夢現
《プロローグ》
恐怖、不安、傷心・・誰もが持つ心の闇。
バクは心の闇につけ込んで悪夢を植え付け、モンスターを棲まわせる。
完全に心が奪われた時、悪夢は現実と入れ替わり、人は死んでモンスターが実体化する。
レーウ゛とは恐ろしいバクと戦うために組織された警視庁公認の出先機関である。
《風森空》
「あ~あ、また仕事クビになっちゃった。何かいい仕事はないかな」
風森空は波止場で就職情報誌を片手に海を見ていた。
海を見ていると、何とかなりそうに心が落ち着いてくる。
仕事をクビになった原因はケンカ
空は正義感が強く熱血なところがあり、勤務していたレストランで女性の客に絡んだタチの悪い男たちを咎めようとしたところ、怒る男たちが暴力をふるい始めたので、堪忍袋の緒が切れて、こてんぱんに叩きのめしたのだ。
空の三人の姉は空手、拳法、柔道の師範であり、それぞれが道場を開いている。
幼い頃からその姉たちに厳しく鍛えられた空は格闘センス抜群なのだ。
原因は女性客に絡んだ男たちの不埒な行いにあり、しかも相手が複数いたことを考えればそんなに悪いことをしたワケではないのに、やり過ぎだといってクビになってしまった。
「仕事を失ったのか。自分が悪いワケでもないのに。さぞや心が傷ついているだろう」
バクが送り込んできたバクモンスターの一人ゼツボウは空の心の傷につけ込んで悪夢を植え付けようとしたが、空の心の傷が全く見えない。
超がつくほどに前向きでポジティブ、過ぎたことは振り返らない空は仕事を失ったこんな時でさえ次にはどんな仕事をしようかと希望に満ちている。
「心の傷どころか希望に満ちていやがる。なんという男だ。んっ、こちらはかなり深い心の傷だ。悲しみに満ちたいい匂いだ」
ゼツボウが目を付けたのは小学生低学年の女のコ優菜。可愛がっていたイヌのアリスが死んでしまって深い悲しみに暮れている。
アリスとよく遊んだこの波止場で思い出に浸って泣いている優菜にゼツボウが迫る。
「なんだ悪魔みたいなヤツだ・・危ない」
嫌な気配を感じて空が振り向くとゼツボウが優菜に憑りつこうと迫っていた。咄嗟に優菜を抱き上げて逃げる空。
「アイツ、女のコをさらったぞ。ロリコンの人さらいだ」
「少女誘拐犯だ。警察を呼ばないと」
空が優菜を抱き上げたのを見て周囲の人々はざわめく。
「何を言ってるんだ。この怪物が見えないのか」
ゼツボウと戦いながらざわめく人々に呼びかける空。
しかし人々にはバクモンスターの姿は見えない。
突然少女を抱き上げたかと思えば今度は一人で暴れている気が狂った行動にしか見えない。
「怪物がいるのは本当よ。おじちゃんはわたしを助けて戦ってくれているの」優菜にもゼツボウの姿は見えるから、自分を助けてくれる空を弁護して人々に呼びかける。
「おじちゃんじゃない、お兄さんだ」
戦いながらもおじさんを否定する空。
まだ結婚もしていないのにおじさん呼ばわりされてたまるかと思っているが、小学生低学年の女子から見れば25歳を過ぎた男は立派なおじさんだろう。
バクモンスターは人間の力をはるかに超えている。
いくら格闘センス抜群だとはいえ戦力が違い過ぎる。
空は次第に追い詰められていく。
「今のうちに逃げろ走れ」
空は何とか優菜だけでも逃がそうと叫ぶが、優菜には自分のために戦ってくれている空を放っておくことはできない。
強烈な一撃を喰らってついに倒れる空にゼツボウの巨大な爪が非情に迫る。
間一髪、レーザー光線が炸裂してゼツボウは怯む。
剣士風の女性が走ってきて、今度は銃を剣に変形させてゼツボウに一撃を喰らわせる。
「大丈夫あなたバクモンスターが見えるの」
「コイツ、バクモンスターっていうのか」
「とにかく今は逃げましょう」
信じられないことに女性はペガサスを呼び寄せると空と優菜を乗せて飛び去った。
《レーウ゛》
女性は来宮沙織と名乗った。そして空と優菜はレーウ゛という名前の喫茶店に連れていかれた。
喫茶店の中にはもうひとつの扉があり、空はそこに描かれた不思議な模様が気になった。
「この扉が見えるのね。やはりあなたはドリームを持っているのね」
「ドリーム」
「バクモンスターや悪夢と戦える大いなる希望の力よ」
沙織は扉を開いて空と優菜を案内した。
扉はバクと戦うための秘密組織レーウ゛の秘密基地への入口であり、ドリームを持つ者にしか見たり入ったりすることはできない。
基地に入ると少し年配だが美人の女性が待っていた。
