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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

救いようがないシリーズ

救いようがない悪役令嬢

作者: 古時計

流行っている悪役令嬢ものを書いてみたいと思って衝動的に描いた作品です

「あらどうしたのマリーさん? そんな地べたに這いつくばって。 いくらあなたが平民でもそこまで卑屈になることはなくてよ」


廊下で転げたマリー嬢を見下しながら白々しく罵倒するのはエリザベス・リース侯爵令嬢。

常に妖艶な笑みを浮かべ他の全てを見下しているような鋭い眼差し。一見すれば誰もが目を奪われるような美貌を持ちながらそれ以上の性格の悪さで恐れられている、まさに悪役令嬢。

そして、私の仕える主でもある。


「う、うう、エリザベス様、どうしてここに?」


「何? わたくしがどこにいようとわたくしの勝手ではなくて? それとも何かしら? まさかあなたがここを通るだろうと思って待ち伏せていたとでも言うつもり?」


言うつもりもなにもその通りなのだが。

それどころか今し方マリー嬢が転んでいるのもお嬢様が魔法で足払いをかけたからである。

つまり完全に故意であるのだがお嬢様に悪びれる様子はない。

悪役令嬢の名は伊達ではない。


にやにやと嘲笑を浮かべていたお嬢様だがそこでさも今気づいたかのように転んだ際にマリー嬢の手からこぼれたソレを拾い上げる。


「あら? これは何かしら?」

「あ、それは!」

「へぇ、マフラーなんて、あなたが編んだのかしら?」


問いには答えずお嬢様の手に渡ったマフラーがどうなるのか戦々恐々としているのが手に取るように分かる。

そんなマリー嬢の反応を意に介することなくしばらくマフラーをいじっていたお嬢様の口端がにやりと上がる。


「中々良く出来ているわね、気にいっちゃったわ。ねぇマリーさん、これ、わたくしに下さらない?」

「だ、駄目です。それはあの人に……!」

「駄目? このわたくしが欲しいと言ったのだけれど? 侯爵令嬢たるこのわたくしがたかだか魔力が高いだけの平民のあなたにほしいといったのだけれど?」


少しずつ威圧を込めて告げられた恐喝にマリー嬢は顔を青くしながらも頷くしかなかった。


「そう、ありがとう、大切にさせてもらうわ。それじゃあごきげんよう。行くわよソフィ」


用は済んだとばかりに私の返事も待たずさっさと帰路につくお嬢様。


「うぅ、ひっく、や、やっと編めたのに、あの人に渡せると思ったのに」


本当ならばすぐに主の後につき従うのがメイド足る私の役目なのだがこのままここを去るにはあまりにもマリー嬢が哀れ過ぎる。


「……これを」


大切なマフラーを奪われ泣きじゃくり始めたマリー嬢にそっとハンカチを渡す。

"本来こんなイベントはないのだけれど"このくらいの事は許されるだろう。


「ぐすっ、あ、ありがとうございます」


差し出されたハンカチを受け取り涙をぬぐったマリー嬢はなるほど、原作でもヒロインをはるだけあってやはり可愛らしい。

目の前のメイドがそんなことを考えてるとは露とも知らずマリー嬢は私の手をとりつつようやく立ち上がる。


「いつもすみませんソフィさん。私、ソフィさんに迷惑をかけてばかりで」

「謝るのはこちらの方ですマリー様。我が主の無礼、お許しいただけるとは思いませんがせめて謝罪をさせていただきます」

「そ、そんな、ソフィさんに謝られる理由なんてありません!」


深々と頭を下げれば焦りながらやめるよう言ってくるマリー嬢だが私には謝る理由があるのだ。


ヒロインであるマリー・スチュワートを虐める悪役令嬢エリザベス・リースを止められなかったという理由が。





マリー嬢に別れを告げ、部屋で待っているであろうお嬢様の後を追うべく歩を進める。

この世界が前世でプレイした乙女ゲームだと気づいたのはいくつの時だったか。

聞いたことある地名や王族の名前。

そこそこのファンタジー要素となる魔法や成人前の貴族専用の、平民は普通は入れないが特例で入学可能な学園。

それらを耳にした時からなんとなく既視感を覚えていたがはっきりと自覚したのはお嬢様に仕えた時だろう。


エリザベス・リース


原作にてヒロインのライバル役となる所謂悪役令嬢。

その悪行は悪役の名に恥じることなくゲームでも設定でも見事に現れていた。


気に入らないメイドはすぐに辞めさせる。

ヒロインを平民出だという理由で事あるごとに馬鹿にする。

わざわざ誰もいない場所で水魔法を使いヒロインを水浸しにする。

ヒロインの私物などを盗む

etc.etc.


