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桃から生まれた……

 弟が学校で実に面倒な仕事を引き受けてきた。なんとびっくり。劇の台本を書くことになったんだそうだ。お調子者め。おのれの分をわきまえよ。


「級長におだてまくられて、ついオッケーしちまった。あいつ、妙に人を見る目があるんだよな」

「あんたが趣味でバカ話を書いてること、級長さんは知ってたの?」

「知らないはずだけど、俺、普段の言動が面白いからな。台本書きに向いてるって直感したんだってさ」

 弟が自慢げに言う。あんたの言動は面白いんじゃなくておかしいのよ。


「それはともかく、クラス対抗の演劇祭なんて、あたしの頃はなかったけど?」

「姉ちゃんの頃どころか、今年いきなりできたんだよ。その代わり恒例の合唱コンクールがなくなった。今年来た校長、長年、あちこちの学校で演劇部の顧問をやってたらしい。──ま、権力者のごり押しだな」

「全クラスが劇をやるなんて馬鹿げてるわ。時間かかり過ぎでしょ」

「一クラスの持ち時間は十分間。準備と片づけに各五分間だそうだ。クラス全員が出演しなけりゃならない縛りもないし、極端な話、一人芝居でもいいわけだから何とかなる。一応、衣装やら小道具・大道具やらを作るのも含めて、クラス全体で協力して作り上げる劇という体裁はとらなきゃならないがな」

「ふーん。で、あんたはどんな劇を書くの? 何の構想もなしに引き受けたわけじゃないんでしょ」

「いやあ、構想も何もホームルームで『桃太郎』のパロディをやるって決まっちまったからなあ」

「え、『桃太郎』ってストーリーは単純でわかりやすいけど、シーンが多くて十分間じゃとても収まらないないんじゃない? それにパロディったって、メジャーな話だからもうネタは掘り尽くされてるでしょ。おじいさんが山へシバかれに行くとか、桃を包丁で切ったら赤ん坊が真っ二つになって出てくるとか、桃太郎の侵略を鬼の視点で描くとか。──何をやっても、みんなどこかで見たような話になるわよ」

「だよな。そこを力業でどうにか面白くまとめるのが腕の見せ所ってわけだ」

「あんたにそんな腕あったっけ?」

「だから、姉ちゃんの腕の見せ所」

「はあん?」


 いきなり弟が額を床にこすりつけ、土下座した。毎度おなじみの光景といっていい。ホント安っぽい土下座だこと。

「すまん。協力してくれ。文章は全部俺が書く。アイデアだけ出してくれればいいから」

「別にその程度ならいいけど。でも、いい話にならなくても責任は一切取らないからね」

 というわけで、面白半分に知恵を貸すことにした。



 『桃太郎』


 おばあさんが川で洗濯をしていると、上流から大きな桃が流れてきました。ドンブラコドンブラコ。

「まあ、なんて大きな桃だこと」

 見れば見るほどおいしそうな桃です。おばあさんは洗濯の手を止め、どうやって桃を引き上げようかと思案しました。

「うーん。うーん……」


 …………。

 結局、おばあさん一人の力では無理だと判断し、渋々諦めたそうな。

 めげたし、めげたし。



「こんな感じでどう? 楽々十分以内に終わるわよ」

 あたしが笑いをかみ殺しながらそう言うと、弟は渋い顔をした。

「これじゃ短過ぎるだろ。クラスの連中からゼッテー文句が出るぜ」


「じゃ、こんなふうに付け足したら?」



 おばあさんはどうしても桃を諦めきれず、死ぬ気で頑張ってどうにか桃を岸に上げました。

 ところが重過ぎて、とても家には持って帰れません。おばあさんは泣く泣く桃を諦めたそうな。

 めげたし、めげたし。



「大して長くなってねえ!」

「台本化する時に、適当なセリフと動きで引き延ばせばいいわよ」

「盛り上がりがなさ過ぎるだろ」

「注文が多いわね。じゃあ、無理やり続けるわよ」



 一旦諦めたはずのおばあさんでしたが、見れば見るほどおいしそうな桃です。食い意地の張ったおばあさんは、桃をその場で食べてしまうことにしました。

 なぜか持っていた包丁で無造作に桃を切ります。

 ザクッ!