喫茶レーウ゛の店長であり、レーウ゛組織の司令官でもある如月玲子だ。
「恐かったわね。温かいココアでもどうぞ」
玲子は優菜を連れて奥の方へ行った。
子供には聞かせたくない話があるのだろうと空は悟った。
「さっき戦ったバクモンスターは人の心の傷につけ込んで悪夢を植え付け、そこに棲みついて、やがては人を崩壊させて実体化する恐ろしい怪物よ」
沙織は話を続ける。
「あなたはドリームを持っている。高い戦闘能力や正義感も持っている。悪夢から人々を守る戦士、悪夢特捜になってほしいの」
唐突な話に空は戸惑う。あんな恐ろしい怪物と戦い続けるのはやはり荷が重い。
「今まではいなかったのかその悪夢特捜ってヤツは」
「いたわよ。最低最悪なヤツが。悪夢特捜の力も取り上げて永久追放したわ」
思い切って質問する空に沙織はあっさりと驚きの発言をした。
その悪夢特捜だった男と沙織は恋人だったのだが、ソイツは女癖が悪くて他の女に手を出して沙織や玲子の逆鱗に触れて永久追放になったらしい。
「嫁入り前の体を許す前で本当によかったわ。恋人がいながら他の女とそんなことをするなんて、心が汚れてドリームだって曇ってるわ。そんな最低なヤツに先週の資格はない」
沙織は無茶苦茶怒っている。マジ怖い
「体を許す前ってことはもしかしたらバージン」
ついついそんなことを考えてしまった空の心の内は沙織にあっさりと見透かされた。ほんの一瞬、空の目が女として相手を見る目になったのを見逃さなかったのだ。
「な~に考えてんのよ。いやらしい顔しちゃって。ご想像のとおりあたしは汚れてなんかいないわよ。悪夢特捜としてか~こいいとこ見せてくれたら、あたしに好きになってもらえるチャンスもあるかもね」
悪戯っぽく笑う沙織は可愛い。しかし、25歳を過ぎてもこういうことには奥手な空は慌てて否定する。
「い、いや、オレにはそんな下心はないよ。それにまだ戦士になるって決めたわけでもないし・・」「なによ、こんな可愛いコに言い寄られておきながら、煮え切らないわね~」
「いい話だと思うわよ。あなた、失業中みたいだし」
沙織にたじたじになる空に助け舟を出すように玲子がやってきた。そして、悪夢特捜の給与条件を提示した。
「そんなに・・」ゴクリと喉を鳴らす空。給与条件など下世話なことだが、失業中の今の空にとっては重要なことだ。
「あなたが助けた優菜ちゃんは可愛がっていたイヌを亡くしたばかりなのよ。幼い女のコの悲しみにつけ込んで悪夢を植え付けるような卑劣なバクをわたしは許さない」
真剣な顔をして拳を握り締める玲子。
悲しみに暮れる憐れな幼い少女を見た時、空の心にも燃え上がるものがあった。
空の正義感に火が着いたのだ。
《夢現》
「いつまでも優菜ちゃんが悲しんでたらアリスだって辛いんじゃないかな。アリスのことは心の中でいつまでも大切にしてあげてほしい。でも、新しいイヌと仲良しになったりして前向きに生きた方がいいんじゃないかな。その方がアリスだって嬉しいし、安心して天国に行けると思うんだ」
空は優菜を送りながら励ましてあげた。
いつまでも悲しんでいちゃいけないことは優菜にも分かっていた。でも、アリスを忘れるなんてできないとも思っていた。
だから空の言葉は優菜の心に響いた。
悲しまなくたって、他のイヌと仲良しになったって、アリスのことを忘れるワケじゃない。アリスはいつまでも心の中にいてくれるんだ。
「新しいイヌを飼おうかな。こんなキモチになれたのは空のおかげ。ありがとう、本当にありがとう」
優菜は久しぶりに心から笑うことができた。今まではイヌとすれ違う度に目を伏せていたが、アリスと一緒だった頃のようにすれ違ったイヌを可愛がってあげることができた。
「今度は呼び捨てかよ。でもよかった。元気になって」
イヌを可愛がるアリスを見て空も嬉しそうに笑う。
「せっかくの極上な心の傷を癒されてなるものか」
突如として多数の戦闘員が現れて空と優菜を取り囲む。
空が戦闘員との戦いに苦戦している隙にゼツボウが優菜の心に悪夢を植え付けて、その悪夢の中に棲みつく。
悪夢に心を支配された優菜は悲しみを爆発させるかのように涙を流して暴れ始めた。
「しまった。早く助けないと・・何なんだ、お前たちは邪魔するな」
「こいつらはバクラー兵。バクの忠実な下僕よ」
剣士姿の沙織が走ってきて空に加勢する。
「沙織さん・・」
「面倒くさいわね。沙織でいいよ。あたしも空って呼ぶから・・バクラー兵はあたしに任せて空は早く優菜ちゃんを」
