夢見る乙女
真っ暗だ。──わかってる。これは夢だ。あたしの夢は、いつも真っ暗な空間に一人ぼっちの状態から始まる。
弟が言っていた。これは明晰夢なのだと。夢の中で「これは夢だ」と気付けば、あとは自分の意志次第で自由に夢の内容を作り替えることができると。
でも、あたしの場合、今まで一度だって思い通りの夢を見られた試しがない。
ただ、いつまでも真っ暗なところにいるのも嫌なので、こう念じてみる。
「光あれ!」
おお、辺りが薄ぼんやりとした光に満たされた。毎度おなじみの何にもない空間が無限に広がっているのがわかる。
ゴトッ、と音がした。足元に何かが転がってくる。鉄アレイだ。なんで「光あれ」で光と鉄アレイが出てきちゃうの? そんなつまらないポケなんて、これっぽっちも欲してないのに。
そういえばこの前は、「もっと光を」と念じたら、懐中電灯が出てきた。「持つと光を」ってことか。馬鹿馬鹿しい。モツ煮込みが出てこなかっただけましだけど。
さて、思い通りに行かないことは経験でわかっているのだが、何もないところにいても退屈なだけだ。舞台を作ろう。ファンタジー世界とか、未来世界とか。──あたしは夢中で考えた。夢の中だけに。
そうだ。どうせなら思いっきりへんてこな世界にしてやろう。物理法則が逆転した世界とか……。
「わあっ!」
いきなり身体が宙に浮いた。物凄い加速で上空に飛ばされていく。そうか。重力が逆に働いて……。
にしてもあたしの妄想力って随分と貧困ね。物理法則が逆転したって設定で、あたしを飛ばすことしかできないんだもん。他の法則はいったいどこに消えたのって話。
それはともかく、あたしの上昇速度はどんどん増していく。うわ、速い。このまま宇宙に行っちゃうのかな? いやそもそも宇宙があるのかこの世界。
あれ、今通り過ぎたところに、何か光る物体があったわ。変ね。
あ、またあった。電光表示板だ。さすがは夢。ありえないところにありえないものがある。なんて表示されてるんだろ。
またまたあったわ。──ええと……うん、読めた。
[上に行くと目覚めます]
たぶんこんな言葉だったはず。
ええー、もう目が覚めちゃうの? 早過ぎない? まだ何にもしてないのに。──あ、ここにもあった。
[もう少し上に行くと目覚めます]
そういえばあたし、茶の間でテレビを見ながらうたた寝してしまったんだった。道理で目の覚めるのが早いわけだわ。
そっか。いい夢見たかったけど、もう起きるしかないみたいね。この次は絶対思い通りのすばらしい夢をみてやるわ。この思い、ゆめゆめ忘るることなかれ。
あたしは夢の終わりを目指してどこまでも上昇していった。
「上行く、UP」ってとこか。
続く