 いや、血しぶきなんて出ませんよ。例によって桃の中から玉のような男の赤ちゃんが出てきたのですが、ちょっと頭がへこんだだけでした。もっとも、その頭は最初からへこんでいたのかもしれません。赤ちゃんの頭は桃の実を逆さにした形にそっくりでした。


 おばあさんが家に赤ちゃんを連れて帰ると、一足先に仕事を終えて家で待っていたおじいさんは「我が子ができた」と大喜びです。そして赤ちゃんの頭の形を見て、思わず「桃かのう?」「桃だろ?」「桃だのう」と言いました。そのことから、赤ちゃんは「桃太郎」と名付けられたのです。


 その後十数年の歳月が流れ、なんだかんだで、桃太郎は鬼ケ島へ鬼退治に行くことになりました。実はこの桃太郎、少年の身でありながら、既に国で並ぶもののない豪の者へと成長を遂げています。おじいさんとおばあさんは、桃太郎に「日本一」と書かれたのぼり旗と小魚の干物を渡して、盛大に送り出してやりました。



 さて、桃太郎が旅をしていると、突然やせ衰えた男がよろよろと飛び出してきて無様に転びました。

「ちょっとそこの人、大丈夫ですか?」

「もう何日も食べていないのです。なんでもしますから、あなたがお腰につけている、キビナゴを恵んでいただけませんか」

「え、キビナゴって……? ──ああ、この小魚のことですか。うーん……」

 桃太郎はちょっと考えてから、痩せた男の前にキビナゴを差し出しました。

「家来になってくれるのならあげますよ」

 すると痩せた男は燃せた蠟の足元にいきなり平伏すると、こう言ったのでした。

「家来だなんてとんでもない。私めのような賤しい身分の者にそんな高待遇はもったいなさ過ぎます。──どうぞ『犬』とお呼びください。今日から私はあなた様の忠実な犬でございます。『足をお舐め』と命じられればすぐにでも舐めましょう」

「いや、死んだって命じないけど」

「それはまことに残念。切なくてワンワンないてしまいそう、犬だけに」

「勝手にナけば?」

 桃太郎は呆れた表情で冷やかに言い放ったのでした。



 さて、桃太郎と犬が旅をしていると、突然、頭をリーゼントにし特攻服を着たヤンキー風の男が現れ、こう言いました。

「拙者、キビナゴが大好物でござる。ぜひ譲っていただきたいのでござるが」

「家来になるならあげましょう」

「なるでござる。拙者、少し前までヤンキーをやっておりましたゆえ、同村の者からは『元ヤンキー』を略して『モンキー』と呼ばれておりましたでござる。どうぞ『猿』とお呼びくだされ」

