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略せばいいってもんじゃない 2

 どうやら弟が帰ってきたらしい。自転車のスタンドを立てる音がしたと思ったら、玄関の戸が物凄い勢いで開け閉めされた。 


「ねえ、たーいまー! ヤクをくれ、ヤクを!」


 全くもって人聞きが悪い。我が弟は実に変わったやつで、言葉を変なふうに省略する癖がある。そのおかげで、我が家は時々思わぬ迷惑を被ることがあるのだが、弟は一向に改めようとしない。ちなみに今の言葉は、「姉ちゃん、ただいま! ヤク〇トをくれ、ヤクル〇を!」の省略形である。


「あら、ちょっと切らしてるわね」


 茶の間に駆け込んできた弟を見向きもせず、あたしは冷ややかに言った。


「うおおお! ヤクが切れた。ヤクがっ!」

 

 禁断症状に耐える演技をしながら、弟が叫ぶ。


「ちょっと、やめてよ。ご近所に聞こえたら、また通報されるじゃない」

「嘆かわしいな。言葉の省略は日本の文化なのに。長く堅苦しい用語や概念でも、省略によって親しみやすくポップな語感に変えることで、一気に認知度を高めることができる。『スマホ』然り、『ラノベ』然り、『セフレ』然り」

「それ、別に文化ってレベルじゃないから。──で、『セフレ』って何?」

「県内のどこかの町のスーパー(実在)。『セーフティ&フレッシュ』の略だってよ。ググれ」

「あ、そう。──それはそうと、あんた、うちには元からヤク〇トなんてないから」

「え、あったじゃん」

「容器は似てるけど、あれは地元の飲料会社が作ってる格安品だから。『シロレラエース』っていうの」


 商品名を聞くと、クロレラが入った白い乳酸菌飲料がイメージされるかもしれないが、実のところクロレラは1ミクロンも入っていない。「シロレラ」はあくまでも単なる商標の一部である。 


「ああ、そうなんだ」


 思ったより淡泊な返事だった。


「まあ、何でもいいから飲物ちょうだい」


 ああ、それが本音か。


 あたしは台所へ行った。ペットボトルのコーラの残りをコップに注ぐ。全部入れてもコップ半分程度にしかならなかったので、缶のコーラを開けて注ぎ足した。結局余る。余ったものをペットボトルに入れ直して、缶を捨てた。我ながら間抜けなことをやっている。


 茶の間に戻ったあたしは、ふといたずら心を起こして、こう言ってみた。


「はい。コカインよ」

「え?」


 弟が怪訝な顏をする。


「あんたが、ヤクを欲しいって言うからコカイン入れたの。言っとくけどマジだから」

「えっ、ええーっ!」


 弟がビックリ仰天して怯え始めたので、あたしは吹き出した。


「な、何だよ。嘘かよ」

「嘘しゃないわ。コカインはコカインよ」

「え?」

「『コカ〇ーラ』と『インカコー〇』のブレンド。あんたを見習って省略したのよ。あんたも大口叩いたんだから、そのくらい察しなさい!」

「『インカ〇ーラ』なんか知らねえよ」

「ペルーのコーラ。日本でも結構売られてるわよ。ググれ!」


 あたしにやり返されて、弟が負け犬の表情になる。


「で、それはそうと……」


 弟の立ち直りは異様に早かった。


「今日の弁当はやたらとデカかったな」

「あんた、大飯食らいだからね」

「『大』きな『弁』当箱に、わざわざ『略して……』って付箋貼るのってどうよ」

「ちょっとした仕返しじゃない。あんただって、あたしの『運』気の上がる『コ』スメセットのケースに『略して……』ってシール貼ったでしょ」

「そっか。お互いさまか。もう『略して……』っていうのはやめるよ」

「わかればいいのよ」




 翌日、あたしの『小』さな『水』筒に、「略すと……」と書かれたシールが貼られていた。


 夕方、玄関に立ちはだかるあたしを見て、一旦帰宅した弟が慌てて飛び出していく。まったくもう。怒られるのが怖いならやらなきゃいいのに。


「いまーす!」


 出掛けの言葉も相変わらず。それだけ聞いたのでは、行ってくるのか家にいるのかわからない。弟もそこが気に入っているのだろう。


 ふとあたしも思いついて、同じような言葉を返してやった。


「いらっしゃーい!」




 毎日、こんな調子なので、夜にはいつもグッタリとなってしまう。──あたし、ヘロヘロのヒロイン……略してヘロイン……。


 ああ、やっぱり疲れてるな。たまには本物のヤクを飲もう。


続く

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