略せばいいってもんじゃない
我が弟は変わったやつで、言葉を変なふうに省略する癖がある。そのおかげで、我が家は時々思わぬ迷惑を被ることがあるのだが、弟は一向に改めようとしない。
あ、噂をすれば影。学校から帰ってきたみたいだ。
「ねえ、たーいまー!」
のっけからこれである。別に大麻をくれとおねだりしているわけではない。「姉ちゃん、ただいま」を省略しているのだ。でも、これがご近所に漏れ聞こえると、ひと騒動になってしまう。
「おかえり。──あんた、『ただいま』くらいちゃんと言いなさいよ」
「やだ。めんくさ」
「『面倒くさい』もまともに言えないのね」
「まあ、いいじゃん。──ところで、表の道路でやってる工事は何? 自転車、めっちゃ家に入れにくかったんだけど」
「下水道よ。しばらくかかるみたい」
「おのれ、ゲドーめ」
「しょうもな。あんた、それを言いたいために、わざとあたしに訊ねたでしょ」
「そんな暇じゃねえよ。疲れてるしな」
確かに弟の顏には疲労の色があった。
「大丈夫なの?」
「ちょっと無理しすぎたな。何しろダイチョウガンだぜ」
「え? もう一度言って」
「あ、わからなかったか。『大々的に超頑張ったんだぜ』を略したんだけど」
「もうっ! ──姉ちゃん、ぎょっとして心臓が停まったかと思ったわ」
「悪かったな。要するに俺はチクショーだけど、上のステージを目指して真剣にブツドーに励んでいるわけよ」
「あんた、仏教にかぶれてんの?」
「ちげーよ。『地区大会の勝者だけど、さらに上を目指して部活動に励んでる』って言ったんだよ」
「あーイライラする。だいたい、いちいち自分の言葉の解説してたら、省略した意味ないじゃない」
「昨日の夕飯のマーボドーフ」
「はあ? ──何言ってるの?」
キョトンとなるあたしを、弟はフフンと鼻で笑った。
「からかったんだよ」
「からかった──ってあたしを? 許さーん!」
「おーこわ、おーこわ。──あ、これ意味わかるよな」
「あたしをバカにする気!」
あたしは思いっきり拳を振り上げた。
「え、まさか、本気で怒ってなんかいないよね?」
「怒ってなんかいないどころか!」
「え、ええーー……。そ、そんなぁ……」
急に弟が真っ青な顏で、ガクガクブルブルと震え始めた。
「姉ちゃんごめん。謝ります。許してください。──あ、俺、用事あるから、ちょっと出てくるわ」
「あんた、今帰ってきたばかりでしょ」
「いまーす!」
「ちょっとそれじゃ、『行ってきます』なのか『家にいます』なのかわからないでしょ!」
あたしはそう叫んだが、弟は言い直すこともなく慌ただしく出て行ってしまった。
それにしてもわからない。いったい弟はあたしの何に怯えたのだろうか。
「怒ってなんかいないどころか」が、「怒って何回もナイフでどついて殺したろか!」の省略形に聞こえたそうである。──これぞ「自業自得」。略して「じごく」。
続く