「それは構いませんが、『元ヤンキー』を略したら普通『元ヤン』になりませんか?」

 桃太郎が問うと、ヤンキー風の男は殊勝な顔でこう答えました。

「そうならないよう、拙者から村の者にお願いしたのでござる。易きに流れる弱さを捨てサルことで、自分を少しずつ変えていこうと思った次第で……」



 さて、桃太郎と犬と猿が旅をしていると、突然、一羽の雄のニワトリに出くわしました。

「キビナゴをくださいケーン」

「家来になったらあげましょう」

「なりますケーン」

 実にノリのいいニワトリです。

 一方で桃太郎は、家来という名目でまんまと非常用の食料を手に入れ、密かに黒い笑いを浮かべたのでした。

「では、おともをさせていだきますケーン、私のことは『キジ』とお呼びくださいケーン」

「『キジ』?」

 桃太郎は首を傾げました。

「──そういえば、さっきからケーンケーンとくどいぐらいに繰り返してますが、あなたはどう見ても二ワトリじゃないですか」

 するとニワトリは羽をバタバタさせながら軽い調子でこう答えました。

「キジになる修行を積みましたケーン。キジにできることならなんでもできますケーン」

「なんでキジになりたいんですか?」

「オンドリは『コック』とも言いますが、キジは日本の『コック長』だと聞きましたケーン」

「それって、『国鳥』の間違いですよね」

「ケ、ケーン!」


 さて、いよいよ鬼退治です。


「ちょっと偵察してきますケーン」

 鬼ケ島へ向かう舟の上から、ニワトリが飛び立ちます。

「おお、本当にキジの如くに飛べるとは」

 桃太郎は感嘆の声を上げました。

「これぞまさしく、『フライドチキン』」

「…………。──いや、全然『これぞまさしく』じゃないでござる」

 『猿』が物陰でブツブツ言っています。


 さあ、いよいよ上陸です。金棒を持って迫り来る鬼達に向かって、桃太郎が大声で名乗りを上げました。

「ひとーつ! ひとよひとよにひとみごろ」

「ふたーつ! ふじさんろくおうむなく」

「みっつ! 醜き鬼ケ島の鬼を、退治てくれよう、桃太郎!」

「てめーら、人間じゃねえやぁ! たたっ斬ってやる!」

 まあ、確かに鬼は人間じゃありませんわな。


 そんなこんなで桃太郎は無事、鬼退治に成功しました。鬼どもが集めた財宝を荷車に積んで、故郷に凱旋です。

 おじいさんとおばあさんは歓喜の表情で小躍りしながら桃太郎を迎えました。

 早速、桃太郎一行と囲炉裏を囲んで宴会です。


 ………………。

 数日後、桃太郎は『犬』と『猿』に財宝を幾らか分け与え、暇をとらせました。「キビナゴ一匹でこき使いやがって。ブラック企業じゃねえか」という二人のヒソヒソ話が、桃太郎の地獄耳に届いてしまった以上、そうするしかありません。

 ガランとなった家来達の部屋に佇みながら、桃太郎は一人感慨に耽ります。

(犬は……居ぬ。猿は……去る、と。──キジは…………あれはおいしかったですね。まさか本当にキジの味がするとは。キジ焼きにしてあげたから、彼としても本望でしょう)

 そして次に桃太郎はこう思ったのでした。

(──それにしてもつまらないですね。この村は平和過ぎます。あんなに苦しい旅路だったのに、終わってみるともう心が冒険を欲してしまっています)


 桃太郎はその日のうちにおじいさんとおばあさんに別れを告げ、旅立ちました。せめてもの親孝行の証に、鬼の財宝を全て家に残して。

 そして、おじいさんとおばあさんは、財宝のおかげで何一つ不自由のない生活を送りましたとさ。

 めでたしめでたし。



 弟がふうっと一つ溜息を漏らした。

「おお、やっと終わった。ちょっと長かったが、ナレーションで状況説明をしまくったら、何とか時間内に終われそうだ。ありがとう。助かったよ」


 弟が礼を言ってくる。気が早い。気が早いぞ弟よ。


「待って。話はまだ終わってないから」

「えー、これ以上とどう続けるってんだよ」

「あたしはオチがないと嫌なの! こんなふうに締めくくりなさい。いいわね」


ナレーター「さて、ハッピーエンドで終わればいいものを、そうは問屋が卸さないのが世の常でございます。財宝の話をどこから聞きつけたのか、名前も知らないような遠い親戚がおじいさんとおばあさんの家に押し寄せ、金品をたかりはじめました。最初はチヤホヤされるのが嬉しくて大盤振る舞いをしていた二人でしたが、親戚どもの要求は留まることを知りません。少しでも渋ろうものなら「ケチ」だの「自分達さえ幸せならそれでいいのか。人でなし!」だの罵詈雑言の嵐です。気のいい二人も次第にうんざりしてきました」


おばあさん「(腕組みをして)困った、困った。毎日が辛過ぎる」


ナレーター「やがて、おじいさんとおばあさんの疲労困憊が頂点に達した時、あれほどあった財宝が遂に底をついてしまいました。すると金の切れ目が縁の切れ目とはよくいったもの。毎日ひっきりなしに訪れていた親戚どもが、もう寄りつきもしません。すっからかんになった蔵を呆然と見つめ、おばあさんはこう思いました」


おばあさん「(独白)ああ、こんなにつらい思いをするのなら、桃太郎を鬼ケ島へ行かせるんじゃなかった。いいや、そもそも川で桃を拾ったりなんかしなかったなら…………」


・暗転。舞台は最初のシーンの川に戻る。


ナレーター「そこでおばあさんは長い長い妄想からはたと我に返りました。そう。今までの出来事は、全ておばあさんが見た白日夢のようなものだったのです」


おばあさん「夢……を見てたの?──そうだ、桃は?」


ナレーター「おばあさんが川を見ると、巨大な桃がちょうどおばあさんの前を通り過ぎようとしていました。ドンブラコドンブラコ。引き上げるなら今をおいてありません。おばあさんは一瞬どうしようかと迷いましたが、すぐに決断を下しました」


おばあさん「やっぱりやめとこ……」


ナレーター「桃がどんどん下流へ流されていきます。もう引き上げることはできません」


おばあさん「これでいいのよ。わたしは正しい判断をしたんですから」


ナレーター「(声を張り上げ)おばあさんは、川で『せんたく』をしました」


続く

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