「分かった。頼むぞ、沙織。・・夢現」
眩い光に包まれて、空は一瞬でドリームの力をコンバットスーツ化したドリムスーツを装着した。
「悪夢特捜ドリムバン」全身がピカピカと輝いてドリムバンはファイティングポーズを決める。
悪夢特捜ドリムバンはわずか0.05秒で夢現装着を完了する。光粒子化されているドリムスーツは、装着者の意思に応えて飛来して実体となり装着されるのだ。
「シンクロン」
ドリムバンはバクラー兵を倒しつつ専用バイクを呼んだ。
シンクロンは優菜の心にシンクロして悪夢の世界に突入した。
「おのれ、ここまで来るとは。だが、キサマに勝ち目はない。バクモンスターは悪夢空間では4倍の能力を発揮できるのだ」
悪夢の世界はありとあらゆるマイナスエナジーに満ちた悪魔の空間である。
突然炎が噴き上がり、地面が裂け、稲妻が走る。次にどんな恐ろしいことが起こるかは予測もつかない。
ゼツボウも変幻自在に巨大になったり小さくなったり、現れたり消えたりして奇想天外に襲いかかってくる。
炎に焼かれ、岩に打たれ、稲妻を浴びて、ゼツボウの攻撃も喰らって倒れながらもドリムバンのゴーグルに怒りを帯びた眼が鋭く光る。
「4倍の力だと、全然足りないな。大切なイヌを亡くした幼い女のコの悲しみにつけ込みやがって。オレの怒りは100万パワーだぜ」
拳を握り締めて立ち上がり、襲いくる炎や稲妻をはね返してドリムバンの怒りの反撃が始まる。
「ファイアーナックル」
ドリムバンは噴きつけてきた炎を吸収して拳を燃え上がらせて炎のパンチをゼツボウに叩き込む。
「ブレイクサンダー」
今度は稲妻を手に吸収してさらに増幅させてゼツボウめがけて思い切り放つ。
「おのれ、おのれ~」
大ダメージを受けたゼツボウは怒りに任せて強力なビームを連発する。
「バリアインパクト」
ドリムバンはビームバリアを出現させる。ビームバリアは敵の攻撃を吸収して増幅し、ドリムバンは増幅したバリアをゼツボウに叩きつける。大爆発が起こり、ゼツボウはかなりのダメージを受けた。
「ディメンジョンソード」
ついにドリムバンは必殺の光の剣を出現させた。
ゴーグルに眼が光り、ゼツボウを睨む。
「行くぞ~」
爆発や炎や稲妻がドリムバンを襲うが、ものともせずに光の剣でゼツボウを攻撃する。
「ダイナミックイリュージョン」
ついに必殺技を繰り出すドリムバン。
何人にも分身してゼツボウに剣撃をくらわせ、最後に本物のドリムバンの光の剣がゼツボウを一刀両断する。
バクモンスターの消滅により優菜に植え付けられた悪夢も消滅した。
悪夢空間から脱出してきたドリムバンは青空をバックに優菜にサムズアップを贈って笑顔で空の姿に戻った。
《決意》
「ありがとう、助けてくれて。もう悲しまないよ、アリスはずっと心の中にいるから」
優菜に本当の笑顔が戻った。
心の傷は癒えた。もうバクに目を付けられることはないだろう。
「そうか、よかった。オレは悪夢特捜ドリムバンになる。キミを苦しめたような悪夢を許しはしない」
戦士として戦う決意を決めた空に優菜は笑顔で声援を贈る。
こんな笑顔を壊そうとするバクを許さない。空の心は闘志に燃えていた。
「ママに話して新しいワンちゃんを探しに行くの。じゃあね、バイバイ」
笑顔で手を振って明るく駆けていく優菜を優しい笑顔で見送る空。
悲しみに暮れた少女が笑顔を取り戻したことが本当に嬉しかった。
「見事な戦いだったわ。悪夢特捜ドリムバンの誕生ね」
玲子がやって来てドリムバンの戦いを讃えてくれた。
「初めてなのにナイスな戦いね。あたしの好きポイントがアップしたわよ」
「だ、だから、そんな下心はないんだってば」
沙織のチャーミングな笑顔に照れて慌てる空。
「なによ~、こんな可愛いコの好きポイントがアップしたっていうのに」
少し膨れ顔の沙織。
「優菜ちゃんみたいなコがいいのかな」
悪戯っぽい笑顔で玲子がツッコむ。
「えっ、そうなんだ。空は幼い女のコが好きなんだ。付き合う前に発覚してよかった」
沙織も悪戯っぽく笑うので、空は真っ赤になる。
「違う、違うぞオレはロリコンじゃないぞ」
真っ赤になって叫ぶ空に玲子も沙織も大爆笑している。
こうして風森空は悪夢特捜ドリムバンとなり、その活躍で一人の少女が救われた。
だが、バクは人間の心の傷につけこんでバクモンスターを仕向け、悪夢が支配する恐ろしい世界を創り出そうとしている。
戦いは始まったばかりだ。
悪夢を叩き潰せ、風森空、夢現せよ、悪夢特捜ドリムバン。