例を挙げればきりがない彼女に仕えることになった時には正直自分の運命を呪った。

機嫌を損ねれば何をされるかわかったものじゃない、というのもあるが何よりも危惧したのはその結末だ。

最早悪役令嬢のテンプレとも言えるのかもしれないが彼女の行きつく先はヒロインによる大逆転。

公爵子息ルートにおいて衆人環視の中でヒロインと子息がこれまでの彼女の悪行をあばき結果没落ルートへと進むというものだ。

クライマックスのシーンで目に涙を浮かべながら令嬢を攻めるヒロインと、対して屈辱と恐怖から顔を真っ赤にしながら腰を抜かした悪役令嬢のスチルは今でも覚えている。


このまま進めば仕えている私もどうなるか分からない。

それに仮にも仕える主が没落するところなんて見たくない。


そう思った私は原作に介入すべく、具体的にはお嬢様の性格矯正を試みた。

結果、このお嬢様は私の手に余ると言うことが判明した。

そのままずるずると何の成果も挙げられないまま原作時期に突入。

せめてヒロインが転生者で逆ハー狙いの頭お花畑少女だったら虐められても心痛まないなー、なんて思っていたがマリー嬢はヒロイン、いや、ゲーム内で描写されていないとこまで分かる分本当にいい子だと分かるほどヒロインだった。


そんないい子がお嬢様に目をつけられ虐められ続けるのは見るに堪えず何度かおせっかいを焼いてしまったが大きな変化は生まれずイベントは原作通り進んでいった。

そして今日、ついにマフラーのイベントが起きてしまった。


ずっと想いを込めて編み続けたマフラー、公爵子息に渡すようなものではないがそれでも明日のパーティを最後に学園を去ってしまう彼にせめて想いを告げたい。

明日のパーティで踊る相手は身分の関係上侯爵令嬢と決まっているためチャンスは今日しかない。

時間のないままようやく間に合ったマフラーを持って喜び勇んで公爵子息の元へ向かおうとした矢先に起きるのが先ほどのイベントだ。


妖艶と言える美貌を持ったエリザベスが思いのこもったマフラーを奪い、それを見て涙を流す健気なマリー。

原作でもこのシーンのスチルは何故か評価が高く、その翌日に起きる大逆転のスチルと人気を二分していた。


そう、翌日、つまりは明日。


このままだと明日にはエリザベス・リースは没落する。

もう既に手遅れだろうとは思いつつも僅かな可能性にかけて今日こそお嬢様を説得しよう。

そう決意したところでたどり着いた一室。

寮の中でもVIPクラスであるお嬢様専用ルーム。

数度深呼吸をして気を落ち着かせた後ノックを行う。


「失礼しますお嬢様」

「入りなさいソフィ」


許可が下りたためお嬢様の部屋へと足を踏み入れる。














「はふぅ、マリーさんの手編みのマフラー、あの可愛らしいマリーさんが編んだマフラー。ぎゅうって握ってたから少しぬくもりも感じるわ。匂いも相変わらずいいにおいだし。あらソフィ遅かっ」








バタンと今し方空けた扉を閉じる。


いかん、予想以上の光景に心折れそうだ。

再度深呼吸をした後でもう一度戸をあける。


「どうしたのよいきなり扉を閉めて? 何かあったのかしら」

「いえ、目の前の光景が目の錯覚であったならと思いまして」


ベッドに寝転がりながらマフラーに顔を埋めつつ頬を染めて問うてくるのはやはり私が仕えるエリザベスお嬢様に他ならなかった。

自身の行動が他人にどう見えているのかなどまるで気にしていない。


「? 変なソフィね。ああ、それにしてもこのマフラーはいいわぁ。何よりもマリーさんの手作りだし。また宝物が増えてしまったわ」

そう言うお嬢様の背後にはこの半年で集めたマリー嬢の私物コレクション(※盗品)がずらりと並んでいる。


物がなくなった時エリザベスお嬢様の仕業だと推測は出来てもまさか本当に大切にしているとはマリー嬢も思わなかっただろう。


新たな宝物であるマフラー(※盗品)をもふもふとしていたお嬢様だったが何かに気づいたのか顔を離し、すっとマフラーから何かを手に取る。


「これは、髪の毛? 茶髪ということはマリーさんの?」


しばらく手に取った髪の毛をじぃ、っと黙って見ていたお嬢様だったがふと何かを思いついたようにこちらを見やる。


「ソフィ、お茶が飲みたくなったわ。淹れてくれるかしら?」

「とりあえずその髪の毛を捨ててから言ってください」


なんだ? その髪の毛とお茶がどう繋がるんだ? お茶請けか? お茶請けに使うのか? 気になるけど知りたくない!


