残念無銭
「姉サイド」
弟が真面目な顏であたしにこう訊ねてきた。
「姉ちゃん、『残念』と『無念』って同じ意味だよな」
「そうね」
「『残念』はわかるんだ。心残りがあるってことだろ。だったら『無念』ってなんだよ。心に何も残ってないのに、どうして残念と同じ使われ方なんだ?」
あたしは心の中でいつもの通り「検索しろ」と叫んだ。だが、口に出すと、遣り取りが感情的になって面倒なことになるのが見えていたので、敢えて言わないことにする。もちろんあたしが代わりに検索してやることもしない。面倒だから。
適当に出まかせを言ってみる。
「そうね。『無念』というのはきっとやせ我慢なんじゃないかな。本当は残念な気持ちでいっぱいなんだけど、敢えて『心残りなんかないんだぞ』って自分に言い聞かせてる言葉なんだと思う。だから『残念無念』はよく聞くけど、『無念残念』は聞かないでしょ。一度『残念』と思ってしまったのを、いやいや『無念』なんだぞと見栄を張るから『残念無念』なのよ」
「じゃあさ、某マンガの『我が人生に一片の悔いなし』って名セリフはさ、言った本人は結局自分の思いを満たせずに死んでいったわけだし、もしかして……」
「そう。言い換えるとそのまま『我、無念なり』ってことね」
「なんとなくダセェー」
「無念なり」と悲痛な叫びを上げながら、天に拳を突き上げ息絶える拳王を、弟はイメージしたに違いない。
「ところで姉ちゃん。『無心』と『一心』も同じような意味だよな」
「『雑念がない心』と『一つのことに集中している心』ってふうに考えると、矛盾は生じなくなるわね」
「『無心』っていい言葉なんだな。ありがと。タメになったよ」
「合ってる保証はないわよ」
「いいんだ。こっちはモヤモヤした感じが晴れればそれでいいんだから。──で、姉ちゃん」
「今度は何?」
「いやあ、今月、小遣い使い果たしてさぁ。──少し、貸してくんない?」
「回りくどい前フリで、金の『無心』すな!」
「無心」ってやっぱ、悪い言葉みたい。
「弟サイド」
小遣いを使い果たしてしまった。財布には十円玉が一個だけ。今朝、姉ちゃんに千円借りようとしたが断られてしまった。「そんな金、ありませんえん」だとさ。頭の中に「一番星見つけた」の歌が鳴り響く。ただし歌詞は「一文無し見つけた」に置き換わっていた。まだ十円あるのに。
そうだ。「もう十円しかない」と思うんじゃない。「まだ十円ある」と思うんだ。そうすれば……。──そうすれば、どうなるっつーの?
「もうダメだぁ」って状況は全然変わらねえじゃないか。
おかしいな。プラス思考ってやづは凄くいいことのはずなんだがな。もしやコップの中のジュースが半分になった状態でしか、成り立たない理屈なのか?
まあ、十円ぽっち持っていてもどうにもならないので、俺は近くの神社に立ち寄って賽銭箱に投入した。願わくはこの十円が百倍になって戻ってきますように。
家に帰ると、姉ちゃんが「気が向いたから」と言って、俺に四百円貸してくれた。ありがたい。図に乗って「返さなきゃダメか」と聞くと、「あたしはウエストがスリムだから」と言って、取り合ってくれなかった。言いたいことはわかる。要するに、自分は「太っ腹」じゃないってことだ。
まあ、百倍にはならなかったが、四百円は充分にありがたい。自販機でペットボトルのコーラが二本買えて、おつりが来る。さっきの賽銭の御利益に違いない。財布の小銭入れを覗くと、百円玉が四枚、燦然と輝いている。
あの神社、「財布にはコウカ有り」ってとこかな。
続く




