ノート拝見
明日から弟の学校で定期テストが始まる。珍しく弟の部屋から鉛筆を走らせる音が聞こえたので、感心感心と思い、夜食を差し入れることにした。
弟は顏や体格に似合わず、縁起やジンクスを滅法気にする神経質な男である。というわけで夜食のメニューは、「簡単にとける」とパッケージに書かれたクリームスープだ。少し冷ましてあるのできっと「飲み込みが早い」だろう。
「どう? 頑張ってる?」
と言いながらドアをノックしてみると、返事がない。寝ているのかもしれない。
鍵がかかっていなかったので、中へ入ってみる。案の定、弟は机に突っ伏して寝ていた。その横には表紙に「アイデア帳」と書かれたノートが一冊。
こいつめ。こんなの書いて、テストから逃避してたのか。それにしてもいったい何のアイデアノートなんだろ?
あたしは無断でこっそりノートを開いた。文字ばっかりだ。
ほう。どうも作りかけのネタ、もしくはネタのメモが書かれているようである。いつぞやは勉強の合間にグチャグチャな文字でネタ帳を書いていたが、どうやらそれを丁寧な文字で書き直したものらしい。
ちなみに最初の部分の内容は概ね以下の通り。
☆ ネタの素材
・「もう買っちゃった」と「儲かっちゃった」の勘違い。
・「もう言い逃れなんてできないよ」と「もういいの。彼なんてできないよ」の行き違い。
・「排泄物陳列罪」「公然排泄罪」「強制排泄罪」
☆ ネタのたたき台
・古い銭湯での話。
家の風呂のボイラーが故障したので妻と近所の銭湯に行くことにした。
この銭湯はとても古い建物で、入り口から既に男女が分かれており、昔ながらの番台がある。
私は携帯電話を忘れたことに気がついた。妻は長風呂で私はその反対だ。妻が風呂から上がるまで、私は雑誌を読んで時間を潰しているつもりだったが、携帯電話がないと、妻が私を呼び出せない。
仕方がないので、番台に、妻が上がってきたら合図をしてほしいと頼んでおいた。
私が風呂から上がり、服を着てから随分時間が経つ。妻の声っぽいものが聞こえるような気もするのだが、未だ合図はない。まだかなと思い、番台の方を見やると、なんとスマホに没頭しているではないか。
私は思わず叫んだ。
「どうなってる、合図。──番台さん!」
すると番台はキョトンとした顏でこう答えたのだった。
「別に……噴火なんかしていませんよ」
おしまい。
うーん。微妙なレベルである。少なくともテスト勉強をサボってまで書くべきようなもんじゃないような気がする。
でもよっぽど書きとめたかったんだろうな。これが、生まれてこの方一度として勉強で期待されたことのない人間のみが持てる「余裕」というものか。ちょっとだけ羨ましくもある。あたしはもう一度「アイデア帳」を開いた。稚拙だけど、なんかいいな、こんなの。あたしン時は朝から晩まで「勉強しろ勉強しろ」って声が……ああヤだ。
あたしは内心で弟に謝った。──すまん。勝手に「ネタみ」ました。
続く




