ダジャレいろはがるた
弟があたしの部屋に着て唐突に言った。
「姉ちゃん、ダジャレでいろはがるたを作ったから、取り札の絵を描いてくれないか」
「何よそれ、やぶからぼうに」
確かにあたしは手先が器用で、イラストなんかもお手の物だが、無条件で何でも描いてあげるほどお人好しではない。しかも、いろはがるたともなれば、五十枚くらいは必要なはずだ。面倒すぎる。
「学園祭の自由作品展示に出す。俺はこれでウケを狙うぜ」
「あんたね、人の絵を自分の作品として出すつもり?」
「いや、メインはダジャレだから。絵は添え物」
「だったら、自分で描きゃいいじゃない」
「俺の絵は高尚すぎて、みんなにわかってもらえない恐れがあるんだよな。姉ちゃんの絵はその点、とてもわかりやすいんだ」
「でもダメ。暇もないし、こっちにメリットもないし」
「頼むよ。部の後輩の汗がたっぷり染み込んだタオルを仕入れとくからさ」
とんでもないことを弟が言った。
「なななな、なんであたしがそんなもの……」
「好きなんだろ。男の汗の二オイ」
弟が意味深な笑みを浮かべる。
げ、バレてたの? あたしが男子の汗フェチだってこと。──いったいいつから?
「そんな不思議そうな顏することないだろ。さっきメシを食いながら自分で言ってたじゃないか。後輩の汗のニオイが好きだって」
え、そんなこと言ってない。確かテレビドラマを見ながら、何か言った記憶はあるけど。何だったっけ。
そうそう。「困った顏で、焦って追い掛けるとこ、いいな」ってそんな感じの、文章にしたら意味を成していないような曖昧な言葉のはず。どこから、「後輩の汗のニオイ」が出てくるの?
「それにしても姉ちゃん、よく俺の後輩の名前なんて知ってたな。まあ、街で何回もスカウトされてる有名なイケメンだから、知っててもおかしくはないけど」
「ちょっと待って。あんたの後輩なんて知らないわよ」
「自分で言ってただろ。小松隆夫だよ」
小松隆夫? 知らない。──はっ、まさか「困った顏」の聞き間違い?
謎が解けたような気がした。「小松隆夫の汗って、ニオイ、とろけるほどいいな」──ムチャクチャ苦しいが、弟にはあたしの言葉がそんなふうに聞こえたのだろう。だとしたら誤解は解いておかなければなるまい。まあ、実際は誤解とも言えないのだが。
「わかったわ。絵は引き受ける」
「ヤりぃ」
「だけど、タオルなんて要らないわ」
「え、何で?」
「あんたは、『困った顏』を『小松隆夫』と聞き違えたの。後は全部あんたの勘違い」
余計な説明はしない。言い訳がましくなってしまうから。
「あ、そうだったのか……。弱みを握ったと思ったら、俺の早とちりか」
弟は愕然として呟いた。
「じゃあ、どうして絵を描くのを引き受けてくれるんだ?」
「貸しを作っておくためよ。今度はアイスの実じゃなくて、ちゃんとしたものをいただくからね。覚悟しておくこと」
本当は弟の関心を「汗のニオイ」から一刻も早く逸らすためだった。
「わかったよ。お手柔らかに頼む」
かくしてあたしは最大のピンチを脱することができたのである。
で、その後、弟に得意気に見せられたのがこれ。
「ダジャレいろはがるた」
い インドでインドアスポーツ
ろ ロバのいる広場
は 墓石を破壊した
に 仁王像に嘔吐したら臭う
ほ ホテルと聞いて顏が火照る
へ 扁桃腺はどこだ? 返答せんか
と 虎を捕らえるためトラップ作りにトライ
ち ちんどん屋の珍道中
り リーダーなんて、無理―だー!
ぬ ヌルヌルのローション塗る
る 留守にするっす
を 丘を駆けよぉか、おかあさん
わ 我が師の作る和菓子
か 彼と別れて、お疲れ
よ 「予備校生だ、例の」「早よ尾行せい」
た 「屍肉にタカる鷹を見たか?」「素直に『ハゲたか?』と訊きやがれ」
れ レース編み、キレーっすね
そ 「遭難ですか?」「そうなんです」
つ つくしを採り尽くしたら怒られて、とりつく島もない
ね 寝込みを猫に襲われキャッと驚く
な 生レパーが食えればー
ら ライダー嫌いだー
む 胸が痛むね
う 後ろに牛六頭
ゐ 田舎には居なかった
の 「農家ってツライ?」「No……かな」
お 俺ん家のオレンジ
く 蔵、真っ暗
や やましい思いで悩ましい
ま マタニティウェアの股に手
け けものは除け者
ふ 「不幸か?」「オフコース……」「オーケー。涙を拭こう」
こ この宿、今夜どう?
え エロいことするなら消えろ!
て 手羽先、食べたいってばよ
あ 蟻がたかったケーキでもありがたかった
さ 採用しなさいよう
き 君、気味が悪い
ゆ UMAでないことは言うまでもない
め 明治の有名人
み みんな、こっち見んな
し 歯科医しかいない
ゑ 園長先生と延長戦
ひ 披露宴、疲労と心労で新郎へばる
も もやし、燃やしちゃった
せ 洗濯ボタンを選択
す スカンク好かん、臭いから
京 京都の仏教徒
「玉石混交ね」
あたしの正直な感想だった。頑張ってるのもあるが、ありきたりのものも多い。六十点である。
「すまん。これで限界だった。寝る暇も惜しんで一週間もかかったんだぜ」
「こんなのに一週間も」
「ああ」
弟は感慨深げにこう続けた。
「だが、この苦労も『キョウで終わる』」
続く




