『挑戦隊チャレンジャー』
このところ俺は明晰夢を頻繁に見る。非常にリアルな夢なのだが、自分で夢を見ていることを自覚できているから、内容をコントロールできるのだ。そして俺は仮想現実の世界を手軽に体験することができるのである。
ただし、夢を夢と自覚した瞬間の世界から離れることまではできないみたいだ。どうも一つの夢には一つの舞台という制限が掛かっているらしい。
今、俺はとある特撮ヒーロー番組の夢を見ている。
その名は「挑戦隊チャレンジャー」。今の俺はその番組の主役に成り代わっていた。すなわち「チャレンジャー」のリーダー「レッドダージリン」こと「紅紅茶郎」になってしまっている。
どうやら今回はそういう設定で夢の中の物語が進行していくようだ。細々したことは大概、俺の思いのままになるのだが、基本設定だけはどうしても変えられないようである。きっと俺が「挑戦隊チャレンジャー」という番組を心から愛しているために、好き勝手な改竄を無意識に自己抑制してしまうのだろう。
さて、主役の名前から想像できると思うが、「チャレンジャー」は「茶レンジャー」でもある。悪に挑戦しつつ、お茶の文化と安らぎのティータイムを守る五人の勇敢な戦士達だ。敵は全世界の嗜好飲料をコーヒー一色に染め上げることを企む「コーヒー党」である。コーヒー党がなぜそんな非建設的なことを目指しているのかは未だ明らかにされていない。
ストーリーのパターンは単純である。
1 人々がお茶を楽しんでいる。
2 コーヒー党のメカ怪人が現れ、コーヒーを無理やり飲ませようとする。
3 チャレンジャーが登場してメカ怪人を倒す。
あるいは。
1 人々がメカ怪人に攫われる。
2 コーヒー党のアジトで、全員がコーヒー大好き、お茶大嫌い人間に洗脳される。
3 チャレンジャーがアジトに突入し、メカ怪人を倒して、人々を解放する。
もしくは。
1 毒入りのお茶があちこちの店で発見される。世間が大騒ぎになる中、コーヒーの大特売が行われる。
2 チャレンジャーに毒入り茶の製造工場を発見される。
3 メカ怪人が倒されて、一件落着。
実にしょーもないストーリーだ。だが、見ていると面白い。個々のキャラクターが実に良くできているためだろう。
さあ、そろそろ、目の前に広がるリアルな夢の世界に意識を投影するとしよう。そう。今の俺は紅紅茶郎。チャレンジャーのリーダーだ。とある高校の「挑戦部」部長で、あらゆる格闘術を身に付けることに挑戦している18歳。正義と紅茶を何よりも愛している。仲間からは融通の利かないカチコチの正義感をからかわれ、「レッドダージリンのくせに『正論』ばっかり」と評されている男だ。
俺の前にはコーヒー党首領・キリマンジャロが立ちはだかっていた。全身黒ずくめの鋼鉄のメカ怪人で、過去二回、チャレンジャーが五人がかりで立ち向かって、一方的にボコボコにされた強敵である。
だが、所詮は夢だ。どうせ俺の思い通りになる。一対一の勝負でも全然怖くない。
「スーパーチャレンジソード!」
俺が叫ぶと、右手の中に明るい紅茶色の刃を有する長剣が出現した。そう。紅茶色の刃なのであって、決して錆び付いているわけでは……ないよな。
まあいい。いきなり必殺技で行こう。
「紅茶剣・ニル斬り!」
スーパーチャレンジソードが光り輝き、キリマンジャロを真っ向両断する。夢だからできる一撃必殺。普段は反目したり互いに足を引っ張り合ったりしている挑戦隊の仲間たちも、素直に称賛してくれた。
「わあ、スゴいスゴい」
「ああ、スゴいね」
「まあ、スゴいかもね」
「すごろく楽しいね」
そんなに称賛されているような気はしないが、いい加減な夢だしこんなもんだろう。
「わはははは。この程度か、レッドダージリン!」