つれないわねぇ、と渋々髪の毛を引き出しにしまいながら(結局捨てなかった)ベッドを立ち席に着く。


既に大分気力をそがれつつも主の命に従いお茶を注ぐ。


香りを楽しむようにカップを傾けるお嬢様は実に絵になっており、先ほど鼻息荒くマフラーを握りしめていた変態と同一人物とは思えない。


「やっぱりソフィのお茶は美味しいわね」

「お褒めにあずかり光栄です」


頭を下げた私に向けて唐突に、何の前触れもなくお嬢様が手に取ったカップの中身をぶちまける。

そのままなら湯が私にかかり身を濡らすことなるはずだが私は焦らない。

振りかかるはずのお湯は途中でピタリと動きを止め、次の瞬間にはするすると生きているかのようにお嬢様のカップへと戻っていく。


メイドではあるものの元は男爵家の末娘だ。

魔法だって使える、どころか転生特典なのか水魔法なら私に敵うものはいないくらい強い。

……その使い道が定期的にお嬢様からかけられる水の操作やお茶の温度調整などという辺り宝の持ち腐れだが。


「相変わらずつまらないわね。たまにはかかりなさいよ」

「申し訳ありません。奥様より『自身の身を守る際にはお嬢様に刃向かうことも是とする』と命を受けておりますので」


ほとんどのメイドがあっという間に辞めていく中で唯一残った私に『お願いだから辞めないで! あの子の相手は貴方くらいじゃないと出来ないの!』と告げてきた侯爵夫人の悲壮な顔は忘れられない。


「残念ね。貴方の顔かなり私好みなのに」

「ありがとうございます」

「まあ、どうせあなたを虐めたところで全然無反応なんですもの。もっと表情変わってくれたら間違いなく一番お気に入りだったの惜しいわ」


今ほど生まれてからずっと変化しないほど無表情な鉄面皮に感謝したことはない。

お父様お母様、こんな感情の表に出ない子に産んでくれてありがとうございます!

……いや、よくよく考えたらその所為で気味悪がられ勘当され奉公に出る事になったんだった。おのれ両親。


「そう言えば、この前マリーさんに水をかけた時、彼女の濡れた姿はもう本当に扇情的だったわねぇ。髪からぽたぽたと垂れる水滴が聖水に見えて思わず飲みそうになったわ」

「あの時顔を近づけたのはそのためだったんですね」

「ええ、あの顔がいいだけの男が現れなければと思うと今でも悔しいわね。これだから男は空気読めないのよ」

「一応婚約者筆頭候補なのですからそのような発言はお控えください」

「分かっているわよ。だから本人の前では好きなそぶりをしているじゃない。全然好きになれないけれど。その点マリーさんは素晴らしいわね。あの時の姿ももうそのまま絵師に描かせて記録に残して発表したいくらいだわ。あ、でもその姿を私以外の者が目にするなんて許せないわね」


一番のお気に入りの少女の事を思い出したのか再び頬を染めだしたお嬢様を見て私は何度目になるか分からない溜息をついた。






『お嬢様、無礼を承知で申し上げます。お嬢様の言動で傷つく者もいるのです』

『分かってるわ。だからやってるんじゃない』

『? どういうことですか?』

『だってあの可愛い彼女達が私の言葉で顔を歪めたりビクビクしたりするのよ。それを見てるとゾクゾクするというかもっとそういう表情を私の手で引き出したいというかもっと支配しちゃいたい気持ちになるのよ』

『……彼女達が嫌いなのでは?』

『何で? むしろ大好きよ? 辞めていってしまうのは悲しいけど家庭の事情じゃ仕方ないわね。でも彼女たちの服は辞める前に回収してるから残り香は感じられるわ!』




私がまだ仕え始めた頃、お嬢様の本性に気づいていない頃に諫言した回答がこれだ。

正直絶句した。


確かに原作ではマリー嬢視点で物語は進んでるわけだからエリザベスの内面なんて分からなかったけど流石にこんなのを予想できるか!

