられた。それはもう、たっぷりと。その間コーチは腕組みをして偉そうにしているだけだ。この「ただ走るだけ」の時間もコーチへの謝礼に含まれると思うと、ちょっと割り切れない感じがする。──まあ、「指導者」には「ランニングコスト」が付き物か……って、ちょっとくどかったかな?
長いランニングの後、コーチに俺が指名されて、やっと乱取りが始まる。さすがはコーチ。俺よりデカイ図体のくせに、動きは速いわ、技は切れるわで付け入る隙がない。
俺は何度も払い腰で投げられた。まるで歯が立たない。払い腰が来るとわかっていても、細かい牽制でうまく態勢を崩されて、詰め将棋のように技に持ち込まれてしまうのだ。この辺の技術は俺もいつかは身に付けたいところである。
「オラオラ、お前も技を出せよ。稽古にならんだろが」
「オス」
「押すだけじゃ、攻めたことにゃならんぞ」
「オス」
こっちだって、好き好んで押してるわけじゃない。攻める気はあっても技に持ち込めないのだ。そのぐらい実力差があった。
だが、俺だってこのまま、やられっぱなしで終わるつもりはない。コーチにも弱点はあるのだ。
まず、コーチは現役を離れてからは、本格的なトレーニングをほとんど積んでいない。そしてこの巨体だ。二分も全力で戦えば急速に息が上がってくる。要するに持久力がないのである。
乱取りラスト三十秒。コーチもだいぶ動きが鈍り、俺でも太刀打ちできるレベルになってきた。そこからは満を持して俺の怒濤の攻めである。
終了寸前、得意の足技で遂にコーチをひっくり返すことに成功した。
「おお、なかなかやるようになったな。まさか俺が倒されるとは。次の大会が楽しみだ」
コーチが全身の大量の汗をバスタオルで拭きながら感心したように言った。
「いや、倒せたのはコーチが息切れなんか起こしたからっすよ」
「ま、それもそうだな。俺も鍛え直さにゃならんか。高地トレーニングでもするかな。──コーチだけに」
「そんなことより、俺たちと一緒にランニングしたらどうっすか。普段サボってっから息切れするんすよ」
「あいたたた。珍しく一本取られたなこりゃ」
「一本ならついさっきも取ったっすけどね」
「うぬぬ」
コーチが悔しそうな顔をした。でも、なんとなくではあるが、このコーチとはいい関係を構築できそうな気がするな。
さて、最後に俺がコーチを倒した足技を紹介しよう。──「コーチ狩り(小内刈り)」である。
続く