うおっ! 真っ二つにしたはずのキリマンジャロが突然復活しやがった。そうだよな。あまりにもあっけなさ過ぎると一瞬思っちまったんだよな。だから復活したのか。
「レッドダージリンよ。なぜ、お茶などという下らぬものを守ろうとする。コーヒーの方がずっとすばらしいではないか」
キリマンジャロが、以前番組で発したセリフを急に言い出した。さっき一撃でやられたくせに随分と偉そうだ。
「どうして人々にコーヒーを押しつけようとする! お茶だろうがコーヒーだろうが、皆それぞれ勝手に好きなものを飲めばいいだろう」
「優れたものが劣ったものを駆逐するのは当然のことだ。お茶がコーヒーより優れている点が、一つでもあるというのか」
「ある」
「ならば言ってみよ。──ただし、水掛け論になるから『茶の方がうまい』とか『香りがいい』とかいうのはなしだ。わしが納得できるような客観的な例を示せ」
「いいだろう」
俺は胸を張って言った。
「まず、お茶漬けはうまいが、コーヒー漬けはまずい。これは個人の嗜好とは無関係の絶対的な真理だ」
「う……」
「お茶会とは言うが、コーヒー会とは言わない」
「む……」
「お茶の葉ふりかけはあるが、コーヒーふりかけは売ってない」
「お……」
「ティータイムは憩いのひとときだが、『珈琲たいむ』はたかだか某乳酸菌飲料会社の商品名に過ぎん」
「く……」
「また、コーヒーには色々な健康効果があるが、それはお茶も同じことだ。しかも、茶といえば、チャノキの葉から作られたものばかりではない。ハーブティーも穀物茶も薬草茶も茶であり、ゆえに、その薬効は実にバラエティに富んでいる。味も多種多様だ。この点で、コーヒーなど茶の足下にも及ばない。──どうだ、キリマンジャロ。恐れ入りましたと言え」
「ふ、片腹痛いわ。確かにお茶にも優れた点はあると認めよう。だが、コーヒーの偉大さに比べれば全てが霞んでしまう。例えばタンポポコーヒーや黒豆コーヒー──あれらは元々、茶に属するものではないか。コーヒーのイメージが茶より圧倒的にいいからこそ、すり寄ってきたのだ。まさにコーヒーこそ至高」
結局、言葉ではキリマンジャロを屈伏させられないようだ。まあ、話が通じる相手なら、最初からチャレンジャーなど結成する必要はなかったわけだから、当然といえば当然である。
「やはり、戦うしかないようだな」
「かかってこい、レッドダージリン!」
「行くぞ。究極奥義、紅茶剣! ロイヤル・ティーブレイク!」
「何の。絶対奥義、珈琲剣! プレミアム・コーヒーブレイク!」
二人の最大奥義が炸裂する。相討ちだ。互いに数十メートル吹き飛ばされた。ならばもう一度……。
その時だった。
「キリマンジャロは俺が仕留める!」
「漁夫の利もーらい!」
突如、仲間のブラックウーロンとグリーンリョクチャが飛び込んできた。俺の剣でキリマンジャロが相当のダメージを負ったと見たらしい。あいつらは自分の手柄に拘り過ぎるきらいがあるなあ。
「馬鹿め。お前らごとき相手になるか」
キリマンジャロが軽く二人を一蹴する。当然だ。そもそも夢で能力補正されていないあいつらが、キリマンジャロに歯が立つ道理がない。
キリマンジャロはつまらなそうな表情を浮かべた。
「せっかく一対一で正々堂々と勝負をしていたのに、興が削がれてしまったな。レッドダージリン、今日のところは引き上げてやろう。勝負は預けたぞ」
「待て! 逃げる気か!」
「そうではない。お前とは是非とも一対一で決着をつけたくてな」
そして、キリマンジャロは気絶したブラックウーロンとグリーンリョクチャを見下ろしながらこう言ったのだった。
「ウーロンにリョクチャか。次はこんな余計な『茶々』が入らないところで戦いたいものだ。
続く