何!? 原作でもこんなんだったの? 

絵に描いたような悪役でイラストの美貌と妖艶な仕種の描写から一部では人気高かったキャラの裏設定がレズでサドでフェチで変態だったとでも言うの!?

メイドも辞めさせた、じゃなくてお嬢様の愛という名の虐めに耐えられかったり本性知ってどん引きしたりで自主的に辞めて行ってるだけだし。

仕える者が辞めていくというのも体面にかかわるのでこちらから辞めさせたことになっているのが真相だった。

因みに、お気に入りの子達なので辞める時にお嬢様が渡した退職金は半端な額じゃなかった事を挙げておく。

私も辞めたい。侯爵家全員が引きとめてくるから無理だけど。


つまりこのお嬢様は意地悪でやっているんじゃなくて好きな子を虐めてしまう小学生男子のようなものだった。

……いや、好き"なのに”てれ隠しで虐めている小学生男子と違い本気で好き"だから"虐めているお嬢様じゃ全然違うか。

しかもその対象は女性ばかりでその上匂いや私物に興奮する変態だし。


こんなのが悪役令嬢の本性だと知った時の私は一体どうすればよかったのだろうか?

それでもなんとか性格矯正、というか性癖矯正を試み続けても一向に改善される気配はないし。

すぐやめるメイドの中でお嬢様の本性を知った上で長続きしてしまったせいで侯爵家から絶対に逃がさないぞ、と思われてると気づいた時にはもう逃げ場はなかったし。


そんなこんなで今日まで仕えてきたがこのままだと明日にはお嬢様が断罪される。

悪意を持って接されてたら別に構わなかったかもしれないが根が悪ではないと分かってしまっているためそれも忍びない。


先ほど折れかけた決意を再度構成してお嬢様へと向き直る。


「お嬢様、明日のパーティの前にマリー様へ謝罪を行っていただけますでしょうか?」

「謝罪? なぜ?」

不思議そうにお嬢様は首をかしげる。

一応言っておくがお嬢様は自分のやってる行為が他者を傷つけるものだと理解している。

したうえでその行為がお嬢様の中では最大の愛情表現のため謝る理由がないのだ。

いつもはこの問答で結局頭の中がどうにかなりそうなお嬢様の理論に打ち負け敗北するのだが今日は引くわけにはいかない。


「明日のパーティにてお嬢様が謝らなければ、このままでいけばお嬢様はマリー様とエルドラ公爵子息より弾劾を受けることとなるからです」

「……マリーさんから? どうしてそんなことをあなたがわかるのかしら?」

「詳しくは言えませんが私独自の情報によるものです。ただの予測とみればそれまでです。ですがこれはこのままでは十中八九現実となるでしょう」

「つまり私はこのまま何もしなければ明日衆人環視の中でマリーさんに責め立てられると?」

「はい。ですのでなんとかその前に謝罪を」





「今まで子犬のように震えていたマリーさんが内心ではびくびくしながらも勇気を振り絞って私を責め立てる。他人を攻撃するなんて出来そうもないあの優しそうなマリーさんの言葉責めが私に向けられる……?」


ん? なんかものすごく不穏な独り言が聞こえたような?

耳を疑った私に向けて何かが決まったようなお嬢様は花のように笑って一言


「悪くないわね!」


性癖にマゾが追加された瞬間だった。






翌日。


予想通り衆人環視の中でマリー嬢に責められたショックで興奮して顔を赤らめながら腰砕けになった変態を見て、もうこのお嬢様は救いようがないなと私は思った。


悪役令嬢を描いてみたいと思ったのにどうしてこうなった?

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― 新着の感想 ―
[一言] これは新しいですね! ドSでドMって本当に救いようがない…(笑) いつかどこかで「お嬢様はどうしようもなくドSなのです」って弁明している未来が見える…!
[良い点] これはいい変態 [一言] 短編で終わってしまうのが惜しいです。 色々と前後の展開も知りたくなる話でした。
[一言] タグの「ガールズラブ」はメイドじゃなくヒロインとだったか 侯爵家の取り潰しを避けるには「悪意じゃなく好意でやった」と令嬢の性癖を明らかにするしかないが 公認された方が周囲も本人の為にもなる…
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